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「自民党にとって一番盤石だった島根という砦で完敗したというのは、単純に言えば全国ほとんどすべての選挙区で負けるということでしょ。大変な衝撃ですよ」

選挙結果が判明した28日夜、自民党の中堅議員が力なく口にした。
自民党が島根1区で初めて議席を失うという、衝撃的な「保守王国での惨敗」。

当初、裏金事件の逆風を受けてもなお、自民党の岩盤支持層は厚いとみる向きもあった。
しかし、選挙戦がスタートし、徐々に盛り上がりを見せていく立憲民主党と対象的に、
自民党の空気は冷たいまま、岸田総理自ら2度も応援に入るも、巻き返しを図ることはできなかった。

地元では一体何が起きていたのか、取材した。

(テレビ朝日政治部 自民担当・笠井美来、立憲担当・平井聡一郎)

「逆風ではない、無風だ」 冷めきった地元

さわやかに晴れ渡った4月16日。

告示日だというのに、松江市内を歩いていてもポスターはほとんど見当たらず、選挙ムードは一切感じられなかった。第一声に集まった人だかりを不思議そうに見て、「今日は何かあるの?」と素っ気ない反応を見せる住民の姿も。

細田博之前衆院議長の死去に伴う、自民党新人の錦織功政氏(55)と立憲民主党元職の亀井亜紀子氏(58)による与野党一騎打ち。
しかし、「岸田政権の命運を握る戦い」という永田町での注目度とは裏腹で、地元の選挙への関心は異様なまでに低く感じた。

自民逆風と言われる中、現場を回っていた自民党の若手議員はこうぼやいた。

「逆風っていうか無風ですね。そもそも関心を持たれていない」 次のページは 細田王国ならではの弱み 死んでいた組織票

細田王国ならではの弱み 死んでいた組織票

島根1区はこの30年近く細田前議長が議席を守り続けてきた自民党の「牙城」だ。
その意味するところを自民党のベテラン議員が教えてくれた。

「選挙が強い、弱い、とかそういう次元じゃない。街宣車に乗って回れば、オートマチックに勝ててしまっていた」

それゆえ地元の後援会組織は脆弱し、知名度のない新人候補の錦織氏が戦える態勢になっていなかったのだ。

この事実に気づいた党幹部らは、企業や団体の組織票の掘り起こしに必死になった。

応援に入った自民党幹部は、

「細田さんと縁の遠かった企業をまわる」

と打ち明けた。

頼みの綱の企業や団体の組織票を確実に獲得するために、今回は特に細分化して業界団体をまわらなければならない。

ある日、役員会が終わった後、党幹部の一人がこう口を開いたという。

「僕、パン議連っていうものに入っているんだけど…」

声をかけられた幹部もあっけにとられて

「パンですか!?」

と返したという。

まさか党幹部が島根の製パン店を1軒ずつまわる、ということをしたわけではないにせよ、

持っているものはなんでも活用するー。

それほどまでに党内で危機感が共有されていたのだろう。

次のページは 「逆転のにしこり」“負け”をアピールし巻き返しを図る

「逆転のにしこり」“負け”をアピールし巻き返しを図る

投開票まで残り1週間となったころ、自民党は新たな賭けに出ていた。
「逆転のにしこり」と連呼し、ステッカーを即日つくり、選挙カーに張り付けたのだ。

松江市出身で有権者になじみの深い、テニスの錦織圭選手が粘り強く勝ち抜く姿にかけて生み出したキャッチフレーズで、名付け親は小泉進次郎衆院議員だ。 大幅な劣勢を包み隠さず全面に出すことで危機感をあらわにし、「結局自民党は大丈夫だろう」、「最後は勝つだろう」という楽観的な空気を引き締める狙いだった。

日を重ねるにつれて候補者本人の演説にも力が入った。「自民党を変えてほしい」という有権者からの言葉を受け、政治改革への積極的な姿勢をさらに強調した。

第一声の時にはほとんどなかった声援が、かすかに聴衆から聞こえ始めた。何度も繰り返される「逆転」の言葉は、錦織候補が自分自身を奮い立たせる言葉のようにも感じた。

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立憲に立ちはだかった「自民王国」 聴衆ゼロに「ロシアでいう“反プーチン派”の演説」

立憲に立ちはだかった「自民王国」 聴衆ゼロに「ロシアでいう“反プーチン派”の演説」

対する野党にとっては、3つの補欠選挙の中で唯一、与野党対決となった島根1区はまさに「天王山」だった。

告示日当日。松江駅前で自民党政治からの変化を訴えた亀井氏の顔には、高揚感が滲んでいた。演説終了後には支援者らと円陣を組むなど、陣営の士気も高い。

その一方で、演説に耳を傾ける聴衆の数は通勤・通学の時間帯にも関わらず、少ないようにも見えた。

時には、聴衆ゼロの中でマイクを握る姿もあったほどだ。

それについて連合幹部はこう話した。

「まあ、そこはあまり気にしなくて良いと思うけどね。島根で立憲の演説を聞くのは、ロシアで反プーチン派の演説を聞くことと同じだから。それぐらい島根は自民王国だから」 島根1区は野党にとって、民主党が政権交代を成し遂げた2009年の衆院選ですら奪うことができなかった「鬼門」。
当初、議席獲得は決して期待値の高いものではなく、党内からは「島根で勝てるわけがない」(立憲幹部)という冷ややかな声すら聞かれた。 「必ず勝つという空気は危険だ。それほどに島根の壁は厚い」

中堅議員はこう話し、危機感を持っていた。

そんな「保守王国」でも、自民党の相次ぐ不祥事、そして裏金事件の影響は避けられなかった。選挙戦中盤にメディア各社が報じた情勢調査では、軒並み亀井候補が優勢。

それでもなお、陣営幹部の声は緊張感を含んだものだった。

「異次元の結果だ。これほど大きな風が吹くとは。それでも、自民がダメだから立憲、とはならないんじゃないか」

長く自民党が議席を守り続けてきた島根1区で、野党候補の名前を書いてもらうことは決して簡単なことではなく、さらに、政治不信から投票所に足を運ぶ人の数が少なくなる懸念があったのだ。

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勝敗を分ける「投票率」 自民の“大分作戦”を警戒

勝敗を分ける「投票率」 自民の“大分作戦”を警戒

補欠選挙での投票率を巡っては、立憲には苦い経験がある。

ちょうど1年前、2023年4月に行われた参議院大分選挙区の補欠選挙。
自民の新人と立憲の元職の与野党一騎打ちとなったこの選挙で、立憲はわずか300票ほど及ばず負けている。

この結果の背景には、「投票率を上げさせまい」とする自民党の作戦があったのだと立憲幹部は話す。
街宣車や駅前での演説など不特定多数に向けた選挙活動を減らし、選挙ムードを作らないことで、無党派層の投票率を下げ、持ち前の組織票で勝ち切るという戦術だという。

野党側にはこの「大分作戦」が島根1区でも行われているという警戒感があった。

通常補欠選挙は、投票率が低くなる傾向にあるが、低下すればするほど、より多くの組織票を有する自民党に有利となる。この「大分作戦」が効果を発揮すれば、野党にとっては大打撃だった。

そうした中で力を入れたのが、有権者への戸別訪問だった。これまでの街宣車での演説中心の戦い方を変更し、一軒一軒有権者の家を訪問。きめ細やかな選挙活動で自民党の組織力に対抗しようとした。

党幹部の島根入りも目立った。泉代表は期間中計4回島根を訪れた。党内保守派の野田元総理や玄葉元外務大臣らも応援に駆け付け、自民党支持層の切り崩しも狙った。

2024年4月20日

亀井候補の陣営幹部は、

「野党候補を一本化できたことも大きい」

と話す。
島根1区では当初、共産党が独自で候補者の擁立を模索していたが見送った。亀井陣営幹部は「1対1で戦うことが重要だという認識で一致できた」と説明する。
そこに社民党、国民民主党の島根県連が支援を表明し、反自民の票の受け皿をまとめることに成功したのだ。

最終日に急遽総理が応援に…それでも上がらなかった熱量

自民党では、衆議院の選挙の最終日に、総理が接戦の選挙区に入り、テコ入れをして勝ち抜くのが鉄板だ。今回、「地元の強い要望」を受けて、岸田総理は当初予定していなかった島根入りをしたものの、最後まで会場の熱が上がることはなかった。

自民が期待した「逆転」も、立憲が警戒した「追い上げ」も、起きなかったのだ。 「今は総理そのものへの反発がものすごいでしょ。そういう面でマイナス面もある。なんで2回目入ったのかは完全に謎だよね。あれでゲームセットになった可能性あるよ」(立憲・選対関係者) 「最後総理が入って勢いづいたことはない。なぜって…あの話を聞いて投票しようと思う人はほとんどいないと思う」(自民・若手議員)

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「静かなる怒り」裏金事件に有権者が突き付けた「NO」

「静かなる怒り」裏金事件に有権者が突き付けた「NO」

28日、投票締め切りと同時に、メディア各社は亀井氏の「当選」を伝えた。
亀井氏は会場に集まった大勢の支援者に向け、深々と頭を3度下げた。

「今の自民党の裏金問題に対する怒りがベースにはあったと思います。なぜ良くならないのだろうかというその苦しさが、私に対する期待に変わったんだと思います」 亀井陣営側は、「裏金問題への静かなる怒りがあった」と分析する。 「立憲を応援できない自民王国でも、明らかに今までとは違う反応があった。街宣していても、ただ手を振るだけじゃなくて、わざわざ歩み寄ってきてくれた」(立憲・選対関係者)

今回の島根1区補選は、過去最低の投票率になったとは言え、東京15区の18.03ポイント減、長崎3区のおよそ25.48ポイント減に比べれば、6.61ポイント減でとどまった。

立憲側は、「有権者が政治をあきらめずに投票に行ってくれたおかげだ」と評価した。
一方で自民側は、「今まで自民に入れていた人がわざわざ投票に行って、立憲に入れているということだから、相当深刻な事態だ。」ともらした。

「保守王国」での惨敗 政権運営への影響は

今回、自民党が不戦敗を含めて3敗したことによる政権運営への影響は必至だ。

永田町の一部では、惨敗を受けて茂木幹事長や小渕選対委員長が責任を取って辞任するのではないか、という憶測が広がった。

しかし、投開票日に党本部で記者団の取材に応じた茂木幹事長は、
「厳しい結果になったことを重く受け止めなければいけない。信頼回復に努めていくことに全力で
取り組みたい」と強調するのみで、自身の進退については言及しなかった。

ある党関係者は「もう総裁選のタイミングしか見てないんじゃないか。今後も辞任する理由はいくらでもある」と推測する。

自民党内に“岸田おろし”の動きは起きていない。ただ、島根のように表立っては見えない、ふつふつとしたものが自民党内にも広がっているように見える。

「これからは、ポスト岸田とかそういうことをみんなが腹の中で考える数カ月になる」
(自民・中堅議員)

一方の立憲側も、「政権交代を目指す」と泉代表が堂々と言える状況にもまだない。
野党連携、その根底にある野党間での政策の合意形成には、まだまだハードルが残っている。

国会では、これから裏金事件を受けた政治資金規正法の改正について、与野党で本格的な議論が始まる。

島根1区の有権者が一票に投じたその怒りを、政治が真摯に受け止めることができるのか、与野党双方の政治の力が問われることになる。

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