28日に投開票された衆院東京15区補選は、右派論客として著名な作家百田尚樹氏が代表を務める諸派「日本保守党」の国政選挙デビュー戦でもあった。新人飯山陽(あかり)氏(48)は、議席にこそ届かなかったものの、小池百合子東京都知事が支援した無所属新人の乙武洋匡氏(48)らを上回り、9人の候補者中4位に。一定の存在感を示した。 この日本保守党、どんな人たちが支持したのだろうか。飯山氏の選挙戦の現場を歩いて探った。(佐藤裕介、宮尾幹成)

◆応援は遠方から来た人ばかり…? 百田氏は反論した

28日夜、敗戦の弁を述べる日本保守党の百田尚樹代表(須藤英治撮影)

飯山氏の落選が確実になった28日夜、江東区内の選挙事務所で開かれた記者会見。報道陣と百田代表の間で、こんなやりとりがあった。 報道陣の質問「百田さんが(選挙期間中に)『この中に江東区の人、どれくらいいますか。手を挙げて』と言って、ほとんど手が挙がらない街頭もあった。支持者が選挙区外からたくさん集まってきていたということ(ではないか)。実際、北海道や九州から東京に来たついでに、ここの選挙を見て、応援して帰っていくような人も見た」 百田氏の回答「そんなことはないです。江東区の方もたくさんいましたよ」 百田氏はこう反論したものの、質問の指摘は記者の肌感覚とも近い。 確かに、選挙期間中に出回った報道機関や政党の情勢調査では、飯山氏がそれなりの票を集め、4番手前後にはつけるとの見通しだった。だが、記者は半信半疑だった。 何度か足を運んだ飯山氏の街頭演説会には、いつも大勢の人が集まっていたものの、取材しても遠方から応援に来たという人ばかりで、選挙区の江東区在住者をほとんど見かけなかったからだ。

◆重点政策は「日本の国体、伝統文化を守る」

日本保守党共同代表の河村たかし名古屋市長

東京15区補選で頭角を表した日本保守党。そもそも、どんな経緯で誕生したのか。 代表の百田氏は安倍晋三元首相(2022年死去)との親密な交友で知られ、安倍政権の「応援団」の1人でもあった。だが、岸田政権下の2023年6月に性的少数者(LGBTQ)理解増進法が自民党も賛成して成立、施行されたのをきっかけに自民党批判に転じた。同年9月、日本保守党を設立。「日本の国体、伝統文化を守る」などを重点政策に掲げ、理解増進法の改正などを訴えた。 東京15区補選では、自民党が候補者の擁立や推薦を見送ったこともあり、「飯山氏にはそれなりの数の『岩盤保守』の票が流れ込むだろう」(自民党関係者)との予想はあった。「岩盤保守」とは安倍元首相の国家主義的、復古主義的な側面に共感を示していた層を指し、自民党支持層の何割かはこうした政治的性向を持つとみられている。

◆39歳男性「百田さんが政党をつくるなら絶対に支持する」

実際、日本保守党の右派的な旗印は、岩盤保守の賛同を広く集めたようだ。

日本保守党の百田尚樹代表(右)と飯山陽氏

告示日の16日、江東区の富岡八幡宮前で第一声のマイクを握った飯山氏は「日本のルール、文化、そういったものが全部払拭されて、外国のルール、グローバルスタンダードに合わせろ、そういう日本にしたいですか!」と聴衆に問いかけ、移民や中国への警戒心をあおってみせた。 演説に耳を傾けていた会社員の男性(39)に声をかけると、戦時中の特攻隊員を描いた百田氏のベストセラー小説「永遠の0」がきっかけで百田氏のファンとなったと明かした。「安倍さんがいなくなって『本当の保守政党』と呼べる政党はなくなった。百田さんが政党をつくるなら『絶対に支持しないといけない』と思った」と熱弁を振るった。 ただ、この男性は江東区ではなく横浜市在住だった。 選挙戦中盤の22日夕、飯山氏の選挙事務所前で見かけた支援者の男性(74)にも聞いた。もともと自民党支持者だったが、LGBTQ理解増進法の成立に「このままでは男女の境目がなくなり、日本の『国柄』が失われてしまうのではないか」と危機感を覚え、日本保守党を支持するようになったという。 この男性も江東区ではなく兵庫県在住で、連休を取って飯山氏を応援するために兵庫県から東京入りしていた。

◆60代男性「新聞やテレビは日本保守党をちゃんと報じない」

既成政党のような組織を持たない日本保守党は、インターネットを積極的に活用して浸透を図った。 百田代表自ら、知名度を生かしてネット番組に積極的に出演。その効果もあってか、党のX(旧Twitter)公式アカウントのフォロワーは33万4000人を超え、自民党の約25万人、立憲民主党の約19万人を上回る。多くの著書があるイスラム思想研究者の飯山氏自身も、YouTuberとして発信していた。 22日夕に妻と2人で事務所前に来ていた60代の男性は、「新聞やテレビは日本保守党の候補者をちゃんと報道していない」などと不満を語り、東京15区補選についても「『ネットメディア対旧メディア』の対決になっていると思う」「ネットとそれ以外のメディアではやっぱり情報量が違う」などと持論を展開した。 この夫婦も川崎市からの「遠征」組だった。

◆自民党支持層を取り込んだ?「まだ最終的に分からない」

日本保守党の街頭演説に足を止めた人たち=東京都江東区

ようやく江東区民の「有権者」に巡り会えたのは、28日の投開票日。投票所で、飯山氏に1票を入れたという会社員の男性(55)の話を聞くことができた。この男性も、もともとは自民党支持者だったといい、「安倍さんがいなくなり、岸田さんが首相になってから自民党はおかしくなったと感じる」と語った。 ふたを開けてみれば飯山氏は、知名度の高い乙武洋匡氏より5000票近く多い24264票(得票率14.21%)を獲得。全国に薄く広く支持者が存在するとしても、またネット上で熱烈なエールを受けていたとしても、江東区という限られたエリアでまとまった得票は難しいのではないかと思い込んでいたが、事前の情勢調査の方が正しかったということか。 従来は自民党を支持していた岩盤保守の受け皿になったのか。この問いには、28日夜の記者会見で飯山氏自身がこう答えた。 「自民党の支持者をどれぐらい取り組めたかは、まだ最終的に分からない。ただ、今回支持してくださった方の中にも実際、自民党員の方や、これまでは自民党に入れてきた人がたくさんおられる」 近い将来の衆院解散・総選挙も取りざたされる中、日本保守党は今後も、自民党から離れた保守層の受け皿を目指す考えなのか。 これについては、百田代表は「それはちょっとまだ分からない。自民党さんは大量の選挙区で大量の人間を出すと。その場合はどういう戦いになるか。全く分からない」と述べるにとどめた。

◆LGBTQ当事者「選挙期間中、出歩くのを控えざるを得なかった」

一方、LGBTQ理解増進法批判を一丁目一番地の政策とする日本保守党の候補者が一定の支持を集めたことに、選挙区内に暮らすLGBTQ当事者らは危機感を強めている。 江東区の当事者らでつくる団体「クロスオーバー・こうとう」は、LGBTQを排斥するような主張が『選挙運動』の形で拡声器やビラを通じて広げたとして、「率直に憤りと不安、無力感を覚えた」と訴えるコメントを本紙に寄せた。取材に応じた担当者は、「私個人は選挙期間中、不用意に出歩くのを控えざるを得なかった」とも明かした。 コメントは、日本保守党が「入管難民法の改正と運用の厳正化」など移民排斥的な政策を挙げていることにも触れ、「江東区には在日コリアンのコミュニティーもあり、インドからの移民も多い。対立や分断を煽ることで支持を得ようとする政治スタイルが根づくことも大きな懸念点だ」と指摘している。 メディアが日本保守党など右派勢力の伸長を報道することにも「たとえ批判する意図があったとしても、これらの党に勢いがあることを既成事実とし、お墨付きを与えてしまう効果がある」と苦言。「差別煽動の動きに対抗するためには、それが広まりつつあることをきちんと不安視することが必要である一方で、それに抗う動きもあるという希望を持つこともとても重要だ」と強調した。 

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