円安議論は玉石混淆
円安が止まらない。4月27日の外国為替市場で、円は34年ぶりの安値、1ドル158円台を突破した。
『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」【読者が選ぶビジネス書グランプリ2024 総合グランプリ「第1位」受賞作】』(東洋経済新報社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします急速に円安が進むと、円暴落論が必ず盛り上がる。政府の借金が1200兆円近い中、円が紙屑になるのではないかと不安に駆られて、焦って外貨投資を始めようとする人も多い。一方では、日本は経常黒字を維持しているので大丈夫だと言う人もいる。
円安はまだまだ加速するのか、それともいきすぎているのか。
玉石混淆の意見に翻弄されないために、見るべきポイントがある。
「その意見に、実際の為替取引が伴っているのか」ということだ。
ドルを買いたい人、円を買いたい人が存在して、彼らが為替取引という「綱引き」に実際に参加することによって、為替レートが動く。非常にシンプルなのだ。
その点に注目すると、政府の借金自体が問題ではないことがわかる。そして、それ以上に大きな問題に気づく。
過去には、政府債務が多い国が致命的な通貨安に直面した例は幾度となくある。そこには、必ず実際の為替取引が発生していた。
国内の生産力が落ち込み、外国から大量の物資を買う必要があったり、外貨で賠償金を払う必要があったりしたなどの理由から、外国為替市場での外貨の購入量が急増し、通貨価値が大幅に下がったのだ。
現在の日本では、たしかに1000兆円を超える政府債務があるが、今のところは外貨購入に直結しているわけではない。将来に不安を感じている人が多いとしても、不安だけで為替レートは動かない。保有する円預金をドルに替えて、日本脱出を試みている人はほとんどいない。
逆に日本に魅力を感じている外国人が増えていて、彼らによる日本の不動産購入が進んでいる。こうした動きは、ドル売り・円買いの取引を生んでいる。
政府債務の影響があるとすれば、その残高というよりも使い道だ。たとえば、アメリカから武器を買うために借金を増やしたのであれば、その代金を支払うためにドルの購入という実際の為替取引が発生する。結果、為替相場は円安に動く。
政府の債務残高に限らず、「〇〇と為替レートには相関関係があるから」という話をする人がいる。この手の話は、実際の為替取引を伴うものでないのなら疑ったほうがいいだろう。市場を動かしているのは必ず取引だからだ(政府の債務問題も含め、相関があるなどの理由から円売りドル買いをする人もいる。しかし、彼らがしているのは投機的な取引であるため、いつかはドルを売って円を買い戻す必要がある。そのため、短期的には市場を動かすが、長期的には影響が少ない。政府日銀のドル売り介入は、こうした短期売買の動きを牽制するためである)。
綱引きに参加する人たちの2つの目的
外国為替取引とは、日本と外国の間で行われている綱引きのようなものだ。それぞれが綱を引く強さによって為替レートが決まる。この綱引きに参加する人の目的は2つ。「消費」と「投資」だ。
1.消費による為替取引消費についてはイメージしやすいだろう。日本は石油や小麦粉を外国から買う。消費者は円で支払っているが、間に入っている精油会社や製粉会社は為替市場でドルを購入して外国に支払っている。政府による武器の購入もこれにあたる。
消費しているのは物だけではなくサービスもある。ChatGPTやGoogleの広告料も、外国に支払われる過程でドルが購入されている。
他方の外国は、日本から自動車を買ったり、日本で寿司を食べたりするために、ドルを売って円を購入している。
このように、物やサービスの消費によって、日本と外国の間で綱引きが行われている。この綱引きは、円安になると基本的には日本にとって有利に働く。外国人にとって日本製品が安く見えるからだ。
たとえば、5000円のお寿司は、1ドルが100円の時代なら50ドル相当だが、1ドル150円時代には、33ドルで食べられる。
昨年の為替相場は、1ドルが140円から150円で推移し、最近の中では円安水準だったにもかかわらず、昨年の日本の貿易・サービス収支は約10兆円の赤字だった。つまり、日本の物が売れなかった。
これは、日本製品が競争力を失っていることを表している。
2.投資による為替取引ここまで消費だけの綱引きの話をしてきた。ここに加勢をしているのが、投資をする人たちだ。
新NISAを始めている人はご存じのように、日本よりもアメリカなど外国の金融商品のほうが、期待利回りが高く、外国に投資する人が増えている。
消費でも投資でもドルを買いたい人が多いから、円安に動いているという当たり前の話なのだ。政府の借金が多いことは直接的には関係していない。
小手先だけの金融政策
外国に流れる投資マネーが増えると何が起きるだろうか。
その投資マネーを有効に活かすことができれば、外国の会社は新しい技術の研究や新製品の開発を行うことができる。日本製品はますます競争力を失うことになるだろう。
昨年、貿易・サービス収支は10兆円の赤字だったが、所得収支(海外からの利子や配当)が30兆円の黒字だったため、トータルの経常収支は20兆円の黒字だった。
これだけの経常黒字があるにもかかわらず、円安が進んでいる現状は、日本国内での投資先の不足や、国際市場で競争力のある製品が少ないことを示している。今後は少子化による人材不足も懸念されている。経常黒字にあぐらをかいていると、貿易・サービス収支の赤字が膨らみ、経常収支も赤字に落ち込むこともありえる。
岸田政権の「資産所得倍増プラン」は積極的な投資を後押ししているが、昨年の日本株市場は、その活況とは裏腹に、上場企業の新規株式発行による資金調達は2兆円にも満たなかった。これに対し、上場企業による株の買い戻し(自社株取得枠)が10兆円近かったことを考えると、資金需要の低さがうかがえる。
「外国のために何ができるか」を考える
日経平均の上昇を礼賛している場合ではない。投資マネーが有効に活用されていない現実が存在している。
小説『きみのお金は誰のため』の中でも、日本経済が直面している問題について、先生役のボスが警鐘を鳴らしている。
その反論に、ボスは首を振った。「そうは問屋がおろさへんで。日本円が使い物にならへんと、外国の人たちは日本円を欲しがらなくなる。日本円の価値が下がって、誰も食料や石油を売ってくれへんやろな。そうならんためにも、貿易赤字は無視でけへん」(中略)「七海さんのわだかまりは解消できたやろか。僕らは借金と引き換えに今の生活を送れているんやない。借金と同じだけ預金が存在しているし、今のところは、外貨をたくさん貯めている。せやけど今がふんばりどきや」「私たちの生活は、過去の蓄積の上に成り立っていることには変わりないんですね。将来にツケを残さないためにも、外国に頼るだけではなくて、外国のために何ができるかを考える必要がありますね」(『きみのお金は誰のため』192ページより)食料、エネルギー、資源など生活に必要な商品を外国に頼っている日本は、国際市場を無視できない。外国のために何ができるか(外国にどんな製品を売れるのか)を真剣に考える必要がある。それが難しいのならば、自給率を高めることを考えないといけないだろう。
一般消費者にとって円安は物価高の元凶であり、恩恵を受けているのは外貨に投資できる人に限られているのが現状だ。
円安を止めるために、日銀が利上げをすればいいという声もある。そうすれば、たしかに投資家たちのお金はドルではなく円に流れるだろう。
しかし、引き上げられた金利を支払う人の負担は増える。つまり、国債(政府の借金)金利や、住宅ローン金利の上昇を通して、国民の負担が増えてしまう。
いずれにしても、恩恵を受けるのは投資できる人だけだ。「資産所得倍増プラン」というのは聞こえがいいが、金持ち優遇プランになっている。
岸田政権は、小手先の政策だけではなく、未来についても考えないと、円安とともに日本は沈んでしまうだろう。
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