2024年4月に発生した台湾東部・花蓮での地震で、改めて台湾の半導体サプライチェーン(供給網)の力強さとしなやかさが浮き彫りになった。まさに半導体大国の本領発揮といえる。
製造工程の進化とAI(人工知能)がもたらしたカスタマイズ化の流れは、実は台湾企業にとって世界進出への千載一遇のチャンスとなっている。
TSMCは2024年4月5日台湾時間午後9時23分、4月3日に発生した花蓮地震に関する3回目のプレスリリースで、影響について「随時更新する」と発表した。
花蓮地震で強さがくっきりと
同社は初回の発表(4月3日午後11時)で、ウエハー工場の復帰率は7割に達しており、新設工場では8割を超えると伝え、翌日には新設工場は夜中に完全復帰できると情報を更新した。
そして3回目ですべての工場や設備で復帰したことと、TSMC社員とサプライヤーの協力に感謝、それに前出の随時更新すると旨を発表したのである。
地震はマグニチュード7.2を記録。台湾北西部の新竹サイエンスパークでは最大震度5、南部サイエンスパークでは4だった。業界関係者によれば半導体製造機器にとって震度5は耐震レベルの上限値だという。
しかし仮に被害規模がより大きく、TSMC側から要請があれば、サプライヤーは総出で復帰に当たったはずだと強調する。半導体部材の販売を手がける崇越科技(トプコ・サイエンティフィック)は、地震発生当日は全従業員を動員して24時間体制で稼働。1から2割増しで生産を維持したと語った。
また、石英ガラスなどの製品でシェア8割を占め、TSMC熊本工場では石英パイプ、ガラスなどを独占供給している崇越石英は、次のように語る。
「石英はとてももろい材質のため、地震下ではガラスやパイプが破損しやすい。そのため地震発生後はすぐに生産体制を調整し、全力で顧客の修復に当たれるように対応した」
面白いことにTSMCの何麗梅副総経理は、地震発生前の3月に、アメリカCNNのインタビューで次のように述べていた。
「仮に深夜に地震が発生しても、全エンジニアは会社に戻って対応しなければならないことを自覚している」
一方、同番組では、このような台湾的な対応方法は、仕事に対する考え方などから他国では通用しない可能性があるとも付け加えていた。
もっともこのような仕事の姿勢が、台湾の半導体サプライチェーンの強みであることを証明したのは間違いない。巨大地震が台湾半導体業界の力強さとしなやかさを浮き彫りにし、市場に安心感をもたらしたのであった。
台湾半導体サプライチェーンの強み1:製造設備
TSMCのサステナビリティレポートによれば、2030年における間接材は64%、スペアパーツは60%が現地調達されることになるとしている。業界関係者は半導体製造が複雑化する中、TSMCのような本土化の流れは、台湾の製造設備や材料企業に恩恵をもたらすと見ている。
工業技術研究院の岳俊豪氏は2024年の台湾の工作機械の売り上げは1200億元(約5700億円)、半導体製造設備は1400億元(約6650億円)に達すると指摘。半導体製造は基本的に前工程と後工程に分けられ、前工程の製造設備はオランダASMLに代表される外国企業のシェアが高いのに対し、後工程では台湾企業も一定のシェアを有している。
台湾電子設備産業協会が2021年に発行した白書でも台湾企業の前工程の世界シェアは1~2%であるに対し、後工程では15%に達すると発表し、台湾が後工程に強いことを裏付けている。
台湾の半導体製造市場の成長は、TSMCの高性能・高密度パッケージング技術「CoWoS」が大きく関わっている。
2024年3月19日にアメリカ・サンノゼで開催された「GTC AI カンファレンス」の2日目に、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが国際記者会見で、「2024年、われわれはCoWoSを頼りにしている」と2度も語り、株式市場で関連銘柄が大きく買われることがあった。
あるサプライヤーは、CoWoS自体は以前から進められており、最近になって注目されるようになったという。
開発のきっかけは半導体産業が直面するムーアの法則の限界にあった。TSMCは400人規模のエンジニアと1億ドルの設備投資で開発を進めたが、当時はほとんどの顧客が採用しようとは思わなかったそうだ。
先進的なパッケージング技術ではあるが、いつ採算が取れるようになるのかは誰も予想できなかったからである。
TSMCやUMCなどの大手企業が国外で工場を建設する際、どうしても現地の事情を考慮し、外国の設備を導入することが多い。しかし、これではノウハウの塊であるCoWoSの技術流出のおそれが高まる。
そのため、以前から付き合いのあるサプライヤーを引き続き外国でも選択することになり、結果として台湾企業のさらなる成長を促すことにつながったのだ。
台湾半導体サプライチェーンの強み2:材料
工業技術研究院の張致吉氏は、日米独の半導体大手材料企業に比べ、台湾はスタートが遅かったこともあり、TSMCなどは材料調達で顧客企業の指示に従ってきたという。
そのような中、台湾の材料企業は半導体製造のアップデートや新規格が出現するタイミングでサプライヤーになることを目指していた。
2019年、日本が韓国向けにレジストの輸出制限を行った際は、台湾でも衝撃が走り、国内サプライチェーンの強化が叫ばれるようになった。
半導体封止やモニター向けの特殊化学材料などを手がける新応材の劉瑞麟氏は、レジストがほぼ日本企業の独擅場の中、自分たちで一から原材料を入手し合成するしかない。すべての製造プロセスが暗中模索の中で行われ、成功するかどうか誰もわからなかったと苦労を語る。
さらに製品の検査でも莫大な設備投資が必要で、すべての経営選択は大きなリスクを伴っていた。しかし、新応材は戦略が功を奏し、現在は収益の7割は半導体材料が担っているという。
寛量国際(QIC)が2024年1月に発表した半導体サプライチェーンに関するレポートで、台湾国内上場企業と外国投資家について特集した。その中でサプライチェーンの営業額は2033年までに2023年の12倍になると予測している。
TSMCの49の上場サプライヤーの資料によれば、全体の営業額は1561億元(約7415億円)、およそTSMCの収益1.55兆元(約7.36兆円)の10%に相当。仮にTSMCが呼びかけているサプライチェーンの本土化と、長期的な利益などから計算すれば、2033年には2.66兆元(約12.64兆円)に達することになる。
むろん数字の検証は必要だが、QICの何柏傑氏は、台湾半導体サプライチェーンの潜在的価値はどんどん高まっているものの、外国資本の持ち株比率は7%に過ぎず、TSMCの75%に比べ10分の1に満たないと語る。
また、外国投資家はTSMCに対し4938億ドル投資しているが、サプライチェーンへの投資は47億ドルに過ぎないとも指摘している。つまりこれは現在の世界的なAIブームもあって、台湾企業には成長余地が十分にあると見ることができるのだ。
政府の支援でハイエンド設備の国産化を促進
近年、台湾政府はハイエンド半導体製造設備の国産化を推進してきた。中小規模が主体の台湾企業にとって、開発から収益が出るまであまり時間をかけられない。
そのため経済部工業局では2021年から、企業の研究開発や顧客の検収、認証取得までをサポートするプロジェクトをスタート。材料企業と共に次の10年を見据えた模索が始まっている。
そのような中で、業界で特に注目されているのが半導体を含む外国大手企業の台湾への直接投資と、国内企業との共同研究開発である。
岳俊豪氏は、台湾企業が世界のサプライチェーンに、確実に組み込まれるようになることが期待できるという。例えばオランダASMLが台湾で工場を開設すれば、台湾現地のさまざまな企業もサプライヤーとしてチェーンに組み込まれる。国内産業全体のレベルアップに大きく貢献できると考えているのだ。
また、TSMCの極端紫外線(EUV)サプライヤーである家登精密工業(Gudengプレシジョン・インダストリアル)を中心に発足した「台湾半導体ローカルサプライチェーン連盟」の動きも注目されている。現在、最大の目標は連盟企業のアメリカ進出であり、その後は日本や東南アジア市場も視野に入れているという。
国際半導体製造設備および材料産業協会(SEMI)が2024年1月に発表した世界のウエハー予想レポートによれば、2022年から2024年までに、82の新工場が稼働を開始し、その中で2023年には11工場、2024年には42工場が動き出すとしている。
サプライチェーンの現地化も進む中、台湾で鍛えられた国内企業はかえって世界に飛び出す千載一遇の状況にあるといえるのだ。
「私たちはゲリラ戦が得意だ」
崇越科技の郭智輝会長は台湾企業の臨機応変さをゲリラ戦と表し、台湾企業のさらなる世界進出に自信を見せている。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。