アメリカの大学ではガザ抗議デモと警察の衝突が激化している。事態は大統領選挙にも影響を及ぼすこと必至だ。
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4月、アメリカの名門コロンビア大学のガザ抗議デモで多数の学生や教職員を警察が拘束したことを契機に、抗議デモは全米の大学に飛び火した。
4月下旬から5月初め、ブリンケン国務長官は中東に飛び、イスラエル・ハマス間の恒久的停戦の早期合意を促し、イスラエル軍が準備しているとされるガザ地区南部ラファ侵攻への反対を伝えた。仮にラファ侵攻をイスラエルが断行すれば、人道危機は広がり、全米各地の抗議活動が激しさを増すことが予想される。
アメリカ大統領選は約半年後に迫るが、デモ拡大は学生の意に反し、トランプ当選を後押ししかねない。
抗議の矛先は大学当局からバイデン政権へ
現在、学生による抗議活動の主な矛先は大学当局だ。学生はイスラエルの軍事行動で利益を生んでいる企業などにも投資していると思われる大学基金を問題視している。
しかし、今後、大統領選に向け、その矛先はバイデン政権に向かうことは不可避だ。
「ジェノサイド・ジョー」との批判の声もすでに一部の学生から聞こえる。再選を目指すバイデン氏にとって、ガザ問題は民主党支持基盤であるはずの若年層の支持を蝕む追加要因となっている。
2020年大統領選を制した若年層を含む「バイデン連合」は今日、崩壊の危機にあり、バイデン再選に新たな影を落としている。
2023年12月、アメリカ連邦議会下院教育労働委員会は、大学における反ユダヤ主義に関する公聴会を開催し、ペンシルベニア大学(ペンシルベニア州)、ハーバード大学(マサチューセッツ州)、マサチューセッツ工科大学(MIT、同)の名門3校の学長が証言。しかし、そこでの慎重な答弁から、「学長らは反ユダヤ主義を黙認している」と共和党議員が猛攻撃した。
その後、卒業生や寄付者などからの批判も加わり、翌月までにハーバード大学とペンシルベニア大学の両学長は辞任に追い込まれた。
12月の公聴会を欠席したコロンビア大学(ニューヨーク州)のネマト・シャフィク学長は、4月の公聴会にて証言した。同氏は公聴会でハーバード大学とペンシルベニア大学の両学長の二の舞を踏まないよう、反ユダヤ主義に強硬な姿勢を示した。つまり、議会共和党の圧力にシャフィク学長は屈した。
その結果、12月の他の大学長のような大惨事は回避できたようにも見えた。しかし一方で犠牲となったのが、大学当局の学生との関係だ。公聴会でのシャフィク学長による強硬姿勢、そして翌日の警察の投入は、コロンビア大学生の抗議デモを焚き付けた。
「リベラル批判」と位置づける共和党
共和党議員や保守系メディアは、抗議デモを今日の高等教育機関がリベラルな方向に進む、いわゆる「ウォーク文化」や「エリート」の代表例として批判する。
4月、コロンビア大学を訪れた共和党のマイク・ジョンソン下院議長は、ヤジが飛ぶ中、同大学のデモ参加者に対し、「教室に戻れ」と訴えた。ガザ問題を巡るデモを機に、共和党は11月選挙に向け、この文化戦争を繰り広げるであろう。
今日のガザを巡る反戦運動は、1960~1970年代にみられたベトナム戦争を巡る反戦運動に類似しているところがある。
反戦運動に参加する前に、1960~1970年代の学生は公民権運動、今日の学生はブラック・ライブズ・マター(BLM)などを見たり、経験したりした世代だ。いずれも大学のキャンパスから抗議活動は始まり、大学施設の占拠など類似している。
しかし、多くの点で当時とは異なる。
ベトナム戦争では、アメリカは自国民を派兵し直接関与していたが、現在の中東紛争ではアメリカ軍は直接関与していない。
また、ベトナム戦争では学生の間での見解はほぼ一致していた。一方、今日の中東紛争では、イスラエル支援支持派と反対派で大学内でも学生の間で意見が大きく割れている。教授陣の間でも同様に意見の食い違いが見られる。
また、今日の反戦デモは1960~1970年代と比べ、今のところ規模が小さく、比較的に平和裏に行われている。
ベトナム反戦運動のさなか荒れた民主党大会の悪夢
今後、デモ活動は大学にとどまらないであろう。
8月、イリノイ州シカゴで、民主党全国大会が開催される。その際、バイデン政権の対イスラエル政策を批判するリベラル派が、会場内外で抗議デモを行うことが予想される。
アメリカの大学の大半は5月中旬頃に期末試験を終え、夏休みに入る。その後、学生は全米各地に散っていくが、8月の民主党全国大会で全国から反対派の学生がシカゴに結集する可能性が高い。
同じくシカゴで開催された1968年8月の民主党全国大会では、ベトナム戦争反対の約1万人のデモ隊と警察が激しく衝突し、多数の死傷者が出た。同大会では場内も荒れた。
今回、1968年当時に見られたようなシカゴ市警による乱暴が繰り返されることはないであろう。とはいえ、大規模な抗議デモが行われれば、国内で社会不安が広がるとともに民主党内の分裂が浮き彫りとなる。
民主党全国大会が荒れた1968年、11月に行われた大統領選本選では民主党のヒューバート・ハンフリー候補は破れ、共和党のリチャード・ニクソン候補が勝利した。党大会の場内外での民主党の混乱が、大統領選まで尾を引いたのだ。
バイデン氏もハンフリー氏の二の舞となるか、シカゴの行方は目を離せない。
バイデン大統領の再選に影響が及ぶかどうかを把握するうえで重要となるのが、デモが長期化するか、そしてどれだけ過激化するか、の2点だ。
5月19日、モアハウス大学(ジョージア州)の卒業式でバイデン氏の演説が予定されている。同演説が中止とならないことが前提だが、まずはそこでのデモ活動の動向が試金石となるかもしれない。
すでに若年層は「バイデン離れ」
ガザ問題を巡るデモ活動は、若年層の不満の氷山の一角に過ぎない。
そもそもバイデン政権に対する若年層離れはデモ活動以前から見られた。ハーバード大学が3月中旬から下旬に18~29歳を対象に行った世論調査によると、イスラエル・パレスチナ問題を国家の問題として最も重視する国民は2%に過ぎなかった。より多くの若者は経済問題や人工妊娠中絶問題などを重視している。
とはいえ、ガザ問題は次の2点からもバイデン再選を阻みかねない。
まずは若年層の棄権リスク。デモに参加の民主党支持の若年層が、大統領選本選でイスラエルをバイデン氏以上に支援するトランプ氏に票を入れることはない。しかし、バイデン氏に落胆し、大統領選に投票しない民主党支持者が増えるかもしれない。その結果、トランプ氏に有利に働くリスクがあるのだ。
特に大統領選激戦州でもミシガン大学、ウィスコンシン大学、ペンシルベニア大学、ジョージア大学、アリゾナ大学、ネバダ大学などでデモが展開されており、若年層の投票行動への影響が懸念される。
有権者の注目がトランプ氏の裁判から移りかねない
次にメディアがトランプ氏でなくバイデン氏の問題にシフトすること。つい最近まで、今夏はトランプ氏の裁判が話題の中心となるとみられ、トランプ氏の支持率にも悪影響が及ぶことが予想されてきた。
だが、仮に裁判よりもデモをはじめ中東紛争の問題に有権者の注目が集まれば、バイデン氏にとっては逆風となる。特に、デモ活動の拡大などを巡る社会不安を現職大統領の責任だと国民は受け止め、バイデン氏にとっては不利となる。
したがって、党内分裂やバイデン氏の弱体化を招いているデモは、今日、民主党にとって懸念材料だ。
バイデン政権としては、社会問題を訴える若年層の声を尊重したい一方、現政権に批判の矛先が向くことでバイデン再選が厳しさを増す。
ただ、抗議デモは学生など若年層の意図と正反対の結果をもたらすかもしれない。抗議デモの拡大で仮にバイデン氏以上にイスラエルを支援するトランプ氏が当選すれば、学生は現在以上に落胆することとなろう。
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