衆院東京15区補欠選挙で他候補の選挙活動を妨害したとして、政治団体「つばさの党」が13日、公職選挙法違反(選挙の自由妨害)の疑いで、警視庁の家宅捜索を受けた。他候補の街頭演説会場で大声を上げる行為などが問題になっている。同党はこうした様子を動画で配信していた。約10年前の公選法改正でネット選挙が解禁されたが、その狙いとは違う事態が起きている。騒動の背景に何が見えるか。(森本智之、岸本拓也)

衆院東京15区補選で、つばさの党から出馬した根本良輔氏(手前)が、他候補の街頭演説のそばで声を上げる動画の一部=ユーチューブから

◆「凸撃」を繰り返す動画を投稿

 4月28日に投開票された衆院東京15区補選。他陣営の街頭演説に、大音量の選挙カーで乗り付け、候補者に向かって大声で叫ぶ。  ユーチューブには、つばさの党から出馬した根本良輔氏らが、他陣営に「凸撃(とつげき)」を繰り返す動画が複数投稿されている。  相手側のスタッフらから抗議されるなど、トラブルの様子までもライブ配信。他候補の選挙カーを追跡した「朝からカーチェイス 見つけ次第バトル」など、動画にはあおるような題名が付けられ、再生回数が15万に上るものも。同党は7月の東京都知事選にも候補者を擁立すると表明。補選後も動画投稿を継続しており、チャンネル登録者は25万人を超えている。

◆ネット選挙、2013年の法改正で可能に

 ネットを用いた選挙運動は、2013年の公選法改正で可能になった。ただ、同法を所管する総務省は今回のような動画について「権限もなく、チェックはしていない。法に触れているかどうか、取り締まりは警察が対応する」(選挙課の担当者)という状況だ。  動画が投稿されたユーチューブではヘイトスピーチやハラスメントなど複数の観点から禁止事項を定めた「コミュニティガイドライン」を設けている。選挙についても「投票手続きを邪魔したり干渉したりするような、民主的な手続きに対する妨害行為を他者に促すコンテンツ」などを禁じている。違反を繰り返すとチャンネル停止になり、再生回数に応じて入る広告収入も停止されることがある。

つばさの党の事務所を家宅捜索し、段ボール箱を運び出す警視庁の捜査員ら=13日、東京都千代田区で

◆過去の投稿でGoogleが「違反警告」

 ユーチューブを運営するグーグルの広報部によると、つばさの党が過去に投稿した中に、ヘイトスピーチについてのガイドラインなどに違反する動画があり「削除し、違反警告した」という。「こちら特報部」は補選の動画に対する見解や対応も同社に尋ねたが、回答はなかった。  明治大の湯浅墾道(はるみち)教授(情報法)は「ネット選挙が解禁されてこの10年で、動画は特に都市部の無党派層らに対する選挙運動として有効だと認識されるようになった」と指摘する。その大きなきっかけが、22年7月に初当選したガーシー元参院議員の選挙戦。暴露系ユーチューバーとして活動し、海外に滞在したまま一度も帰国することなく、28万票余を獲得した。

◆メールやホームページの利用を想定

 選挙ツールとしての動画の存在感が高まる一方、公選法は現実に追いついていないという。「13年の改正時に想定されたネット選挙はメールやホームページを利用したもので、今回のように大量の動画をSNSで生中継するような状況は想定しなかった」からだ。同法はネット利用について「公職の候補者に対して悪質な誹謗(ひぼう)中傷をする等表現の自由を濫用(らんよう)して選挙の公正を害すること」を禁じているが、努力義務にとどまるという。  湯浅氏は「つばさの党の動画は選挙版の『炎上商法』(批判を承知で耳目を集める手法)のようなもので、知名度を上げるために利用しているのではないか。今後模倣する人が出る可能性はあるが、現行法では対応は難しい」と懸念。「選挙に関する表現の自由は尊重されなければいけないが、残念ながら罰則の強化など法改正の議論に発展する可能性もある」と述べる。

警視庁城東署で声を上げ、不満を申し立てる根本氏(左)と制止する署員ら=ユーチューブから

◆「表現の自由 許容範囲を超えている」

 物議を醸すつばさの党の行為は、政治から有権者を遠ざけかねない深刻さをはらむ。京都大大学院の曽我部真裕教授(憲法・情報法)は「他者の選挙演説にやじを飛ばしたり、議論を仕掛けることなど、表現の自由として保障されなければならない範囲は確かにある」としつつ、「今回の行為は、許容範囲を超えている」との見方を示す。  一方で、つばさの党の一連の行為を認識しながら、選挙期間中にはほとんど報じなかった主要メディアの対応も疑問視する。  つばさの党の行為は、ネット上ではかねて騒動になっていたが、新聞やテレビが報じたのは選挙が終わってからだった。選挙の公正確保が理由だが、曽我部氏は「明らかに起きていることを報道しないのはメディア不信を助長する。何よりも当時から(今回の件を)報道しておけば、問題が広く認知され、多少なりとも抑止につながったのではないか」と、ネット時代に即した選挙報道の必要性を訴える。

◆批判が殺到すればするほど…

 「炎上商法」といえそうな、つばさの党の手法。文筆家の綿野恵太氏は「批判が殺到するほど、動画へのアクセスが増える。世間の関心が高いほど広告収入などが得られる『アテンションエコノミー』の仕組みを悪用しているようにみえる」と話す。  「法の範囲であれば、何をやってもよい、というのが彼らのスタンス。既存の法や制度の穴を突く『ハック』や『チート』を格好良い、頭が良いともてはやす近年の風潮の中で、選挙でも同じことが起きている」

衆院東京15区補選の告示日。乙武氏陣営の演説中に公衆電話ボックスの上から声を上げる根本氏

◆常識破りの対応に一定の支持

 綿野氏は、その原点は、NHKから国民を守る党(NHK党)とみる。ユーチューブなどを使った奇抜な政治運動で知られるが、何度もの党名変更や、政党交付金を受け取り続けるために政党要件を満たす票を得ようと大量の候補者を擁立するなど、常識破りの対応が、ネットを中心に一定の支持を集めてきた。  「政治もスポーツのように、法とは違う慣習や暗黙のマナーがある。それを違法ではないからと、政治や選挙までハックするやり方が広がることは危うい」と綿野氏は懸念し、こう続ける。「邪道でしかないハックやチートの考えを許していけば、社会全体は壊れる。今回の選挙妨害を、より大きな問題としてみれば、社会全体のメンタリティーがハックやチートといった危うい方向にいかないように考えないと」

◆時代の変化に対応し切れず

 東北大大学院の河村和徳准教授(政治学)も「個人が動画で簡単に発信して稼げる時代になって、視聴回数を増やし、個別利益を考える人が選挙に参画しやすい状況になった。時代の変化に各選挙管理委員会や警察が対応し切れていない」と指摘する。  河村氏によると、日本では市町村選管が選挙実務を担うが、海外のような中央の統括組織がないという。「戦前の反省から選挙干渉しないよう分権を進めた結果だが、妨害行為に警告を出すにしても統一基準がない。公正さを確保するために、どんなケースが選挙妨害となり、警告や取り締まりの対象になるのか、総務省や警察庁が過去の摘発例を踏まえた物差しを示す必要がある」と提案する。

◆自民や維新から規制強化の声

 今回の事態を受けて、自民党や日本維新の会から公選法改正も見据えた規制強化の声が上がる。しかし、河村氏は拙速な規制ではなく、民主主義の原則を見つめ直すことが重要と説く。  「異なる多様な意見を尊重することが民主主義の基本だ。相手の権利に配慮せず、自分たちの権利だけを主張することは全体の利益にとってマイナス。こうした民主主義社会のマナーを主権者教育の中で教え、有権者のリテラシーを高めていくことが長い目でみて有効ではないか」

◆デスクメモ

 ネット選挙解禁のころ、私はスマホを買って間もなかった。それから10年。スマホの性能や通信環境は向上し、動画視聴もより身近になった。現実に合わせたルールの検討は必要だ。だが、一番重要なのはそこだろうか。ツールをどう使うかは人間次第。私たちの良識が問われている。(北) 

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