元日に発生した能登半島地震では、石川県かほく市から内灘町にかけての一帯を中心に液状化の被害が広がり、一部では地盤が水平方向にずれ動く「側方流動」が起きました。

全容はわかっていませんが、かほく市大崎で市が行った測量では、宅地が市道の方向に動き境界が80センチ余りずれました。

また、かほく市の被害が大きい地域を通る県道沿いで行われた調査でも境界のずれが確認され、少なくとも2メートルに及んでいることが関係者への取材でわかりました。

かほく市の隣にあり、被害の大きい内灘町で2012年と地震後の状況を国土地理院の航空写真で比べると、建物1棟分ほどの大きなずれが生じていて、今後、詳しい調査が行われる見通しです。

能登半島地震から8か月が過ぎ、被災した住民の中には石川県の新たな補助制度を使って住宅の再建を目指す人もいますが「家の境界がずれているので再建を進めていいのかわからない」という不安の声も上がっています。

境界がずれている場合は、隣接する土地の所有者や道路を管理する自治体と話し合いお互いの所有権が及ぶ範囲を決めて境界を変更する手続きが必要になるため、住宅の再建に大きな影響が出ています。

住民 “境界決まらないと復旧できず”

「側方流動」が起きた地域の住民からは、土地の境界をめぐる問題にどう対処すればいいのかわからないといった不安の声があがっています。

かほく市大崎の住宅地では、敷地を隔てている高さ30センチほどのブロック塀が水平方向にずれたため、途中で断裂しました。

ずれは数十センチに及んでいますが、どちらの土地が動いたのか、あるいは双方とも動いたのか、はっきりしない状況です。

2つの土地の一方を所有している80代の男性は、地震のあと避難した隣の住民とはまだ十分に話し合えていないといいます。

男性は「隣の人は私の土地が動いたと言っていますが、測量して詳しく調べないとわかりません。地域全体が動いているので解決するのは何年後かになると思います」と話しています。

内灘町では、8月下旬に町が開いた住民向けの説明会で境界の問題について説明を求める声が相次ぎました。

町の職員は境界の問題を話し合わないまま自宅の復旧工事に取りかかるとトラブルが起きるおそれもあるとして、隣の土地の所有者との間でどの位置が境界になるのか確認してほしいと呼びかけました。

これに対して、住民からは「目の前の道路と自宅の境界が決まらないと自分の土地の範囲もわからない」として、道路を管理する町や県に対応を求める声があがりました。

町の担当者は「個別に相談を受けたい」と答えましたが、住民は「個別に相談したら境界が決まるのか」と述べ疑問を拭いきれない様子でした。

また、別の住民からは「自宅の工事をしたあとに測量の結果が出て隣の敷地にはみ出していることがわかり、土地を買う必要が生じた場合、費用は誰が負担するのか」という質問が出ました。

これに対して、町の担当者は「隣の土地の所有者との間で境界を確認してほしい」と繰り返し、費用については言及しませんでした。

内灘町やかほく市は「前例のない事態」に直面し対応に苦慮しているのが実情です。

県道の復旧方針示されず

土地の境界をめぐる問題は多くの宅地と接する「道路」の復旧方針にも左右されますが、石川県から方針が示されず不信感を募らせる住民もいます。

石川県内灘町からかほく市にかけての液状化の被害が大きい地域では、そのほぼ中心部を県道「松任宇ノ気線」が通っています。

「側方流動」で大きくずれ動いた場所にはこの県道も含まれていて、石川県は長さ6キロほどの範囲で測量を行い元の位置とのずれを調査しています。

県は元の位置に戻して復旧することも検討していますが、ずれが大きければ実現は難しくなるため具体的な復旧方針を示すことができていません。

石川県の津幡土木事務所の荒木弘 地域調整担当次長は「県道の状況を把握するには時間がかかるうえ、それを踏まえて方針を決めるのにも住民との合意形成が必要だ」と述べ、県としての方針を決めるには時間がかかると説明しています。

県道と交わる市道や町道の復旧にも関わるため、内灘町やかほく市は県の方針が決まるのを待っています。

私有地と公有地の境界がわからなくなるという異例の事態に、県道沿いにある自宅を再建しようとしている住民は不信感を募らせています。

かほく市の中村文雄さんは、夫婦で暮らしていた県道沿いの自宅が傾いて「大規模半壊」と判定され、みなし仮設住宅となっている市内のアパートで生活しています。

早く地盤を直して戻りたいと考えていますが、自宅の敷地に食い込むように県道がずれ動いて来たため、このまま地盤を直すと公有地にかかるおそれがあり、踏み切ることができない状況が続いています。

中村さんは「県道の復旧方針はすぐに決まると聞いていましたがまだ示されず、どの位置が基準になるのかわかりません。県道の方針が決まらないと自分の敷地の地面を触ることもできません」と話しています。

「土地区画整理事業」活用も選択肢

境界をめぐる問題を解決するため、内灘町やかほく市は「土地区画整理事業」の制度を活用することも選択肢の一つとして考えています。

今回の問題を解決するには、隣接する土地を所有する当事者どうしが話し合い一つ一つ境界の位置を確認して、法務局の「公図」にある「筆界」を変更していく必要があります。

しかし、時間や手間がかかるうえ話し合う過程でトラブルになるおそれもあるため、内灘町やかほく市は自主的な話し合いに委ねると住民の負担が大きくなると考えています。

このため「土地区画整理事業」の制度を活用することも選択肢の一つとして考えています。

「土地区画整理事業」は、まちづくりを進めるための制度で、知事などの認可を受けて土地を利用しやすいように「筆界」を引き直して区画を整えたり集約したりすることができます。

土地の所有者などで作る組合が事業主体になる場合もありますが、自治体が主体になることもできます。

内灘町やかほく市は、この制度を活用して行政が主導する形で土地の境界を決めていくことができないか検討しています。

ただ、過去の地震では今回のような境界のずれを整える目的で土地区画整理事業を活用したケースはありません。

また、区画の整理に当たっては住民の合意が必要です。

専門家は、住民がどのような形での解決を望むのか十分に考えたうえで判断できるように行政などが住民どうしの話し合いの場を設けていく必要があると指摘しています。

石川県土地家屋調査士会の有川宗樹 会長は「境界というのは隣人との問題だが、広い範囲の問題でもある。個人で解決するには限界があり、解決するための話し合いの場を作っていくことが必要だ」と話しています。

境界問題 阪神・淡路大震災でも

土地の境界は「筆界」と呼ばれ、各地の法務局にある「公図」という地図で定められています。

阪神・淡路大震災でも一部で地盤のずれが見られましたが、この時に法務省が出した通達では「地殻の変動に伴う広範囲な地表面の水平移動」が起きた場合は「筆界」もそれに合わせて動くという見解が示されました。

国土地理院などによりますと、実際に地震によるずれに合わせて「筆界」が補正された例もあるということです。

一方で、この通達では、土砂崩れや液状化といった「局部的な土砂の移動」の場合は「筆界」は動かないとされました。

このため液状化によって「側方流動」が起きた内灘町やかほく市では「筆界」は動かないことになります。

また「筆界」は目に見えないため、測量しなければずれの大きさはわかりません。

もし土地の所有者が何もしなければ、隣の土地にはみ出した部分には所有権が及ばないと主張されて財産が目減りしたり、逆に、他人の土地を勝手に占有することになり、トラブルに発展したりするおそれがあります。

トラブルを回避するには、土地の所有者や隣接する道路を管理する自治体が話し合い、土地を売買したり譲り合ったりしたうえで所有権が及ぶ範囲を決め、「筆界」を変更する手続きが必要になります。

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