脱”スパム” 脱“ゾンビ”へ
もうひとつの不安 コメ不足
拡散の心理は? 専門家に聞く
8月8日に発表された「南海トラフ地震臨時情報」を受けて広く拡散されましたが、この投稿には科学的な根拠は示されておらず、貼り付けられていた元の投稿は「2052年から来ました」などとするアカウントが投稿していたものでした。
気象庁によりますと、地震の起きる時や場所、大きさを精度よく予測することは現在の科学的知見では難しく、「日時と場所を特定した地震を予知する情報はデマと考えられる」としています。
こうした偽情報や誤った情報は、台風をめぐっても広がりました。8月30日には、台風10号の影響で大雨が降るなか、東京や神奈川を流れる多摩川では一時水位が上がり、氾濫警戒情報が出されました。こうした中でXでは「多摩川氾濫」という実際には起きていないことばを引用した投稿が広がりました。
「多摩川氾濫」のことばとともに、▽アメリカで起きた洪水の映像を載せたり、▽5年前の台風で多摩川が氾濫した際の画像を使ったりするなど、偽の情報や紛らわしい投稿が拡散され、少なくとも200万回以上、閲覧されました。
これらの投稿のなかには収益目的のために、インプレッション=閲覧数を集めようとする、いわゆる「インプレゾンビ」によるものもあったとみられます。
こうした偽情報が頻繁に検索され関心を集めていたことが、LINEヤフー研究所とNHKが共同で行った分析によってわかりました。
全国と比べて、検索の頻度がいつもよりも高かったワードを地域ごとに分析・抽出した結果、8月8日から13日まで、宮崎市や、大阪市、高知市、和歌山市など、臨時情報の対象となった地域の多くで「予言」が検索されていました。14日以降は検索がほとんど見られなくなっていて、「8月14日に南海トラフは起こる」としたXの投稿に関連していると考えられます。
また、東京23区では、8月30日に、実際には起きていない「多摩川氾濫」というワードが、突如、頻繁に検索されるようになりました。
問題となったのは、偽情報だけではありません。
Xでは、台風情報や南海トラフ臨時情報に関連した投稿を装って、アダルトサイトなどに誘導する「スパム投稿」が7月下旬ごろから数多くの見られるようになりました。「絶対にやって欲しい防災対策です」などと、ほかのアカウントの投稿内容をコピーし、そこに報道機関の記事や行政機関のサイトなどから無断で切り取った画像を添付しているという特徴がみられました。NHKがSNSの分析ツール「Brandwatch」で分析したところ、これらは海外のものとみられる数百のアカウントから発信されており、7月下旬の東北地方の大雨と、南海トラフ臨時情報、それに8月中旬の台風7号を合わせておよそ80万件にのぼっています。
多い時には数秒ごとにスパム投稿が繰り返されていて、Xで「台風」「南海トラフ」などと検索してもスパムで埋め尽くされるという事態が起きていました。また、「南海トラフが8月14日に起きる」「多摩川氾濫」といった偽情報などをスパム投稿が広げていた事例も確認できています。
災害時に被害の状況やニーズを把握するために活用されてきたSNS。大量の「スパム投稿」などで、ユーザーが知りたい情報にたどりつきにくくなっている状況を改善しようという動きも出てきています。
Xで話題になっていることをトレンドランキングで確かめたり、検索したりすることができるサービスを提供しているLINEヤフーは、この夏からインプレゾンビやスパム投稿への対策をはじめました。
サービス責任者 谷口尚子さん「ことし初めの能登半島地震では不正な投稿が多く見受けられ実際の状況や正確な情報が見つけにくくなってしまった。いつ起こるかわからない災害時にこのような事象を繰り返さないように、対策を強化しようと取り組みを始めました」
新たな対策では、いわゆる「インプレゾンビ」やスパムなどの不自然な投稿を、ユーザーからの報告も参考に、AIや人の目などで判断してフィルタリングし、表示させないようにしました。例えば、9月3日に大阪で行われた南海トラフ巨大地震の防災訓練の際に実際にトレンド入りした「大津波警報」の検索結果について、フィルタリングを行わなかった検索結果と比べてみました。
左の画面では複数のアカウントから同じタイミングで「サイレン鳴っとった」「仕事やめて帰ります」などの同じ内容が一斉に投稿されていたものが、フィルタリングを行った右の画面では表示されなくなったということです。災害などの有時に「リアルタイム検索」を使う人は、平常時の2倍ほどに増加するといい、能登半島地震の際には3倍になったといいます。
谷口尚子さん「災害時には、知りたい情報がわかるということが最も大事。また、SOSをあげていても不正な投稿によってかき消されてしまったり、状況が変わっているのに情報自体が残り続けて、それを見た他の方が間違った行動を起こしてしまったりすることも危険だと思う。対策を通じてそういったことが起きないようにしていきたい」
静岡県磐田市では、リアルタイムで発信されているSNSの情報をいち早く災害対策に役立てたいと考えていましたが、課題となっていたのが、情報の信ぴょう性の確認でした。
磐田市危機管理課 伊藤彩花さん「SNS上で個人が上げた動画や情報は、市の防災にも非常に生かせる側面がある。しかし、偽情報を排除することは市としても難しかった」
そこで市は昨年度、SNSに投稿される情報から偽情報をのぞいた形で自治体などに提供してくれる民間のシステムを導入しました。
このシステムではAI=人工知能と人の目を組み合わせて、SNS上の情報を精査し、その真偽を判断しています。8月の台風10号の時もシステム上で表示された「市内の道路が冠水している」というXの投稿をもとに、実際に道路が冠水していることを把握し、道路を通行止めにする対応をとったということです。台風10号に関連しては電話などでもおよそ20件の情報が市に寄せられましたが、このシステムでも12件の情報を集めることができたということです。
伊藤さん「SNSからどういった情報が入ってくるかを注視しつつ、SNSを通じて、市民のみなさんに『情報の発信をしてください』という呼びかけをしていきたいと考えています。情報収集の面でいろいろな検討を進めていきたい」
災害関連の偽情報に加えて、この夏、拡散していたのは米不足に関する話題です。
「コメがない」といった文章とともにXに投稿された、実際にスーパーの空の商品棚を撮影したとみられる画像です。南海トラフの臨時情報が出されていた8月中旬ごろから目立ちはじめ、閲覧数が100万を超えるものが複数ありました。新米の流通が各地ではじまっていますが、いまも地域によってスーパーなどでコメが十分に買えない状況が続いています。こうしたコメ不足に関するインターネットでの関心の高さは、検索ワードにも顕著に表れていました。大阪市で検索されたワードです。
8月8日から15日にかけて臨時情報がだされていましたが、その後半から「米」「米不足」「お米がない」といったワードが頻繁に現れるようになっています。コメ不足への関心の高さは東京23区でも見られました。
静岡市や名古屋市などでも同様の検索があり、地方よりも都市部を中心にコメ不足への高い関心が表れていました。
こうした関心の高まりに合わせるように、実際に店頭では商品のラインナップが減少していったことが別のデータから明らかになりました。民間の調査会社「インテージ」は、全国のスーパーマーケットでのコメの売り上げや商品数を調査しています。グラフは、週ごとに平均したことしのコメの商品数を去年の同じ時期と比べたものです。100%であれば去年と同程度、50%であれば去年の半分、となります。全国平均のグラフです。
臨時情報が出された8月5日の週をさかいに、12日の週には85.7%、さらに19日の週には77.2%と下降しました。データからは、スーパーの棚から次第にコメの商品の数が少なくなっていることが伺えます。一方、地域ごとに見ていくと、人口の多い都市部と地方で大きな差が見られました。
近畿は8月19日の週には62.5%と、もっとも大きく下降。次いで、首都圏(東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県)でも71.6%となっていました。これに対して、東北では100.3%、北陸では96.3%と目立った影響は見られませんでした。なぜ地域差が生じたのか。市場アナリストは、臨時情報とSNSの拡散によって、特に都市部で不安感が加速したことによる消費行動が背景にあるのではないかと指摘しています。
「7月から商品の種類はやや減少する傾向ではあったが、買えないまでではなかった。しかし8月に臨時情報が出されると、太平洋側の都市部が対象区域に含まれていたこともあって都市部を中心に不安が加速化した。さらに、スーパーでコメが買えないというSNSの投稿は、それが一部の地域で起きていたことだとしても、人口が集中する都市部ではより拡散しやすいため不安感が高まり、購買行動が短期間に集中してパニックともいえる状況だった」
そのうえで、今後については。
「供給が極端に不足しているわけでないとの政府の見方はあっても、消費者としては店で買えない状態を目にしてしまうと不安感というのはなかなか消えにくいと思うが、9月の中旬には新米のシーズンが本格化するためコメの安定供給が期待される」
デマやうわさなどが広がるメカニズムに詳しい立命館大学総合心理学部のサトウタツヤ学部長は、とりわけ災害などの有事の際には、投稿を目にした人がそれを拡散する前に、信頼できる情報をもとに判断をすることが重要だと指摘しています。
偽情報の広がりについて、「災害時においては不確かな情報であっても、本当だったら大変だ、重要な情報なのであいまいだけれども皆も知っておいた方がよいといった心理が働き、そうした背景から投稿を拡散させてしまうことがある」と分析しています。そのうえで、「誤った情報に基づいて行動してはかえって災害に巻き込まれるリスクがある。拡散をする前に、一人一人がブレーキを踏んで確かめることが必要で、信頼できる情報源を確立しておくことが大切だ」と指摘しています。また、災害時における行政やメディアの情報伝達のあり方に関して、「目の前の店にコメが無いことと、そもそもの流通がどうなってるのかの両方を、一人一人が拡散する前に判断するべきだが、その判断に必要な情報を行政は常に参照できるようにしておく必要がある。また今回は、いくつかのメディアにおいては、令和の米騒動といった表現をしたり、世間の受け止めよりも強く発信していた印象が全体的にあり、注意が必要だ」と指摘していました。
一方、検索ワードの解析からは、災害への備えに向けた人々の関心の高まりも見えました。8月8日に震度5強の揺れを観測した宮崎市の検索ワードです。南海トラフ地震の臨時情報が出された8日から15日にかけて、地震に関連するワードを抽出してみると…
9日以降、具体的な防災に関するワードが現れます。「ハザードマップ」といったリスクを把握するための検索から、「非常食」「家具転倒防止」「簡易トイレ」「モバイルバッテリー」といった具体的な備えを意識した検索まで様々。実際に揺れを経験したこともあり、期間中は関心が高い状態が継続していたと見られます。同じく臨時情報の対象地域となった大阪市では、宮崎市ほどの関心の継続はみられませんでしたが、防災への意識が次第に具体的になっていく様子が伺えました。
9日には「ハザードマップ」「避難場所」といった災害リスクや避難行動を確認する緊急性の高い検索が見られましたが、10日になると「簡易トイレ」や「モバイルバッテリー」が見られ、水や電気などライフラインの被災も想定したとも考えられる検索が目立つようになっていて、一週間の臨時情報の期間でより具体的に防災意識が高まっていったことが読み取れます。
台風や地震に相次いで見舞われたことしの夏。多くの人たちが長期間、不安に包まれる状態が続きました。SNSではフェイクを含む情報が大量に流れ、一部で混乱も見られましたが、情報への接し方、真偽の見極めの大切さを改めて考え直す機会にもなりました。
LINEヤフーが個人を識別できない形で集計した検索ワードのビッグデータをもとに機械学習し、対象地域での検索ワードと全国で検索されたワードの差を数値化。対象地域で全国と比べてより多く検索されたワードを1日ごとに抽出・分析した。「個人の氏名(公人を除く)」、日付、単体では意味をなさない検索ワードなどは除外した。一覧表においては、除外の結果、ワードの数が15に満たない日がある。
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