柳川範之・東京大学経済学部教授(flier提供)
<組織に「学びの文化」を醸成するには、大規模な研修よりもアンラーンなど小さな習慣の積み重ねの方が大きな意味を持つ>
高校へ行かず通信制大学から東大教授への道を独学で切り拓いたことで知られる柳川範之先生。著書の『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)は、2014年に出版され、学生・社会人を問わず「学びのバイブル」としてロングセラーに。学びのテーマ設定から、本の読み方、情報の整理・分析、成果のアウトプットまで、様々な独学のメソッドを紹介しています。
柳川先生は、東大で経済学を教えながらリカレント教育やアンラーニングを推進し、企業に人的資本経営の重要性を提言されています。ビジネスパーソンの「アンラーン」を促し、学びの文化を組織に浸透させるためには何が必要なのでしょうか?
※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です。
独学のメリットは「自分のペースで学べること」
──改めて、柳川先生にとっての独学の醍醐味とは何ですか。
独学の醍醐味は、自分に合ったペースで学べることです。集団講義はカリキュラムもスピードも一律ですが、本来学びのスピードには個人差があり、理解のスピードと質は必ずしも比例しません。特に社会人は学べる時間が限られており、独学なら都合のよい時間に、自分に合ったカリキュラムで進められます。
独学というと一人でコツコツ学ぶイメージがありますが、周りに勉強仲間をつくるのもおすすめです。学習の疑問点は人に相談したほうが解決しやすいし、同じ目標をもつ仲間と状況を共有するだけでもいい。
顔を合わせなくても、「この箇所はみんなつまずきやすいところなんだな」などとわかって安心したりする。それだけでも非常に価値があると思うんですよ。SNSの発達で、仲間探しも簡単になりましたよね。
『東大教授が教える独学勉強法』
著者:柳川範之
出版社:草思社
要約を読む
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関心のあるテーマの「入門書」を3冊買ってみる
──「学び直し(リカレント教育)」や新たな職種転換をめざすための「リスキリング」など、近年、社会人の学びが企業や社会にとっても重要視されるようになりました。一方で、日本人の半数は、社外学習や自己啓発をしていないといわれています。柳川先生は、日本のビジネスパーソンの学びの現状についてどのようにお考えですか。
社会の変化が激しくなり、社会人が新しいスキルを身につけることがますます必要になってきました。ただ、何を学ぶべきかが明確な人はまだまだ少数で、何を身につければステップアップにつながるのかがわからない方のほうが多いように思います。そんな方に向けたアドバイスは次の2つです。
1つめは、とりあえず関心をもてるテーマの入門書を3冊読んでみること。書店でふと手に取りたくなるテーマがあったら、その分野に関心があるということです。
もちろん、入門書と書かれていても自分にはわかりにくいこともあるし、名著がしっくりこないこともある。そんなときは最後まで読み通そうとせず、本を切り替えて何冊か試すと、相性がよい本に出合いやすくなります。
私自身も父親の転勤でブラジルへ渡り、高校に通わず日本から持参した参考書で独学に励んだ経験があります。その当時も、参考書は1冊に絞らず、何冊か目を通していました。こんなふうに試行錯誤しながら、興味を掘り下げることをおすすめします。
2つめのアドバイスは、自分の経験の「振り返り」です。入門書にふれる目的が知を広げることだとしたら、振り返りの目的は自身の内面や専門性の深堀にあたります。個別の経験を整理して、抽象化や一般化をすることで、そこで得た学びを他の似た場面でも応用できるようになります。多くの学問は、まさにこの「抽象化」による経験の整理に役立つもので、経済学や経営学はその典型です。
たとえば、部下との関係で困っているのなら、組織マネジメントの課題に関する一般的な理論を知り、自分の境遇に当てはめられる点を探してみます。実はこうした一般化は、歴史小説を読むときなどに無意識にやっているんです。
たとえば徳川家康が戦国時代に行ってきたことは、抽象度を少し上げると、現代の組織が苦しい局面をどう打開していくかに活かすことができます。
こんなふうに個別の経験を振り返り、理論を通じて一般化してみる。すると、異動や転職などで違う環境に移っても役立つような、再現可能性の高い知恵を得られます。
「アンラーン」の積み重ねがチームの成果を変える
──柳川先生は、「人的資本」への投資の重要性を広めていらっしゃいますが、組織内に学びの組織文化を醸成するために、リーダー層や人材育成に関わる方はどんなことに取り組むとよいでしょうか。
これからの時代は、「アンラーン」がキーワードになります。アンラーンとは、「これまでに身につけた思考のクセを取り除く」ことです。
固定化した思考にとらわれていると、環境が急変してパターンが通用しなくなった際に、迅速に対応できなくなってしまう。結果的に方向転換が遅れ、自分の成長が止まってしまいます。そうならないために、思考のクセを捨て去り、より良い学びを実践するためのプロセスがアンラーンです。
思考のクセは「なくそう」と決意してすぐになくせるものではありません。固定化した思考を解きほぐすためには、まずは無意識の行動を洗い出すこと。「これまでは」「通常は」の思考にとらわれていないかをチェックします。そして、「いまの考え方は前例主義かもしれない」などと気づいたら直してみる。このくり返しです。
組織内の学びの文化醸成というと、職場の大改革や大規模な研修が必要と思うかもしれません。ですが、気軽にできる「小さな習慣」の積み重ねこそが大きな意味をもちます。アンラーンの習慣を組織やチーム全体でとりいれることで、学びの文化の下地をつくれるのではないでしょうか。
もう1つは、社員が好奇心をもてる分野なら、全社的な方向性と多少ずれていても、その学びを後押しすることです。リーダー層は、社員が何に関心があるのか、日頃からキャッチアップする必要があると思います。そうすることで社員のモチベーションが上がり、成果の向上につながります。
『Unlearn(アンラーン)』
著者:柳川範之、為末大
出版社:日経BP
要約を読む
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ポジションごとのキャリアパス、「見える化」できている?
──人材に投資をしても若手社員がすぐに辞めてしまい、社員のモチベーションを維持しにくい。こんな課題をもつ管理職や人事担当者も少なくありません。人材育成への投資をより有意義なものにし、組織の活性化に結びつけるために、企業はどんな実践をするとよいでしょうか。
大事なのは、社員それぞれの育成プランを示すことです。日本企業では、異動や転勤、昇進などの配置転換を命じる際に、その意味づけを社員に伝えられていないケースが多いように思います。
たとえば、経理部門で働いていた人に、「来月から地方の営業所で勤務してほしい」と辞令を出すとします。その際、「5年後にはこんな人材になってほしい。そのために営業経験を積んでほしい」といった希望を会社側が伝えていれば、本人も会社から何を期待されているのかが理解できる。そして、目の前の業務が自身のキャリアパスとどう結びついているかが見えてきます。
若い人がすぐにやめてしまう原因の1つは、この意味づけが不十分だからだと考えています。目の前の仕事で身につけてほしいことが明確になってはじめて、社員もモチベーションを見出せるのです。
──なるほど。社員側も、たとえ希望通りでなくても新たな環境で何を求められているかを理解できますし、それが自分なりの意味づけにつながりそうですね。
こうした意味づけを可能にするために、職務の明確化が重要になります。純粋なジョブ型雇用をとらなくても、ポジションごとに「どんな仕事で、どんな能力が必要なのか」を可視化するのです。
たとえば「〇〇事業部の部長になるには?」という問いに、「良好な人柄とリーダーシップ」のようなザックリした答えではなく、より具体的な専門性や経験を細分化して答えられるかどうか。そのうえで、そのポジションを希望する社員に「現状はこの能力が不足しているから、こんな講座を受講して身につけるのはどうか?」などと、OJTではまかなえない学びを提示できるといいですね。
社会人の多くが「何か学ばなくては」と焦燥感を抱いていますが、会社側が能力開発のゴールを示すことで、学びのスタートを切りやすくなります。それぞれの職務に必要なスキルやそこに至るまでのキャリアパスの解像度を上げて、「見える化」する。これが今後の人材開発の肝になるのではないでしょうか。
転職や副業がより一般的になるこれからの時代には、自社に閉じずに中長期的なキャリアプランを考える必要が出てきます。そこで上司も、メンバーのめざすキャリアプランに関心をもち、「そこにたどり着くために何を学ぶといいのか」を一緒に考えることが求められます。
「会社としては、今後こんな事業に注力していくが、そのなかで何をやりたいか?」とメンバーに尋ねることが重要です。
──柳川先生は『東大教授が教える独学勉強法』や『Unlearn(アンラーン)』などの執筆を通じて、学びの重要性を広めていらっしゃいます。その背景にある想いとはどのようなものでしょうか。
私は経済学者なので、基本的には「日本の経済をよくしたい」という思いが根底にあります。日本には才能豊かな人材がたくさんいます。にもかかわらず、人材が活躍できる環境が不十分であるために、給与が上がりにくく、経済全体も活性化しにくい状況に陥っています。
こうした状況を打開するには、個々人が新たに学び、能力開発をしていくことが不可欠だと思います。学びや能力開発の重要性を提示し続けることで、個人の生活と経済活動の両方をよくしていきたい。これが学びに関する執筆や発信を続けている原動力です。
柳川範之(やながわ のりゆき)
1963年生まれ。東京大学経済学部教授。中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶応義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学生活を続ける。大学を卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。
現在は契約理論や金融関連の研究を行うかたわら、自身の体験をもとに、おもに若い人たちに向けて学問の面白さを伝えている。主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)など。
◇ ◇ ◇flier編集部
本の要約サービス「flier(フライヤー)」は、「書店に並ぶ本の数が多すぎて、何を読めば良いか分からない」「立ち読みをしたり、書評を読んだりしただけでは、どんな内容の本なのか十分につかめない」というビジネスパーソンの悩みに答え、ビジネス書の新刊や話題のベストセラー、名著の要約を1冊10分で読める形で提供しているサービスです。
通勤時や休憩時間といったスキマ時間を有効活用し、効率良くビジネスのヒントやスキル、教養を身につけたいビジネスパーソンに利用されており、社員教育の一環として法人契約する企業も増えています。
このほか、オンライン読書コミュニティ「flier book labo」の運営など、フライヤーはビジネスパーソンの学びを応援しています。
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