朝日新聞には毎月、雑誌やネットで公開される注目の論考を紹介する「論壇時評」という欄があります。時評を執筆する宇野重規さんと6人の論壇委員は月に1回、注目の論考や時事問題について意見を交わします。各分野の一線で活躍する論壇委員が薦める論考を紹介します。(「*」はデジタル、以下敬称略)

  • 排除の声と生活要求が動かす選挙 今こそ政治の進化を 宇野重規さん

金森有子=環境・科学

▷染小英弘「機能性表示食品にあふれる誇張表示」(日経サイエンス7月号)

〈評〉小林製薬の機能性表示食品による健康被害が、大きな問題となった。機能性表示食品はその機能性の根拠となる臨床試験や論文の質が低く、誇張表示の懸念が指摘される。著者は国に対して制度の見直しを提案するとともに、消費者に対しても留意を呼びかける。衝撃的なのは、臨床試験を請け負う開発受託機関が「有意差を保証する」プランを食品会社などに向けて販売しているという事実。効果があるように見える値をあらかじめ保証したら、臨床試験の意味がない。ここまで露骨なことが行われているとは知らなかった。

▷ヤン・ズェイ「EVバイクの充電ステーションをバーチャル発電所に、台湾地震で備え」(MITテクノロジーレビュー、6月12日、https://www.technologyreview.jp/s/338785/how-battery-swap-networks-are-preventing-emergency-blackouts/)*

▷金井利之「『消滅可能性自治体』議論を消滅せよ」(Voice7月号)

砂原庸介=政治・地方自治

▷鈴木亜矢子「位置情報を交換する若者たち」(現代思想6月号)

〈評〉位置情報共有アプリを利用する若者へのインタビュー調査により、アプリを利用する理由を分析した論考。お互いの時間を「読む」ことがより容易になることでコミュニケーションが円滑化するだけでなく、可視化された信頼を経験するツールとなる部分がある、と著者は指摘する。オンラインのコミュニケーションが重要になりつつある社会で、その「非同期性」を考える著者の視点は興味深い。まだ実態のわかりにくい問題について議論を深めていくときに、インタビューという形で迫ることの意義も示している。

▷阿部景太「新たな漁業資源管理制度による地域への課題」(都市問題6月号)

▷ニコラス・エバースタット「東アジアの少子高齢化と地政学」(フォーリン・アフェアーズ・リポート6月号)

中室牧子=経済・教育

▷橋本直子「『難民を受け入れる』ということ」(世界7月号)

〈評〉実務においても学術研究においても、難民政策の第一線で活躍してきた著者による骨太の論考。受け入れ後の共生政策により難民を社会に統合するという「面」の部分がうまくいかなければ、人道的な難民受け入れを可能にする国境管理という「線」の部分を持続できない、というのは非常に重要な指摘だ。これを読むと、日本政府の難民受け入れのロジックが人道性から経済性にシフトしているように見える。難民受け入れ問題というよりも、将来避けて通れない外国人労働者の受け入れについて、短期的な政策の積み重ねに終始して正面から議論してこなかったツケであるようにも思われる。

▷樋口裕城「難民受け入れ地域の困難」(週刊東洋経済6月15日号)

▷山崎潤一「八七年生まれの経済学者の目から」(アステイオン100号)

安田峰俊=現代社会・アジア

▷小見山祐紀「川口市長の私設秘書から見た『川口クルド問題』」(Xでの投稿、6月12日、https://x.com/lionorkuma/status/1800808492607160732)*

〈評〉元講談社編集者の市長私設秘書がSNSに発表した文章。一部のクルド人の迷惑行為があること、ただし外国人犯罪の顕著な増加はみられないこと、問題防止のための仮放免者への生活安定策を保守派が攻撃する頭の痛い構図があることなどを、本人の目に映る範囲で記す。昨今、クルド人をめぐる問題の関連言説は、右派左派を問わず「書く前から論調を決めた著者が、主張に不都合な事実を伏せつつショッキングな事例を提示して読者の義憤をあおる」ような単調な情緒主義に陥りがちだ。それらと異なる形での市の現状報告と問題改善の提言は興味深い。

▷小林麻衣子「私のなかの西村賢太」(Hanada7月号)

▷稲垣康介「『東京五輪のレガシーについて、話を聞かせてもらえないか?』」(世界7月号)

青井未帆=憲法

▷酒井隆史「“過激な中道”に抗して」(地平7月号)

〈評〉米国のリベラル誌「ネイション」社長になった30代のバスカー・サンカラら若い世代の動きを、2010年代に広がった概念である「エキストリーム・センター」(エキセン、過激中道)への対抗として考察する。中道右派と中道左派が交代して、既存の政治システムを保全。自らを脱価値化した存在として絶対化する。世界がエキセンからの脱却に向かった一方、日本では逆にエキセンが深化したと著者は述べる。新たに創刊された雑誌「地平」が、かかる閉塞感を振り払う役割を担うことを期待したい。

▷松山洋平「イスラーム理解と宗教嫌悪」(Voice7月号)

▷福嶋浩彦「国と地方の『対等・協力』関係を崩す地方自治法『改正』」(マスコミ市民6月号)

板橋拓己=国際・歴史

▷宇田川幸大・内海愛子・金ヨンロン・芝健介「〈連続討議〉戦争責任・戦後責任論の課題と可能性(下)」(思想6月号)

〈評〉長大な「連続討議」の最終回。日本の戦争責任追及が連合国により独占されたことが、日本の戦争責任への認識枠組みをある意味で縛ってしまったとする内海の指摘を受け、宇田川は日清戦争以来の「50年戦争」という概念により、植民地責任も含む議論を展開しようとする。芝は、ドイツの植民地戦争が第2次世界大戦の東部戦線での絶滅戦争と連続していることを指摘。植民地責任と戦争責任・戦後責任をつなぐ「歴史の不正に対する歴史的な責任」という全体的な枠組みが必要と提起する。関連して紹介される映画「関心領域」の主人公ヘスの来歴も興味深い。

▷鈴木江理子「『育成就労制度』でも継承される問題構造」(世界7月号)

▷坂梨祥「イラン・イスラエル間の『影の戦争』の行方」(Voice7月号)

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