二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還した『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。今回はシーズン2で放送された1話の医学的解説についてお届けする。

お久しぶりです。6年前はまたドラマの解説を書くなんて想像してなかったなあ。

前回シーズン1を終えた時(もちろんその時はシーズン2はないと思っておりましたからブラックペアンという作品を終えた時)、「もう全てを出し切りました。関わることのないと思っていたドラマ制作現場を体験させていただき本当にありがとうございました。一生の良い思い出になりました。これからは本業頑張ります」というお別れの言葉とともにスタッフさんたちと演者の皆様と爽やかにお別れした日…あれは2018年6月17日でした。

それから月日は流れ、ちょくちょくブラックペアン2をやるという噂は耳にしたものの、噂だけにとどまり、色々あるんだろうな、なかなかあれだけのメンバーを再度集めるのは難しいのだろう…もうないよね…大変だしね。と思っていた昨年末、いきなり伊與田さんに呼ばれてシーズン2やるので手伝って欲しいとの話をいただきました。その時の帰りのタクシーでボソッと「やっぱり彼の芝居は抜群にいいから。どうしてもまたあのメンバーで集まってもう一回やりたいんですよ」と。

6年前の大変な記憶を、またあのメンバーで新しい世界を見たいという思いが完全に上回り、シーズン2制作に取り掛かって約4ヶ月。無事1話オンエアーとなりました。

書きたいことはさまざまあるのですが、ストーリーに沿って解説する前に今回のメインテーマの手術について解説したいと思います。

ダイレクトアナストモーシスとは

原作にも出てくる手術なのですが、この手術は冠動脈疾患に対するオペとして描かれております。まず冠動脈疾患とは何ぞやと言いますと、皆さん狭心症とか心筋梗塞という病気はなんとなく聞いたことがあると思います。

冠動脈とは心臓の周りにある血管で、心臓の筋肉やその他の組織に血流を供給する管です。心臓から出ている大動脈の根本から生えていて、大動脈の右手前から出ているのが右冠動脈、左奥から出ているのが左冠動脈です。左冠動脈は主幹部から2本に分かれます(前下行枝と回旋枝)。その血管が細くなってしまう病気が狭心症。詰まってしまう病気が心筋梗塞となります。

我々循環器(心臓や血管を扱う科で内科と外科に分かれます。ブラックペアンは循環器外科または心臓血管外科のお話になります)に携わる医師は狭心症や心筋梗塞に対する治療として大きく2つの治療法を持っています。

一つは内科の先生が行うカテーテル治療です。簡単にいうと狭い血管や詰まった血管を中から広げステントを置くという方法です。道路が土砂崩れで通れなくなったら、土砂をどかせて綺麗にして、アスファルトが傷ついたりガタガタしてたら上から再度アスファルトで舗装するようなものです。

もう一つの方法は我々心臓血管外科医が行う冠動脈バイパス術です。狭い血管や詰まった血管はそのままにして、その先に自分の血管(自己血管)で迂回路を作る方法です。道路が土砂崩れになったら、土砂崩れはそのままで隣の道と繋げてしまう方法です。

冠動脈バイパス術が行われる場合は冠動脈が何箇所も狭かったり詰まったりしている場合や、左冠動脈の主幹部など大きな道が狭くなったりしている場合、すごく長い距離狭くなっていたり詰まっている場合にも行います。

それではダイレクトアナストモーシスとはどういう術式かと言いますと、冠動脈の狭い部分や詰まった部分を取り除き、自身の血管で取り替えてしまうという術式です。土砂崩れして通れない道路を道路ごとどけて、そこに新しい道路を作るようなものです。

ご想像していただくと分かるかと思います。道路を道路ごと剥がすって大変そうですよね。道路の下は地面と強固にくっついていますし、道路の横には家があったり木が生えてたりするわけです。冠動脈も同じです。冠動脈の下には心臓の筋肉があり冠動脈とくっついていますし、横には脂肪があってコーティングされています。時には心臓の筋肉の中に埋まっている冠動脈もあるんです。それを剥離といって冠動脈だけ露出して切って、また新しい血管を縫い付ける…想像するだけで難しそうですよね。

一方我々心臓外科医が良く行なっている冠動脈バイパス術は冠動脈の上だけ剥離して切って自身の血管(内胸動脈や橈骨動脈や足の静脈等)を繋げれば良いだけなんです。冠動脈を全部周りから剥がすよりは簡単そうですよね。

天城先生はそのダイレクトアナストモーシスを簡単に行い、全て成功させている。

ここで劇中でも言われている「世界で唯一できる」とはどういう意味か解説していきます。手術ができるという意味は、たまたま1回偶然できました、という意味ではありません。手術ができる、の定義は何回繰り返しても同じような成功率で完遂できるという意味なんです。

ダイレクトアナストモーシスは私も同じような術式をやったことはありますが、ある好条件が重なればできますが、全部の患者さんにできるというわけではありません。天城先生の世界で唯一できるという意味は全ての冠動脈疾患にダイレクトアナストモーシスが施行できて、全て成功しているという意味なんです。

それではシーズン2第1話の天城先生の手術シーンを見てみましょう。

まずオーストラリアの外科医が胸を開けるという作業をします。心臓は胸のほぼ真ん中にあります。心臓に到達するためには胸骨という肋骨と肋骨の間にある骨を切らないといけません。骨は非常に硬いので電動のノコギリ(ストライカーなど)で切ります。胸骨を切り胸を開ける開胸器を取り付けると、心膜に包まれた心臓が現れます。映像では心膜は切ってあり心臓は露出しています。

外科医は「胸開きました」と天城先生に伝えると天城先生は椅子に座り、グラフト(冠動脈の狭窄した部分の代わりとなる血管)となる内胸動脈を採取し始めます。内胸動脈は胸骨の裏側両サイドに1本ずつ2本あります。裏側にへばりついているように走っていますので、特殊な開胸器(片方だけ上がって裏側が見えるような構造)を使用して採取するのです。この胸骨の裏にへばりついた内胸動脈を剥がす(剥離と言います)のは心臓外科医として一番と言っていいほど大切な手技です。通常は全長で20cmほど剥離するのですが、速い人だと10分以内に採れてしまいます。ダイレクトアナストモーシスの場合は全長に渡り剥離する必要はありませんので、天城先生は一瞬で採取してしまいます。

内胸動脈の採取(7~8cm)が終わると、ダイレクトアナストモーシスに入ります。

ここから天城先生の動きを確認していきましょう。まず冠動脈の狭窄部位を右手の示指か中指の先端で確認します。狭窄部位は石灰化していることが多く、普通の動脈の持つ弾力性がなくなっているのですが、ピンポイントで狭窄部位を認識するのは非常に難しいです。天城先生はその狭窄部位を数秒で認識します。

次に狭窄部位にスタビライザーという局所的に心臓の動きを抑える道具をつけます。左手にマイクロセッシ(細かい作業をするためのピンセット)、右手にメッツェン(先が曲がったハサミで天城先生はここで黄金色のメッツェンを使用します)で冠動脈の狭窄部位を含む前下行枝(心臓の前面を走る左の冠動脈の1本)を周囲組織から剥離します。

冠動脈が全周性に剥離されたら、その上流と下流(中枢と末梢という言葉をよく使います)にブルドック鉗子(血管を挟み血流を遮断する道具)を挟み、その間の冠動脈の狭窄部位を切ります。そこに先ほど採取した内胸動脈を置き、中枢と末梢を8-0という髪の毛よりも細い糸で縫合していきます。針の長さは6mm、連続縫合といって1本の糸でぐるっと一周12針くらいで縫っていきます。針の間隔が細かすぎても血管は裂けてしまいますし、粗過ぎたら間から血液が漏れてしまいます。この感覚は血管組織との対話で、1針1針絶妙に間隔を変えて縫っていきます。

天城先生は一箇所2分半、2箇所5分で吻合します。吻合した後、先ほどのブルドック鉗子を外して、血液が置換したグラフト(内胸動脈)を通り良好な血流が冠動脈に流れていきます。ブルドック鉗子を膿盆にカランカランと入れてダイレクトアナストモーシス完了となります。

もう一度復習すると、狭窄部位を右手示指中指で確認。スタビライザーを左手で設置して右手のネジをぐるぐるして固定。左手マイクロセッシ、右手黄金のメッツェンで狭窄部の冠動脈を剥離、ブルドック鉗子を両手にもち中枢末梢をクランプ。メッツェンで冠動脈切離、採取した内胸動脈を置き中枢末梢を左手マイクロセッシ、右手8-0で連続縫合し、糸結び7、8回して右手メッツェンで糸を切って中枢末梢のブルドック鉗子を外して完了。「ルペラシオンエフィニ ルクレシボ、心臓は美しい」となります。

これを1回で覚えて何回も繰り返すうちに天城先生の手技スピードはどんどん速くなり、猫田さんが器械出しになるとますます速くなり、そうなると手元もどんどん速くしないといけないからかなり大変。自分もかなり練習して手元の撮影に臨みました。

天城先生の手技に関して、本人とも色々話したのですが、私が「左手とかで縫ってもいいし、表現は任せるよ」と伝えたところ「それだとギシさん大変でしょう」。
「えー!すげー優しい!」に対して「それしか考えてないから」のアンサーいただいたことを鮮明に覚えています。

やはり天城先生は器がでかい。渡海先生は繊細さの中でガシガシ高速で縫合していく男気のある中に優しさをもつ手術をしていましたが、天城先生は扱っているのが主に冠動脈で髪の毛よりも細い糸を操っていますので、渡海先生よりも繊細さを表現しています。糸を引くときの優しさ繊細さを強調し、クラシック音楽を背景に、指揮者のようなタクトを振るような演出は西浦監督の案です。クラシックは天城先生の案、パガニーニの選択も絶妙。悪魔的精緻を極めた手技のBGMには持ってこいの選曲で、ずーっと見ていたいような手術シーンでした。

ダイレクトアナストモーシスでしか治せない心臓とは

現在狭心症や心筋梗塞に対する治療は先ほども述べましたカテーテル治療と我々心臓外科医が行う冠動脈バイパス術に分かれます。

冠動脈バイパス術では自身の動脈や静脈を使用して(グラフト)迂回路(バイパス)を作ります。現在1番良く使用されるグラフトは左内胸動脈(LITA リタとかLIMAリマとか言います)で上手く繋げば20年以上血液が流れ続けるといわれています。主に左冠動脈の前下行枝(LAD)に繋ぐことが多く、このバイパスをLITA-LAD(リタエルエーディー)と言います。次に右内胸動脈(RITA ライタやRIMAライマとか言います)、次に足の静脈(大伏在静脈と言います)、後腕の動脈(橈骨動脈)や胃の動脈(胃大網動脈)などがグラフトとして使用できます。それらは採取しても身体機能にほとんど問題はございません。

今回のソヒョンさん(虚血性心筋症とは簡単にいうと狭心症や心筋梗塞により心臓の筋肉が痛み心臓の機能が落ちたり不整脈が出るような病気です)は、両側内胸動脈起始部閉塞といって内胸動脈の根本が詰まってしまっている状態でした。

根本が詰まっていると血液が流れませんのでグラフトとして使用できません(途中の正常なところは使用できます)。20年以上持つと言われるLITA-LADが出来ないわけです。右の内胸動脈の根本も詰まっているので使用できません。

橈骨動脈も動脈硬化で使用できず、胃の動脈も使用できないとの結果でした。

唯一使用できるのが足の静脈(4本採れます)の1本だけ。足の静脈でのバイパスは本編では5年と言っていましたが10~15年くらいは流れ続けてくれます。静脈の採取の仕方は周りの脂肪を剥がして採るか、脂肪も一緒につけて採取するか、内視鏡で採るかなど色々あり、どの方法が一番長く流れてくれるか研究が進んでいる状況です。

ソヒョンさんはまだお若く静脈でのバイパスでは十分ではないと判断され、天城先生のダイレクトアナストモーシス(内胸動脈で冠動脈の閉塞部分を取り替える方法)に託されたという設定でした。

これは非常に珍しい場合で、両側の内胸動脈の根本(起始部)が閉塞しているという方は私は出会ったことありません(片方なら数人いました)。全身の動脈が炎症で細くなってしまう動脈炎のような方々だとこのような場合もあるようですが、非常に珍しいです。内胸動脈は一番動脈硬化が起きにくいと言われていますので、ほとんどの患者さんに私は両側の内胸動脈を使用したバイパス術を行っています。

心タンポナーデを診断した天城先生の視点

次は冒頭で天城先生が登場した処置のシーンの解説です。

ビーチで心臓マッサージされている少年(10歳くらいの設定)を世良先生と垣谷先生が見つけます。世良先生が心臓マッサージを代わり、垣谷先生は気道確保して人工呼吸をしようとします。頚動脈を触り、脈がないことを確認してます。

世良先生は少年の首が腫れていることに気付きアナフィラキシー(クラゲに刺されたとか…)じゃないかと、またVf VT(致死性不整脈)時のDC目的でAEDを取りに行きます。

垣谷先生は確かに人工呼吸をしたときに肺に空気が入りにくいかも…と判断して(自分ならこの状況だと少年の口にビニール袋つけた手を突っ込んで異物がないか腫れてないかなど判断する…)ボールペンで喉の気管に穴をあけようと振りかぶります(リアルだと自分ならハサミで皮膚をある程度切って気管まで辿り着いてからボールペンを刺して内筒抜くと思う…)

そこで天城先生にガシッと止められる。
よーく映像見ていただくとわかるかな…
近くにサーフボードがあります。また少年の左胸の乳首の下あたりに水着が破れているところがあるんです。

映像だと垣谷先生がその穴に指を入れて水着を破り、下にアザを発見します。

乳首の位置は解剖学的に第4肋間(上から4番目の肋骨と肋骨の間)ですので、その下は第5肋間になります。左乳首の少し下辺りの左第5肋間にはちょうど心臓の左心室の先端である心尖部があり体表から1番心臓が近い部分なのです。

また少年の顔と首を見ていただくと、わかりにくいのですが少し腫れているんです(もともとの少年の顔はほっそりしててCGで腫らしています)。また色も白ではなく、赤黒いと言いますか紫色しています。これは頭から心臓への血液の戻りが滞っていることを意味します。静脈還流が悪いなどと表現するのですが、これがあると心臓までの間で静脈が詰まっているか、圧迫されて閉塞していると予測されます。一番わかりやすいのは首を絞められた時などです。

天城先生は蘇生現場に向かい、サーフボード、左第5肋間あたりの水着の穴、少年の顔と首を見て、外傷性心タンポナーデと判断しました。

心タンポナーデとは心臓の周りの袋(心囊と言います)に血液や体液が溜まってしまい、心臓が動かなくなってしまう状態です。心臓が周りの血液で圧迫されますので、体からの血液の返りは悪くなり頭、首は腫れてきます。

我々心臓外科は心タンポナーデを最も経験する科です。様々な臨床像を呈するのですが、頭首上肢からの血液が返ってくる上大静脈が圧迫されると著明に顔と首が腫れてくるのです。

今回の少年はサーフボードが左の第5肋間にあたり、心尖部の血管から出血し、心囊に血液が溜まり、上大静脈を圧迫し、顔首が腫れ上がり、さらに心臓が圧迫され動かなくなり心停止となったと予想されます。

処置としましては、天城先生の言った通りです。左第5肋間を開けるとすぐに心膜(心臓の周りの袋(心囊)の膜)がありますので、それを少し切ることにより心タンポナーデは解除されます。世良先生の顔に血が飛んでましたが(もちろん本物ではありませんよ!)、かなりの圧力がかかっていることがお分かりかと思います。圧力が解除されれば心臓は圧迫から解放されて動き出すのです。後は救急車で病院に向かい、まだ出血してれば止血のためにオペが必要となります

天城先生のセリフはその日に決めた感じです。

なんか言いたいんだけど、ないかなあ?
この処置はどれくらい難しい?

みたいな感じでドライ前に聞かれ、大人で太っていると大変だけど、この少年くらい痩せてたらすぐに到達できるよ。などと説明して、「これ心タンポナーデじゃね?…」からのセリフにつながりました。最初本物のビーチなので周りの風の音とか波の音がうるさく、天城先生のセリフが聞き取れず、「今なんて言ったの?」ってスタッフに聞いても誰も聞こえてなくて、急いで撮影現場からブース(監督がモニター見ているところでビーチから300mくらい離れたところ)に戻り「今何て言ったかわかります?」って音声さんとかに聞いたりしたけど結局分からず、またビーチに戻って本人に確認して…日頃の走り込みが非常に生きた撮影でした!

今回のビーチのシーンは色々な案がありましたが、一番動きが大きくダイナミックでストーリー展開が劇的な、さらには心臓外科で多く経験する心タンポナーデの処置になりました。

ちょっとまだまだ解説する要素はあるのですが、今回はここまで! また機会があれば書かせていただきます!

ーーーーーーーーーー
イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。