二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された3話の医学的解説についてお届けする。
※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。
冠動脈瘤
楠木さんは僧帽弁狭窄症を患い佐伯教授の手術を予定されていましたが、佐伯教授は楠木さんの術前CTを見てあるものに気づきます。冠動脈瘤です。冠動脈瘤は冠動脈という心臓の周りにある心臓の筋肉自身を栄養する(栄養や酸素を供給するための)血管に瘤ができてしまう病気です。
冠動脈は大きく分けると2本(右冠動脈と左冠動脈)に分かれ、左冠動脈は前下行枝と回旋枝にわかれます。CTを見るところ前下行枝の近位部に2cmほどの径の冠動脈瘤を認めました(図1参照ください)。
佐伯教授はさらなる冠動脈造影検査をオーダーします。冠動脈造影検査はカテーテルを使用して冠動脈に造影剤を流し込み、冠動脈の形態をみる検査です。渡海先生も冠動脈瘤に気づき冠動脈造影を世良先生に指示します。しかし不幸なことに冠動脈瘤が田村さんのスナイプ手術中に破裂してしまいます。
心タンポナーデ
関川先生が楠木さんのところに駆けつけ心エコー検査をすると心タンポナーデを見つけます。
心タンポナーデとは何かといいますと、心臓は胸の真ん中あたりにあるのですが、心嚢という袋に入っており、その心嚢に血液や体液が溜ってしまい、中の心臓を圧迫してしまう状況です。大きな袋の中に入ってその中に水を入れられるようなものです。水に圧迫されて動けなくなってしまうように、心臓もまわりの液体によりうまく動けなくなり、全身に血液を送れない状態になります。
楠木さんの場合は図1にあるように、心臓の周りにある冠動脈の瘤が破裂して、そこから大量に出血して心嚢に血液が溜ってしまった状態です。心タンポナーデを見つけたらどうするかですが、心嚢穿刺と言って心嚢に針を刺して液体(血液)を抜くのが一般的といわれ、1話で渡海先生が宮川さんの急変の時におこなった処置と一緒です。
宮川さんの場合は急性心不全で心嚢液貯留という状態で、あの時引けた心嚢液は少し黄色がかった透明でした。急性心不全の場合はそのような透明な心嚢液が引けてきますが、急性大動脈解離や楠木さんの冠動脈瘤破裂のときは赤い血液が引けてきます。
ここでポイントは急性心不全の時は心嚢液を抜いてあげると、心臓は楽になるのですが、急性大動脈解離や冠動脈瘤破裂の時の心タンポナーデで安易に心嚢液(血液)を抜くと、心臓は元気になり血圧が急上昇します。血圧が急上昇すると逆に出血しやすくなりますので、心臓は楽になり良かったものの、どんどん出血してしまい取り返しのつかないことになってしまうのです(出血しすぎて逆に血圧は下がっていきます)。
心タンポナーデを認めたら、血圧が保てているのであれば、まず心タンポナーデの原因を検索するというのが非常に大切になります(心臓が止まっている、止まりかけているなら心タンポナーデを解除するしかありませんが)。
むやみやたらと心嚢穿刺をして心嚢液または血液を抜くと取り返しのつかないことになります。また心嚢穿刺はそこまで簡単な処置ではありません。いままで誤って心臓に針が刺さってしまった例を何例も見てきました。
急性大動脈解離や冠動脈瘤の破裂のときは血圧が50や60くらいで保てるのであれば、早急に手術室に運んで手術を開始するのがセオリーです。関川先生の判断はナイス判断です。
このような血圧が出ない、心臓が止まりそうな時の状態を我々は循環が破綻した状態と言います。循環が破綻した時は一刻も早く人工心肺を組んで、人工心肺を回します(スナイプの人工弁が左心室に食い込み左室破裂をした時の高階先生の判断を思い出してください)。
そして、そのような緊急処置の手術の場合、ほぼ100%正中切開といって胸の真ん中を切開して手術を開始します(下行大動脈の破裂等の場合は例外です)。関川先生の判断はセオリー通りです。
渡海先生の判断力とLITA-LAD(リタエルエーディー吻合)
しかし渡海先生はセオリーを無視し左開胸(左の胸を切開)での手術を行います。確かに左冠動脈は心臓の左側にあり、左開胸でのバイパス手術は施行できないわけではありませんが、この緊急事態の時に左開胸で手術を施行することはほとんどありません。人工心肺も回さずに左開胸で冠動脈瘤の処置を施行します。しかも、この冠動脈瘤は左前下行枝の根本にありますので、あの開胸ではかなり深いところでの処置になりますが、それをいとも簡単に行ってしまう。
さらに図1を参照していただくと、冠動脈瘤の処置(冠動脈の瘤を糸で縫合して止血する)をするとその先の前下行枝には血液が流れませんので、バイパス手術をしなければなりません。バイパス手術とは詰まった冠動脈に迂回路を作って血液を流す手術です。
渡海先生は冠動脈瘤の処置を終えた後に「椅子!」といいますが、これは椅子に座って胸骨という胸の骨の裏側にある内胸動脈という血管を剥がすためです。
内胸動脈という血管はバイパス手術のグラフト(バイパスに使用する血管)では最も良質で「神様がくれた血管」と呼ばれています。内胸動脈を丁寧に周囲組織から剥がして、冠動脈に髪の毛よりも細い針糸で縫って吻合するのですが、心臓外科医、特に冠動脈外科医にとってこの左内胸動脈−前下行枝バイパス(LITA-LAD リタエルエーディーと読みます)を美しく作り上げれることは一つのステータスであり、選ばれし者しかできない技であります。きれいに吻合できて、血流が乏しかった冠動脈に血流が流れて、心臓が元気になるときの喜びは最上のものがあります。
私自身もこのLITA-LADバイパスができるようになるまで10年以上かかりましたし、まだまだ世界最高の吻合を目指して修行中であり、この修行は一生続きます。残念ながら渡海先生が左内胸動脈(LITA)を採取している場面はモニター画像でしかありませんでしたが、撮影中に二宮さんがLITAを採取して、LITA-LAD吻合しているところを見た時は「二宮さんがLITA採っているよ!」「LITA-LAD吻合しているよ!」と勝手に興奮していました。これは冠動脈外科医にしかわからない感動であります。
と、自分だけ興奮してしまった撮影だったのですが、渡海先生は田村さんと楠木さんを同時に助けるために高階先生にスナイプをさせるべく左開胸で手術をしていたのです。
このように一度に2つ3つの問題を抱えた患者さんなんてたくさんいるの?と思われる方もいるかもしれませんが、けっこういます。そういうときは、治療の順番をどうするのか、一番患者さんに負担を少なくするためにはどうするか、つまり治療完結の最短距離は何かを考えるのですが、今回はこの2人の患者さんを渡海先生が超最短距離で救ったという物語でした。
しかも最先端医療器機であるスナイプを使って。ポリシーなんて関係ない、命の為ならどんな手段でも使う渡海先生の信念を見ました。渡海先生が行った楠木さんの手術のシェーマ(手術の絵)が図2となります。
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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介
冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。
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