21年オールスター戦のホームラン競争で大谷の捕手役を務めた水原 MARK J. REBILASーUSA TODAY SPORTーREUTERS
<住居の世話や買い物だけでなく妻の出産の手伝いも、彼らの仕事は選手に一番近い存在であり続けること>
大谷翔平の通訳だった水原一平の違法賭博スキャンダルには、まだ分からないことが多い。だが、1つだけ確かなことがある。それは水原が大谷にとって、ただの通訳にはとどまらない存在だったということだ。
水原はMLB(米大リーグ)のスーパースターである大谷の右腕であり、キャッチボールの相手であり、フィールド内外の問題の調整役だった。通訳と選手の関係をうまく運ぶには、こうして築かれる絶対的な信頼が欠かせない。
水原は昨年夏の米スポーツ専門サイト「ジ・アスレチック」のインタビューで、信頼関係を築くことが「この仕事のとても重要な部分」と語っていた。「私たちは毎日、一緒にいる。妻と過ごす時間より翔平といる時間のほうが長い。個人的な関係は良好でなくてはいけない」
水原と大谷の関係は極端な例かもしれない。しかし、野球界で通訳の役割が大きく進化してきたことは間違いない。
通訳はベンチに入り、ミーティングに参加し、チームのあらゆる活動にアクセスできる。スーパーでの買い物やクリーニングの受け取りといった選手の日常的な用事を任されることも多い(それを考えると、水原が大谷の口座にアクセスできたというシナリオもそれほど突拍子もないものとは思えなくなってくる)。
MLBの通訳は、どうやってこの職に就くのか。そして彼らは日頃、どのような仕事をしているのか。あまり知られていないMLB通訳の日常を見てみよう。
"Ippei is pretty famous over there."
— The Athletic MLB (@TheAthleticMLB) June 6, 2023
"Yes, he definitely is."
"He is definitely famous."
MLB's Japanese interpreters all know -- or know of -- each other.
Everyone interviewed for this story agreed on one thing: Ippei Mizuhara is in his own stratosphere.https://t.co/5zDYvxHEHd pic.twitter.com/5m8MWRf2sF
話すことは仕事の10%程度
2016年、全てのMLBチームはスペイン語の通訳を2人以上常駐させることが義務付けられた。スペイン語通訳はチームの職員として、安定した雇用を得る。
しかし、アジア系選手の通訳はいささか違う。彼らもチームに雇われるのだが、雇用の安定は担当する選手の契約次第で大きく変わる。もし選手が契約を失えば、自動的に通訳の仕事もなくなる。
最近は、選手が自ら選んだ通訳をアメリカに連れてくるケースが多くなっている。
大谷は、日本で所属していた北海道日本ハムファイターズの通訳だった水原を選んだ。サンディエゴ・パドレスの金河成(キム・ハソン)内野手は、韓国からペ・レオを通訳として呼び寄せた。ボストン・レッドソックスに昨シーズンから入団した吉田正尚外野手も、日本で在籍したオリックス・バファローズの通訳だった若林慶一郎に依頼した。いずれも以前からよく知っている人物を通訳に選んでいる。
選手本人に当てがない場合は、ほかのアジア系選手に推薦してもらうこともある。パドレスのダルビッシュ有投手の通訳を担当している堀江慎吾は、ニューヨーク・ヤンキースで田中将大投手の通訳を務めていた。
水原は妻と過ごす時間より大谷との時間が長かった(18年4月) BRIAN DAVIDSON/GETTY IMAGESMLB通訳の給与は、それぞれのチームが支払う。金額はさまざまな要素で決まるが、特に大きいのは「どの選手を担当するか」だ。水原は大谷の通訳として30万~50万ドル(約4500万~7500万円)の年収を得ていたと報じられている。ほかのアジア系選手の通訳に取材したところ、この額より多くもらっていると答えた人はいなかった。
通訳は実際には何をしているのか。水原は昨夏のインタビューで「話すことは仕事全体の10%程度でしかない」と語っている。通訳が選手の住居の手配や食事の調達、家族や友人の訪問の調整、野球データの解説などの仕事を任されることも多い。
MLBの中国語通訳だったティモシー・リンは選手の妻のために、出産を控えた妊婦を祝う「ベビーシャワー」のパーティーを開く手伝いをしたことがある。台湾出身の投手がマッサージを受ける際も、通訳のために立ち会った。別の通訳は、選手の妻が出産する際に病院側との連絡係を何度か務めたことがあるという。
肝心の通訳の業務も、ただ直訳すればいいというわけではない。言葉のニュアンスや文化の違いを選手に分かりやすく説明することも必要になる。
レッドソックスの吉田は、遠征時にチームのビールクーラーを飛行機に運ぶ係だ。日本ではスター選手だった吉田だが、MLBはリーグの在籍期間がものをいう世界。吉田も今はまだルーキーのような扱いだ。通訳がこうしたことを選手に伝えるときは、習慣の違いなどを説明し、プライドにも配慮した接し方が必要になる。
「日本とアメリカとでは、文化がまるで違う」と、吉田の通訳の若林は言う。「私も吉田も、アメリカのあらゆることを学んでいる段階だ。アメリカの文化を理解するために、できることは何でもやっている。おかしなこと、間違ったことを口にしたくないから」
自由時間は眠っている間だけ
水原は、アジア系選手の通訳の中でも知名度が抜群だった。MLB通訳という職業の認知度を高めたともいえる。ダルビッシュの通訳を務める堀江も「水原は日本では大変な有名人」だと語っていた。
水原はサインを求められることも多かった。水原の妻はオークションサイトで夫のサインボールを見つけたことがあるという。
この仕事のいいところは何か。1つは、MLBの選手と同じような扱いを受けられることだ。
水原はインタビューの中で、通訳になったのは野球が大好きで、ずっと野球に関わっていたかったからだと語っていた。大谷と過ごしたことで、彼はまさにその夢をかなえた。打撃練習エリアやブルペンにも入ることが許され、世界的なスーパースターの右腕としての評価も得た。
通訳は選手と同じくチームのチャーター機で移動し、最高級のホテルに泊まり、豪華な食事にもありつける。しかし彼らの仕事は、24時間365日、休みがない。選手にとって通訳は、まさにアメリカでの「ライフライン」。自由になる時間は眠っている間だけと言っていい。
選手がアメリカの言葉や習慣に慣れれば、通訳の負担がいくらか減るケースもある。だが彼らの多くは選手に一番近い存在であり続け、言葉以外の面でもさまざまなサポートをしなくてはならない。
MLB通訳の仕事は華やかなものに見えるかもしれないが、誰にでも務まるものではない。
2024 The Athletic Media Company
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