表現の場がリンクからスクリーンに移ろうとしている。フィギュアスケート男子の元世界王者、高橋大輔さん(38)が、故郷・岡山県倉敷市を舞台にした映画「蔵のある街」(2025年8月全国公開予定)で映画初出演を果たす。7月下旬に始まった撮影で慣れない演技に真正面から向き合い、高橋さんは「いろいろ考えながらやる中で見つけることがたくさんあり、素晴らしい経験ができている」と力を込める。
「蔵のある街」は、山田洋次監督の作品で脚本や助監督を多く務めてきた平松恵美子監督(57)がメガホンをとる。平松監督の地元の倉敷市を舞台に、自閉症の兄を持つ幼なじみを元気づけるため、「花火を打ち上げる」という約束の実現に奔走する地元高校生らの姿を描く作品で、MEGUMIさんや前野朋哉さんら倉敷出身の俳優もキャストに名を連ねる。
その中で、高橋さんは主人公の高校生たちの相談に乗る美術館の学芸員・古城緑郎(こじょうろくろう)を演じる。物語のキーパーソンになる重要な役柄だが、平松監督が過去にインタビュー取材に答える姿を見て「古城役は高橋くんに」と直々に出演をオファーした。高橋さんは当初は戸惑ったものの「倉敷出身の俳優さんを起用し、舞台も倉敷。こんなチャンス二度とないかもしれない」と快諾した。
現役時代は、柔軟で切れのある情感あふれる表現力を武器に2010年のバンクーバー冬季オリンピックで銅メダルを獲得し、同年の世界選手権で初優勝を果たすなど、日本の男子フィギュアの道を切り開いてきた。
ただ、映画の撮影を経験して、求められる表現の違いを感じた。これまでは遠くの人にも伝わるように全身を使って表現してきたが、映像の世界ではちょっとした表情や声色がものをいう。平松監督からは「そのまんまの自分で演じてもらえたら」と声を掛けられていたものの、高橋さんは「自然体に振る舞うって、めちゃくちゃ難しい」と苦笑する。
歌と芝居が融合したストーリー仕立てのアイスショーに挑戦してセリフを口にした経験があったとはいえ、映画で物語のキーパーソンとなるとその量は段違い。知人の俳優に覚え方を聞いたり、覚えるタイミングを工夫してみたりと試行錯誤した。そんな中で見えてきたこともある。「表現することがすごく好きなんだと感じた。できないことや今まで考えもしなかったことを考えるって、すごく楽しい」
23年5月に2度目の現役引退を発表。周囲には指導者として後進の育成を期待する声もあるが、現時点で道を絞ることは考えていない。「エンターテインメントの世界が好きだし、もうすぐ40歳。新しいことをするにはラストチャンスぐらいの気持ちでいるので、いろんなものを見て自分自身の幅を広げられるような活動をしていきたい」。銀幕デビューは「表現者」として大きくなっていくための一ページだ。【平本泰章】
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