全身が入る輪っかの中に入ってぐるぐると回る体操競技器具「ラート」を活用している「ラート芸人」がいる。その名もようじ教(きょう)=本名・上地陽史さん。コント中では、アニメ「とっとこハム太郎」のパロディキャラ「ハムラート太郎」に扮して、奇想天外な動きを見せる。そんなようじ教はかつて国内大会で8位に入賞したこともある実力者。「ラート」と「お笑い」の掛け算で生み出された唯一無二の芸風は、どのように作り上げられていったのだろうか。

ラートのてっぺんでキャラクターに扮してコントを演じるようじ教=7月、那覇市内

人生で一番拍手を浴びた瞬間

 ラートとの出合いは琉球大学在学中。当初はダンス部に入ろうとしていたというが、友人に誘われて体操部に体験入部したことが、ラート人生の始まりとなった。

 当時の琉球大学はラート強豪校の一角。大学4年時には全国8位になり、卒業後もOBとしてラートを続けて世界大会出場を目指していた。「でも結局、世界大会への出場は叶わなくて」と競技者としての目標は果たせなかったが、願ってもいなかったチャンスが訪れた。「余興者としての世界大会出場」である。

 「エキシビションのような枠があるんですけど、それにハム太郎の恰好をして曲に合わせて演技したらすごく受けまして。自分1人の成果としては、人生で一番の拍手を浴びました」

 結婚式の余興で「ラートで回りながらかぎやで風」という芸を披露すると反響が集まり、イベントやテレビなどの出演依頼も入ってきた。しかし程なくして世の中はコロナ禍に突入、ようじ教のラート芸は封印せざるを得なくなった。

自分の特技や強みを生かす

ようじ教扮する「ハムラート太郎」。満面の笑顔だ=7月、那覇市内

 もともと、人前で何かして喜んでもらうことに快感を得ていた。「昔から芸人さんに憧れていて。笑い取れるってかっこいいしすごいじゃないですか」

 そんな「笑わせたい欲」が爆発した瞬間がある。知人に誘われて行ったライブハウスで余興芸を見た時に、その足は会場のオーナーの元に向かっていた。「次、僕も出させてください」

 とはいえ、当初はラート芸ではなかった。今でも特にラートに限らず、内装大工としての技術を生かし、ステージ上であっという間に椅子を作るパフォーマンスをすることもあれば、オブジェ的な衣装を作って漫談をすることもある。その一環で「自分の特技や強みを生かす」という視点を大切にした結果「ラートでコントをする」ということに行きつき、場所の広さなど条件が許せばラートを使っている。

 「『遅刻しちゃうよ~』って言いながらラートで出ていく、みたいな。ウケるってより、びっくりの方が勝ちますよね。そりゃあ盛り上がりますよね」

 しかし、一方でようじ教の口からは意外な言葉も飛び出す。「未だに、自分からはラート芸を推してないんですよ」。結果的に手にした「一番強い武器」が、今のところラートだということだ。

自分の特技を生かしてきた体験を語るようじ教=7月、那覇市内

ビジネスシーンにも通ずる「強みの掛け算」

 昨今ではビジネスシーンにおいても「キャリアやスキルの掛け算」というワードを頻繁に耳にするようになった。トーク力の高い人が動画撮影編集スキルを身に付けたら商品PRで重宝され、寿司職人が語学スキルを磨けば海外で高単価のSUSHIレストラン出店が可能だろう。

 ようじ教の発想も、同じだ。「手を伸ばせる所に使えるものがあれば、とりあえずまず使っていく感覚です」。ラートを競技以外にも使う。回ったら楽しい。そんな「既存の枠組み」から外れながら、自分にとってラートとの一番幸せな関わり方を見つけ出している。
 

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