東海道と中山道の分岐点に立つ道標。ここが旅のスタート地点だ=草津市草津1で2024年9月10日午前9時23分、礒野健一撮影

 滋賀・草津に住んで6年半になる。東海道と中山道の分岐点という江戸時代からの要衝を堪能してきたが、県内の両街道を徒歩で踏破するという目標を達成できていない。中山道は4年前に高宮宿(彦根市)まで歩いた。そろそろ東海道だと思い立ったのが9月半ば。残暑は厳しかったが、弥次さん喜多さんは通らなかった草津宿から江戸方向の街道を歩いてみると、記者の宝物である「ネタ」であふれていた。【礒野健一】

 午前9時。草津宿本陣(草津市)の向かいにある東海道と中山道の分岐点を示す道しるべの前に立った。江戸時代も行き交う人たちが頼りにしたことだろう。東海道五十三次で言えば草津宿は品川宿から数えて52番目。かなたの都を目指す旅人に思いをはせながら出発した。

道しるべや石碑、ところどころに

足利幕府9代将軍義尚が陣を構えた「鈎の陣」を示す石碑=栗東市上鈎で2024年9月10日午前10時23分、礒野健一撮影

 天井川で知られた旧草津川跡沿いに整備された住宅地を進み、国道1号を過ぎるとまもなく栗東市に入る。よく車で通る道だが、歩いてみると真新しい家々の間に、道しるべや史跡の石碑が多く建っていることに気付く。自然と旅気分が上がった。

 出発から約1時間。足利幕府9代将軍・義尚(よしひさ)ゆかりの「鈎(まがり)の陣跡」に着いた。義尚はここに屋敷を築いて政務も執ったので、当時の実質的な首都だったとも言える。その後、体調を崩した義尚は23歳の若さで陣没した。蝉(せみ)時雨が響く木陰の石碑を見つめていたら、世継ぎ争いから発展した歴史的事変「応仁の乱」の渦中にいた義尚を深く掘り下げたくなった。

 栗東市内を更に歩く。国史跡・旧和中散本舗、国重文の地蔵菩薩(ぼさつ)がある法界寺、大きな山門と本堂を配す新善光寺など、街道沿いの名所に寄り道しながら進むうち、日差しが強くなってきた。汗を拭いながら次の石部宿(湖南市)までの時間を調べると、徒歩50分以上との表示。とにかく歩くしかない。

芋つぶし、堪能

石部宿の伝統料理「芋つぶし」=湖南市石部西1の田楽茶屋で2024年9月10日午後1時20分、礒野健一撮影

 午後1時。ようやく「51番目」の宿場町、石部宿に到着した。昼飯を食べようと休憩所「田楽茶屋」ののれんをくぐり、冷房の利いた店内にホッとする。歌川広重の浮世絵でも石部宿と草津宿の間の茶店が描かれている。その茶店で出されていた田楽豆腐と並ぶ石部の名物「芋つぶし」(400円)を、「冷やし茶屋そば」(800円)とともに注文した。

 そばは細く刻んだシイタケ、ニンジン、油揚げをあっさりとした出汁(だし)に浸し温泉卵を乗せたもので、暑さで火照った体をいやしてくれた。芋つぶしは五平餅のようで、それよりねっとりとした食感。里芋と米を一緒に炊き、つぶして団子状にしたシンプルな料理だ。しょうゆだれと田楽みその甘じょっぱさに箸が止まらない。

 芋つぶしは今年3月、文化庁が認定する次世代に継承すべき郷土料理「100年フード」に認定された。ただ、店主の渡辺明子さん(82)によると「今はこの店しか出しておらず、家で作る人も減った」という。「立ち寄った人に喜んでもらえるよう守っていきたい」と話す頼もしいおばあちゃんにまたじっくり話を聞きたい。

 腹ごしらえをすませると、水口宿(甲賀市)に向かって再び歩き続けた。このあたりは草津や栗東より古い建物が多い。過去の街道を歩いているような雰囲気を味わえる。三雲学区に入ると「美しい東海道」と記された花壇が並ぶようになり、花々がもてなしてくれた。

 立派な杉が見えてきた。弘法大師が使った箸が根付いて巨木になったと伝わる「弘法杉」だ。仰ぎ見ながら進むと駄菓子屋の店先の自販機に視線が移った。近くの三雲城の御城印を売っている。隣には三雲ゆかりの忍者・猿飛佐助のイラストがかわいい自販機も。珍しいなと思い、店を営む長谷康子さん(63)に聞くと昨年8月に設置したとのこと。「城跡は年中無休だけど店はそうもいかない。休みの日に来た観光客にも御城印を手にしてほしかった」。三雲城を中心とした町おこしを改めて取材したくなった。

 店を出たところで時刻は午後4時半。日暮れまでには水口宿に到着できそうだったが、その場合は寄り道が難しいのでJR三雲駅で旅を終えた。草津宿から約17キロ。この日は帰路も含めて約30キロ、3万9058歩を歩いた。寄り道をし過ぎな気もするが、それが街道歩きの醍醐味(だいごみ)。近いうちにまたネタ帳を持って続きを歩こう。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。