再結成されたオアシスのチケットをめぐって、オンラインでは激しい争奪戦が展開された OLI SCARFF/AFPーGETTY IMAGESーSLATE

<販売サイトの順番待ちをしている間に価格が高騰する、ダイナミック・プライシングという搾取>

ノエル・ギャラガーと弟リアムが15年ぶりにロックバンド「オアシス」を再結成すると発表してからわずか数時間後、ある人物がX(旧ツイッター)にこんな投稿をした。

〈オアシスの再結成を15年も待っていたのに、ただ「ワンダーウォール」を生で聴きたいだけのストックポート在住21歳のクロエにチケット争いで負けてしまった!〉


この投稿はある意味、単なる「ゲートキーピング(特定のファン層がその他の人々を排除する行為)」に軽い女性嫌悪が交じった程度のものかもしれない。でも私は、思わずうなってしまった。またかよ、やり切れないな......。

再結成されたオアシスのチケット需要がとんでもなく高まるのは、分かり切っていた。オアシスはかつてイギリスで最高の人気を誇ったロックバンドだ。後期の作品については評価が分かれるが、最初の2枚のアルバムは90年代のオルタナティブ・ロックのムーブメントである「ブリットポップ」の立ち上げに大きく貢献した。

だが2009年のパリ公演の舞台裏でノエルとリアムが大げんか。ノエルが切れてオアシスは解散した。でも彼らの対立はそれ自体が一種のエンターテインメントで、ある意味、見ていて楽しかった。

90年代の私はまだ子供だったから、私の記憶に残っているオアシスの曲は00年代半ばに、もっぱらラジオで聴いたものくらいだ。

だから正直なところ、冒頭のようなツイートでオアシスに若いファンがいることを知って少し驚いたが、実際のところ若いファンは多いようだ。単に「30年前の曲だから」という理由で特別な価値を感じているだけのようにも思えるが、あらゆる層や世代の人々がオアシス再結成と聞いて舞い上がったのは事実らしい。

一方で大勢の人が憤りも感じている。当然だろう。なにしろ近年、人気歌手のツアーのチケットを手に入れるのはますます困難、そして不快な体験になっている。

3万人が「順番待ち」

オアシスが再結成ツアーを発表し、そのチケットの一般販売が始まったのは8月31日のこと。すごかった。私はパブにいたのだが、目の前に伏し目がちでスマートフォンを見つめている女性が立っていた。肩越しに画面を見ると、チケット購入の「オンライン行列」に3万人近くが並んでいると表示されていた。

友人の友人が何時間も待った末に「行列」からはじき出されて諦めたという話も聞いた。英ガーディアン紙のある記者は、チケット4枚で1500ポンド(約28万円)も払う羽目になったと嘆いていた。

新型コロナウイルスの感染爆発に伴うロックダウンが終わって、有観客のライブが再開されたのはうれしい。でも念願のチケットを手に入れようとするたびに業界の露骨な金儲け主義を見せつけられる。

その象徴が「ダイナミック・プライシング」。需要が増えるにつれて価格がつり上がる仕組みだ。22年にはブルース・スプリングスティーンのツアーチケットが販売された際にこの仕組みが適用され、チケット価格が最高5000ドル(約71万円)に跳ね上がり、ファンが激怒した事例がある。昨年アイルランドのスレイン城で行われたハリー・スタイルズのコンサートでも、同じような問題が起きた。


テイラー・スウィフトの「エラズ」ツアーのチケットを販売した「チケットマスター」のサイトがクラッシュして大混乱した問題も、ファンの大きな怒りを買った。この問題は米司法省がチケットマスターを訴追する事態にまで発展した。ちなみに、これだけ問題が起きてもダイナミック・プライシングを禁止する動きはない。

ファンにとって、自分の好きなバンドがコンサートをするというニュースに心からワクワクできるのは最初の10分程度。その先には厳しい現実が待ち受けている。まずはオンラインの行列に何時間も並ばされ、当初価格の3倍もの金額を提示され、それに応じるかどうかを数秒間で決めさせられる。その時になって初めて、みんな気付く。これって、搾取じゃないの?

金持ちをより金持ちに

そのとおり。実に筋の通った議論だと私は思う。今はストリーミング全盛の時代だから、ミュージシャンもこれまで以上にライブで稼ぐ必要があり、コロナ禍を生き延びたコンサート会場が運営に苦しんでいるといった事情はもちろん承知している。

しかし、それでもだ! 当初140ポンド(約2万6000円)だったチケットが355ポンド(約6万6000円)にもなるのは間違っていると思う。全ては「市場原理」だと人は言うかもしれないが、そうでもない。現に米司法省はコンサート運営大手ライブ・ネーションを独占禁止法違反で提訴している。

「老いた兄弟が再び同じ舞台に」といった表面的には軽薄なニュースで大騒ぎするのは愚かなことかもしれないが、こんな現象が繰り返されるのを見ていると気がめいる。

私はチケット争奪戦に参加しないことにした。私の立場は「ストックポート在住21歳のクロエ」と同じ。私だって、そりゃオアシスの「ワンダーウォール」を生演奏で聴いてみたい。でも楽しい時間を過ごしたいだけの普通の人たちが、金持ちをより金持ちにするために最後の一滴まで搾り取られるような状況が、当然のことのように続いているのを見ると悲しくなる。

熱烈なサッカーファンがスタジアムで飲むビールの値段がいくらつり上げられようと、私は気にしない。でも人気次第でスタジアムの入場料がダイナミックに変動するようなら、それは問題だと思う。ダイナミック・プライシングで人生を狂わせられるなんて、冗談じゃない。


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