ペルーでは鳥山の死を悼む巨大壁画が CARLOS GARCIA GRANTHON-FOTOHOLICA PRESS-LIGHTROCKET/GETTY IMAGES

<キャラクターとストーリーで世界中を魅了。ソフトパワーを見せつけた男が遺したもの>

3月8日、漫画家の鳥山明が同月1日に死去していたことが明らかになった。『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』など人気シリーズの生みの親の訃報に、世界中が深い悲しみに沈んだ。

エマニュエル・マクロン仏大統領や中国外務省の毛寧(マオ・ニン)副報道局長ら各国の首脳や高官も哀悼の意を表明。ファンはオンラインゲームの中で、あるいは現実の世界で追悼集会を開いて祈りをささげた。

3月10日の山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』と宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』のアカデミー賞受賞や、ネットフリックスでの『ONE PIECE』実写化の成功に加え、鳥山への称賛の嵐が巻き起こったことで、こうした日本のポップカルチャーに対する賛辞を政府の数十年に及ぶクールジャパン戦略のたまものと勘違いする向きもあるかもしれない。

だが鳥山の死に対する反応は、文化外交の成功が結局は良質な物語を生み出すクリエーターやアーティストの肩にかかっていることを明らかにするはずだ。

鳥山のドラゴンボールシリーズは数々のアニメ、映画、ビデオゲーム、関連商品を生み、現代日本のポップカルチャーの基盤となってきた。『ONE PIECE』や『NARUTO -ナルト-』など他の有名漫画家の作品にも影響を与えている。

鳥山は『ドラゴンクエスト』『クロノ・トリガー』など、名作ゲームシリーズのキャラクターデザインも手がけた。つまり、ドラゴンボールは世界に打って出る前から、国内でポップカルチャーの豊かで多様な環境を育んでいたわけだ。

鳥山自身は、中国の『西遊記』やジャッキー・チェンら中国系アクションスターからドラゴンボールシリーズの着想を得た。豊かな文化は政府の介入なしで国境を越え得るのだ。『ドラゴンボール』の続編『ドラゴンボールZ』で初めて日本のアニメに触れたというアメリカ人も多い。

1996年にアメリカで放送が始まると、全米の子供たちが毎週土曜日は早起きして、惑星ベジータから地球にやって来た孫悟空と仲間たちが地球の破壊をたくらむエイリアンたちから地球を守るのを見守った。同じ枠で『セーラームーン』も放送され、これら日本アニメが『アーサー王と正義の騎士』など欧米色の強いアニメに取って代わった。

ソフトパワーで世界を席巻

さらにアニメ専門のケーブルテレビ局カートゥーンネットワークが、アニメ放送枠「トゥナミ」で日本アニメを集中的に放映。日本のアニメならではのキャラクターやストーリーに夢中になったファンが、やがて日本に興味を持つようになった。

『ドラゴンボール』の悟空は孤児で異星人だが、明るく朗らかでくよくよしない性格と意志の強さで苦難を乗り越え、愛を見つけ、家族をつくり、地球の仲間たちと固い友情で結ばれる。ストーリーは世界共通、ヒーローが地球の平和を守るために戦う異星人という設定はDCコミックスの『スーパーマン』そっくりだ。

とりわけアフリカ系アメリカ人や中南米系アメリカ人をはじめ世界中のマイノリティーがこのアニメに引き込まれ、日本のソフトパワーは行く先々で影響を与えてきた。

ソフトパワーはハーバード大学の政治学者ジョセフ・ナイが提唱した概念で、文化や価値観の魅力で他の国々を魅了し、説得し、その行動に影響を与える能力を指す。もっともこれは漠然として数値化しづらく、効果も限定的だ。

アニメの魅力が好意的な外交政策や貿易協定につながるとは言い難く、『ドラゴンボール』が東アジアの力の均衡(バランス・オブ・パワー)を崩すとは考えにくい。それでも中国では共産党系タブロイド紙でタカ派路線で知られる環球時報が、中国のネット市民が鳥山と日本のポップカルチャーを崇拝しているという特集を組んだ。

人材確保の環境づくりを急げ

ソフトパワーの経済への影響はより明らかだ。アメコミ出版社ダーク・ホース・コミックスの場合、刊行物のわずか1%にすぎない日本の漫画が売り上げの60%以上を占める。

ほかにもスタジオジブリの映画や任天堂のポケモンシリーズなど、日本のポップカルチャーは世界中でカルト的な人気を誇ると同時に主流派にも好評だ。

伝説的ゲームデザイナー宮本茂がキャラクターデザインを手がけた人気ゲームの映画版『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は、全世界興行収入13億ドルを突破。続編も2026年に公開予定だ。

こうした桁外れの数字がソフトパワーの売り込みに各国政府を過剰介入させてきたのだろう。だが皮肉にも介入は有害無益になりがちだ。韓国文化の輸出、いわゆる「韓流」に躍起の韓国政府は過度な規制でKポップの成功に水を差し、孔子学院をプロパガンダに利用する中国政府のやり方は学問の自由や資金提供の不透明さなどで猛反発を買っている。

日本政府は21年の東京五輪の開会式で墓穴を掘った。スキャンダルが相次いだ末に演出は盛り込みすぎ、大人気の曲やアーティストやキャラクターが登場せず盛り上がりに欠ける内容......。その一方で、寿司や和牛など和食文化の海外での紹介・消費の方法に口出ししようとしている。

政府はむしろ国内でアートの振興を妨げている問題に目を向けるべきだ。鳥山の早すぎる死はクリエーティブ産業の構造的な問題に改めて光を当てている。

働きすぎ、ひと握りの天才への依存、低賃金、人手不足といった問題を解決するには、優秀な人材を確保できるよう政府が働き方改革や新たな移民政策によって支援する必要がある。

鳥山の死は何百万ものファンの心に大きな穴をあけた。だが彼の永遠に色あせない作品と『ドラゴンボールZ』に触発された次世代のクリエーターたちが生み出す新たなアートが、その穴を埋めるに違いない。

From thediplomat.com

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