金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』では、市役所に勤める小森洸人(柳楽優弥)と彼の弟で自閉スペクトラム症の青年・小森美路人(坂東龍汰)きょうだい、その2人の元に現れた<ライオン>と名乗る少年(佐藤大空)の3人の暮らしが描かれる。
「社会で感じることを表現できるドラマを制作したいという気持ちが強い」と明かす松本友香プロデューサーは、<現代の自閉スペクトラム症のリアル>を切り取るため、発達障害教育と長年向き合っていた「さくらんぼ教室」での交流などを通し、お互いの理解を深めていった。
SNSの発達や多様性の価値観が変わり続けることにより、心と心の距離感を掴むことが難しくなっている現代において、完全オリジナル脚本で描く本作が伝えようとしていることはなんだろう。作品が走り出すまでの経緯を紐解きながら、作品への希望と願いを聞いた。

自閉スペクトラム症に興味を持ったきっかけ

――家族の物語が描かれる脚本の本作が生まれたきっかけは何でしょうか?

ドラマの企画を考えるなかで、物語の中心となる登場人物に自閉スペクトラム症の方が当たり前にいるという設定から考えてみたいなと思ったことが始まりです。これまで私が好んで観てきた作品のなかには、自閉スペクトラム症の方を描いている作品が比較的多かったように思います。私が小学生の頃に発売された漫画『光とともに…』。後にドラマ化されましたが、これを図書館で読み、自閉スペクトラム症を知ることになりました。その後、高校時代に寮生活をしていたとき、ルームメイトの妹さんが自閉スペクトラム症で、リアルなきょうだいの話を聞いた経験も大きかったのかもしれません。

――本作を制作するにあたり、リサーチされたことや準備したことはありますか?

自閉スペクトラム症関連の勉強は、TBSで『マラソン』(2007年)という自閉スペクトラム症の青年がマラソンに挑戦する実話をもとにした単発ドラマを当時プロデュースしていた山崎恆成さんにまず相談し、監修としてさくらんぼ教室の伊庭葉子先生を紹介してもらったのがスタートでした。そこから脚本家チーム、スタッフ、俳優部も勉強のために何度も伊庭先生とさくらんぼ教室の生徒さんと会って準備を始めました。また、伊庭先生の紹介で自閉スペクトラム症の権威と言われている本田秀夫先生に勉強会を開いてもらったり、『マラソン』の監修に入っていた中京大学の辻井正次教授ともお話しできる機会を頂いたり、とても頼もしい環境で勉強させていただきました。

さまざまなつながりを経て、自閉スペクトラム症を学ぶ

――準備期間で印象的だった出来事はありますか?

本田教授や辻井教授からも話を聞いて、現代はとても療育が進んでいることも知りました。そこで、「今の映し方をしてほしい」という助言をいただき、これまでの映像作品のイメージより、現代の自閉スペクトラム症のリアルを切り取ることを意識しました。美路人くらいの年齢の方々は当たり前のようにスマートフォンを持っており、ご家族とスマートフォンで連絡を取り合っている様子や中身まで見せて頂きました。洸人と美路人がスケジュールを共有する描写があるのですが、そういうところはすごく参考にしています。

――美路人を演じる坂東さんもさくらんぼ教室に行かれたということですが、その経験が反映されていますか?

はい、すごく反映されていると思います。坂東さんとご一緒するのは本作が3作目で、彼が勉強熱心で探求心のある役者さんだと知っていましたし、今回も実際に教室へ見学した方がいいと思いお声がけしたら、スケジュールが許す限り行きたいと返信をもらい、何度も一緒に行きました。どう美路人という人物像を作っていくか、坂東さんとスタッフ陣でコミュニケーションをたくさん取りました。

アプローチの面白さが際立つ柳楽優弥さんの芝居

――本作で洸人を演じる柳楽さんの魅力はどんなところでしょうか?

洸人をキャスティングするときに真面目で受け身な洸人をどなたが演じたら素敵か考えていたのですが、普段の役のイメージと意外性のあるアプローチも面白いのかもと思ったんです。そこで、柳楽さんの名前を挙げました。個性が強い役が多い印象があったのですが、映画『さかなのこ』で演じられていた不良なのに心の優しさが溢れる、温かさのあるお芝居がすごくかわいらしく見えて。その雰囲気がストレートに美路人との掛け合いでも表現できるに違いないと考え、洸人役をお願いしました。

――実際に撮影が進むなかで、柳楽さんと坂東さんの掛け合いは想像していたものと一致していますか?

いい意味で一致していないです。洸人は真面目で受け身な人だから、ある程度「こういうアプローチなのかな」と想像しましたが、私の想像の範囲が狭かったです。やっぱり柳楽さんの味があって。想像を超えた言い回しや雰囲気が出てくるんです。「なるほど!こういうアプローチも洸人だ」という面白さがあってとても素敵な<柳楽さんの洸人>になっていると思います。

――柳楽さんと坂東さんのインタビューで、<愛の掛け違い>という言葉が出てきたのですが、これはドラマのキーワードになるのでしょうか?

この物語をひと言で表すとどういう表現になるだろうという話が出て、本打ち(脚本打ち合わせ)のなかで出てきたのが<愛の掛け違い>。それぞれへの思いや執着がちょっと形を変えると怖い方向にも行くし、それがすごく愛情深い、温かい方向にも行くよねと話が広がっていったんです。そんな経緯から、このドラマはいろいろな愛の掛け違いが生んだサスペンスなのかもしれないという意識が生まれ、顔合わせのときに泉正英監督が「このドラマのテーマは<愛の掛け違いです>」と言ったんです。そのフレーズがキャストの皆様にしっくりきたようで、みんなで使っています(笑)。

<愛の掛け違い>に必要になること

――現代は、様々な局面で<愛の掛け違い>が生まれやすいのではないかと思います。掛け違いを起こさないためにはどんな意識が大切だと思われますか?

様々なコミュニケーションツールがあるなかで、いかにストレートに、相手に感情を表現できるかというところが大切なのかなと思います。洸人は最初はすごく受け身で自分の色が出てこないのですが、ライオンたちに巻き込まれることによって、ちゃんとものを言えるように変わり、成長していく。言葉がスムーズに出ない美路人が、言いたいことを頑張って言おうとしている姿も描いていきますし、今の時代ならではの<ちゃんと伝え合った方がいい>という意識は自分のなかでは思っています。

――松本さん流の<愛の掛け直し術>を教えてください。

何事も、掛け違う前にうまく立ち回ろうと考えるほうではあります。自分がストレートに意見する代わりに、言っているだけの人ではないようにしようと思います。

――松本さんはこれまで「変わらない現状に不安を覚えた」というお話をされていましたが、そこも落とし込まれているのでしょうか?

わりと洸人に重ねている部分はあります。洸人は30代で、美路人との落ち着いた環境を守ることができればいい、それ以上は求めないと考えてはいても、美路人の今後や自分自身の未来も考えないといけない状況が目の前にあると思うんです。そこは、30代になって仕事も落ち着いてきて、自分のなかである程度のポジションも見つけて腰を据えて…という年頃の人と同じなのかなと。そうなると新しいことに挑戦したいと思っても、現状から抜け出そうとすると一気にハードルが上がるんですよね。ポジティブに自分の意志で変えようと思ってうまくいかなくても、周りに巻き込まれたなかで気づくことができる成長を描ければいいなと思っています。

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