自閉スペクトラム症(ASD)の青年・小森美路人(坂東龍汰)と、兄で主人公の小森洸人(柳楽優弥)の日々の生活が描かれる、TBS金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』。美路人(みっくん)のキャラクターを作るにあたり、【自閉スペクトラム症監修】に入っているのが、さくらんぼ教室だ。伊庭葉子氏が代表を務めるこの教室は、発達障害(神経発達症)を持つ子どもたちの教育に長年力を入れてきた教育機関として知られている。1990年の創立から34年、テレビドラマの監修を務めるのは初めてだと話す伊庭氏は、そのノウハウを生かしてどのように制作に携わろうと考えたのか。とてもセンシティブな側面を持つテーマなだけに、教室側も制作側も、ややもすると掛け違いが生まれてしまいそうだが、伊庭氏が理想とする関係性が築けたうえでドラマの制作は進んでいる。
伊庭氏自身が「感激した」エピソードは、人としてまっすぐに向き合うことの大切さ、「あなたを知りたい」というコミュニケーションの根本への気づきを教えてくれる。
本作で描かれるASDの青年を純粋に応援したいと考えた
──監修という立場でドラマ制作に参加されることになり、どのような取り組みをしようとお考えになりましたか?
監修は今回が初めてなのですが、ドラマ監修の経験がある辻井正次教授にアドバイスと激励をいただき、チャレンジしました。今回の作品は、ASDを持つ弟さんと彼を支えるお兄さんの“きょうだいの絆”が大きなテーマだとお聞きして、松本(友香)プロデューサーの想いに共感ができたんです。実際、発達障害(神経発達症)の当事者はもとより、きょうだいの生き方や幸せも大きなテーマだと思います。そんななか、社会的な影響が大きいと思われるテレビドラマで、人気のある俳優さんがASDの青年ときょうだいを演じてくれるのであれば、純粋にその活躍を応援したいと思ったんですね。私たちは長く、いろいろな子どもたちの成長の道のりを見てきましたので、その経験がお役に立つならそれはすごく喜ばしいことだとも考えました。
──具体的に、どのような形でドラマに関わっていくことにしたのでしょう。
伝わり方は人によって様々でしょうし、誤解につながるようなことがあってはいけないと思うと、責任の重さもすごく感じました。ですので、私1人でお手伝いするのではなく、ドラマに関わるメンバーを募り、さくらんぼ教室のなかにチームを作りました。その全員で台本を拝見させていただき、意見を出し合いながらコメントを入れていきました。台本に「(みっくんは)日曜日はいつもさくらんぼ教室というところに通ってて」というセリフが書かれていたのを見て、「みっくんはうちの生徒なんだ!」という気持ちになれたことも大きかったと思います。みっくんの親御さんは、我が子の幸せを願いつつも不慮の事故で他界されてしまいましたが、お兄ちゃんの洸人さんがご両親の気持ちを受け継いで弟に寄り添っている。私たちが日頃、教室に通う生徒の親御さんたちと同じ気持ちで生徒たちに接している、その気持ちでみっくんを応援していけばいいんだなと思えるようになり、この役割がとても楽しく思えるようになりました。
密度の濃いやりとりのなかで「みっくん」を作り上げていった
──坂東龍汰さん演じる美路人のキャラクター作りに関してはどのようなアドバイスをされましたか?
発達障害という言葉は広く知られるようになりましたが、そういった個性を持つ方の一人一人が深く理解されているかといえば、そこはまだまだ追いついていない現状があります。ひとくちにASDと言っても、特性の目立つ人から目立ちにくい人まで濃淡があります。理解力や判断力もそうですし、得意なことや苦手なこと、さらには生活スタイルにも様々な個人差があります。今回はまず、「みっくんはこういうタイプの人です」というキャラクター概要を松本プロデューサーからいただいたことで、共通理解ができました。それに加え、みっくん役の坂東さんやスタッフの方から「さくらんぼ教室の生徒さんたちと直接関わりたい」というオファーをくださって。何度も足を運んでくださって、たくさんの生徒たちに接してくれたなかで“みっくん”を作っていただけたことはとてもありがたかったです。
──みっくんは知覚・芸術分野に突出した才能を持っていて、小さなデザイン会社でアーティストとして働いています。そういった設定も、コミュニケーションのなかで生まれてきたものですか?
ASDという特性を持った人、皆が特別な才能があるというわけではありませんが、事象を言葉や文字ではなく、絵で表現する子は多いです。実際にイラストレーターになっている生徒もいますし。彼らならではの世界の見え方や素敵な感覚が絵として表現されているように思います。
“知りたい”という気持ちが垣根を越えるきっかけになる
──みっくんの幼少期を、教室に通う加藤竣志さんが演じています。
松本プロデューサーから、「教室の生徒さんで出演できる子はいませんか?」という相談をいただいて。誰かいるかなと聞いてみたら、竣志くんが通う教室の教室長が「こういう子がいますよ」と紹介してくれたんです。竣志くんは、教室に来るときも大好きな「トミカ」をいっぱい持ってきて、机の上に並べてお勉強をするようなとっても可愛い生徒さん。自分の好きなワールドをしっかり持っていることと、お顔立ちもみっくんに似ているんじゃないか?という推薦だったんですね。竣志くんが初めての環境で力を発揮できるかなというドキドキは、私にも保護者の方にもあったんですが、松本プロデューサーも監督さんも、竣志くんと仲良くなるための準備を根気よくしてくださって。そういった時間の積み重ねがあってこそ、竣志くんは立派に役割を果たすことができたんだと思います。
──竣志さんの撮影エピソードで、ほかにも印象的な出来事はありましたか?
彼の親御さんのご理解です。「ドラマに出演することは、うちの子にとってすごくいい経験になるからチャレンジしたい」と即答してくださいました。親御さんには「うちの子を知ってほしい」という気持ちが強くあって。我が子の頑張る姿を通して、いろんな個性を持つ子どもたちへの理解がもっと広がっていけばいいなと考えられたんだと思います。そんな親御さんの気持ちを受け、スタッフの皆さんが竣志くんと根気よく楽しく向き合ってくださったことが、彼の成功体験と成長につながったように思います。竣志くんの出演を教室保護者の皆さんも社員も一緒に応援してくれました。
多様な個性・特性をこれからも発信していきたい
──本作には“愛の掛け違い”というキーワードが隠されています。コミュニケーションが難しい現代だからこそ、想いが食い違わないようにすることが大事だと思いますが、伊庭先生はどのようにお考えになりますか?
教室に通う生徒の間でも、SNSを通じたトラブルなどがあります。世の中が複雑になってきて、子どもたち同士であっても、気持ちを伝えたり受け取めたりするなかで、いろいろ考え過ぎてしまうんですね。子どもも大人も先を読み過ぎるがゆえに、シンプルな気持ちのやりとりが難しくなっているのかも。私は、いかにストレートに言葉や行動で伝えられるかが大事なのではないかと思っています。ドラマのなかで、みっくんが「✕✕✕」とパニックになったとき、洸人さんが「みっくん!」と弟の元に駆け寄る。何のためらいもない愛情ってこういうことなんだろうなと、洸人さんの姿にときめきます。周りや人の目を気にせずに真っ先に手を差し伸べることが難しくなっている世の中ですが、人と人のつながりは、ストレートな気持ちのやりとりが大切なんじゃないでしょうか。障害の有無に関わらず「この人はどんな人なんだろう?」という興味、その人のことを知りたいという気持ちがあれば、それが相手に伝わります。『ライオンの隠れ家』のキャストさん、スタッフさんがまさにそういった姿勢で生徒たちに関わってくださったことで、お互いの理解が深まったように思います。
――視聴者の皆さんに伝えたいことがあれば、ぜひお話しください。
今回はASDという比較的世間に認知されている特性が取り上げられていますが、同じASDでも実に様々なタイプの方がいらっしゃいますし、発達障害(神経発達症)にはいろいろな特性があります。今後また、このような機会をいただけることがあったら、よりいろいろな特性のことも発信していきたいなと思いますし、今回のように当事者の人たちがいろいろな形で参加していけるとよいです。ドラマの世界でも、もっともっと多様な個性が描かれていくようになったら素敵ですね。
感情を持ち、それを言葉や行動で伝え合う人間同士。しかし、それぞれの個性によって、その伝え方には温度感の違いがある。それを埋めていくのは「あなたを知りたい」と思う心なのだと、伊庭氏の話を聞いて実感した。人と人の間にたびたび生まれる垣根を乗り越えながら、人に優しくなるためのヒントが、このドラマには隠されている。
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