蓋(ふた)のある容器の生命線はピタッと収まるフィット感。少しでもゆがみが生じれば製品としての価値が損なわれる。ゆえに気温や湿度で形状が変わる木材で蓋物をつくるのは至難の業だ。相性の悪い素材から芸術性の高い製品を生み出す。この難問に挑む木地師(きじし)がいる。
木地とは、木を切ったときに出る木目のこと。木地師は木工ろくろで木地を削り出し、木工品に仕上げる職人をいう。本州が発祥で、北海道美幌町の円舘(えんだて)工芸舎代表の円舘金(きん)さん(63)は道内で数少ない技術の継承者。主に茶筒を手がける。
道産の槐(えんじゅ)の丸太を何日もかけて天日乾燥させることから製作は始まる。粗削りして3カ月の自然乾燥。丸太の中をくりぬき、木工ろくろで形を整える。そして、乾燥と整形。また、乾燥と整形……。
この工程を5回、6回と繰り返すごとに、変形しない木製の蓋物に近づいていく。蓋を機密性の高い状態で本体に収める技術は「合わせ」と呼ばれる。完成まで1年半かかる。
手間をかけた世界に一つの茶筒を求める人は少なくない。円舘工芸舎は美幌町や北見、帯広、釧路市のほか、東京都や埼玉、福岡、大分県に取扱店がある。美幌町のふるさと納税の返礼品にもラインアップされている。
新型コロナウイルスの流行で店頭での販売が難しくなったのを機にオンラインショップを開設。製作の様子が動画共有サイト「ユーチューブ」で紹介されたことで、海外からオーダーが届くようにもなった。
◇アマチュア天文家の顔も
木材と向き合い作業場からなかなか出られない金さんに代わって、妻の綾子さん(52)が営業を担う。金さんに営業のヒマがない理由はもう一つある。それが木地師と別の「アマチュア天文家」という顔だ。
自宅と隣の津別町の2カ所に自前の天文台を構え、仲間と600以上もの小惑星を見つけた。オホーツク、美幌、摩周。命名した小惑星も数多く、その界隈(かいわい)で「小惑星ハンター」として知られる。
天文的発想が製品のアイデアにもつながる。「中心から広がっていく銀河系。木の年輪も同じ」と言う。2020年に宇宙をテーマとした「KINブランド」の1作目として、コーヒー豆の保存用キャニスターとメジャー(計量カップ)を商品化した。
昨年は網走市の流氷硝子(がらす)館のガラス作家とコラボレーションしたタンブラー「サンピラー」を新たな「en-date(エン・デイト)ブランド」として送り出した。気鋭の木地師として注目を集める。
木の持つ生き物としての温かみを残しながら形状の変わらない製品は、親から子へ受け継がれて愛されていくという。「技術を長く残したい」と綾子さん。隣で金さんが黙ってうなずいた。【本多竹志】
30本超のカンナ棒
硬い槐を削るのに必要なカンナ棒。製品によって刃の太さや角度を変えるため、道具も自分でつくっている。作業場の近くの窯で鋼を熱し、槌(つち)で叩いて仕上げる。作業台に向かう円舘さんの背中に並ぶのは30本以上のカンナ棒。これらを研ぎながら木工ろくろを使って素材を削ることで、精度の高い蓋物が生まれる。
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