神の使いか、悪魔の化身か
鋭い牙や毒を持ち、長い胴体をくねらせる蛇。その不気味な姿や強い生命力ゆえに、太古より世界各地で畏敬の念を抱かれた動物だ。
メキシコの古代都市チチェン・イッツァ遺跡のピラミッドに祀(まつ)られる蛇神
スリランカのデビルダンスに用いるコブラの仮面
メキシコの古代マヤ文明では、羽の生えた蛇・ククルカンが雨をもたらす農耕神かつ最高神としてあがめられた。スリランカの悪魔祓(ばら)いの儀式では、呪術師が自分の身を守るために恐ろしい毒蛇の仮面をかぶる。インドの蛇神ナーガラージャは仏教と共にアジア各地に広まった。カンボジアのアンコールワットを守るのも、コブラの化身であるナーガだ。
アンコールワット遺跡に残る多頭大蛇のナーガ像
旧約聖書の「アダムとイブ」には、人を惑わせる悪魔の化身として蛇が登場する。ギリシア神話でも9頭の毒蛇ヒドラ、蛇の髪を持つ妖女メデューサなどが恐れられた。その反面、医神アクレピオスがメデューサの血を使って蘇生術を編み出した逸話はへびつかい座の由来となり、彼が持ち歩いた”蛇の巻き付くつえ”は医療のシンボルになっている。
日本では人を襲う怪物だったり、恵みの雨をもたらす水神だったりと、正邪さまざまな大蛇伝説が残る。郷土の伝承に基づき、巨大な蛇が大暴れする祭りを紹介したい。
栃木・間々田八幡宮(ままだはちまんぐう)の「じゃがまいた」(5月5日)は、巨大な蛇体が境内の池を泳ぐ。由来は雨乞いの儀式で、同様の祭りは各地に残る
島根「石見神楽」
(石見地方、通年)
火煙(ひけむり)を吹いて大暴れ
日本神話最強の怪物といえば、「八岐大蛇(やまたのおろち)」であろう。最古の書物『古事記』には「8つの頭と8つの尾を持ち、8つの谷と8つの丘にまたがる巨体、目はホオズキのように真っ赤で、胴体にはコケや木が生え、その腹はいつも血にまみれている」と記されている。
この伝説は、高天原を追放された須佐之男命(すさのおのみこと)が、島根県東端の船通山(せんつうざん)にやって来たことから始まる。8人の娘を育てた老夫婦が、この恐ろしい蛇の怪物が毎年やってきては、娘を1人ずつ食べてしまうと嘆き悲しんでいた。残った最後の1人の奇稲田姫(くしいなだひめ)を守ろうと、須佐之男命は奇策に打って出る。家の外に強い酒を置き、それを飲んだ怪蛇が寝込んだ隙に切り刻んで見事退治。奇稲田姫と結ばれるのだった。
須佐之男命はビロードの生地に金糸や銀糸の豪華絢爛(けんらん)な衣装だ
島根県西側の石見(いわみ)地方には、神話をモチーフにした約30演目の神楽(かぐら)が伝わる。どれも勧善懲悪のストーリーで、観客はハラハラしながら見守り、最後に正義が勝つ爽快感に酔いしれる。ご当地が舞台の「大蛇(おろち)」は最も人気が高く、大がかりな演出と派手な衣装も見どころだ。
石見神楽は10~11月を中心に、一年を通じて周辺各地の神社や観光施設で見ることができる。演じる団体、保存会の数は130を超え、衣装をつくる老舗専門店もある。神楽は里人の心と一つになって、石見の風土に根付いているのだ。
17メートルもの蛇が生きているかのようにとぐろを巻く
熊本「八代妙見祭」
(八代市、11月23日)
亀の体に蛇の頭がニョキリ
祭りにはしばしばびっくりするような怪物が登場する。熊本県中部で500年前から続く八代妙見祭(やつしろみょうけんさい)では、胴体が亀、首から上が蛇の「亀蛇(きだ)」が暴れまわる。地元では「ガメ」の愛称で親しまれる想像上の動物だ。
妙見とは、仏法の守護神・妙見菩薩(ぼさつ)のこと。インドから中国に伝わると、道教の北極星信仰と習合し、北天の守り神「玄武」になったという。諸説あるが、亀の体に蛇が巻き付く姿の玄武は、長寿や繁栄をもたらす亀蛇と同一視される。
巨体ながら猛スピードで駆け回る
八代では飛鳥時代の680年、妙見神が亀蛇に乗って渡来し、妙見宮(みょうけんぐう)に祀られたと伝わる。明治初期の神仏分離により、八代妙見宮は八代神社へ改名。仏教由来の妙見は祭神ではなくなった。しかし今でも地元民は「妙見宮」「妙見さま」と呼んで親しみ、祭りの日を心待ちにしている。
妙見祭の出し物はバラエティーに富む。本祭前日の22日には妙見神が乗る神馬(しんめ)と、祭神の分霊が乗る神輿(みこし)が妙見宮から西4.5キロの塩屋八幡宮へと向かう。
本祭の朝は、総勢1700人による風流(ふりゅう)行列が八幡宮から妙見宮を目指して出発。祭りを飾り立てる傘鉾(かさほこ)、獅子、大名行列などが加わり、華やかなパレードとなる。
ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」にふさわしい、豪華な傘鉾の行列
一行が妙見宮に程近い河原に到着すると、いよいよ亀蛇の登場だ。体長4メートル、重さ100キロの巨体で河原を走り、回転しながら観覧席へ近づいてくる。首を長く伸ばすユニークな姿に、観客は「ほいほい」と掛け声をかける。
亀蛇に続いては、祭りのハイライトとなる12頭の飾馬(かざりうま)。骨格が太い馬が荒ぶりながら疾走し、手綱を必死につかんで伴走する勢子(せこ)は空中を飛んでいるかのようで大迫力だ。
まさに人馬一体のショー。馬は祭りのために地域で飼育している
新潟「大したもん蛇まつり」
(関川村、8月最終日曜日)
ギネス記録の巨大な蛇
新潟県北部の関川村には、大蛇のみそ漬けを食べた若妻が大蛇へと変身してしまう昔話が伝わる。この大蛇は川をせき止めて村を湖に変え、自分のすみかにしようと企てるが、琵琶法師の助けを受けた村人らに退治されたという。水害を大蛇に見立て、後世に教訓を残したのであろう。
1967年8月28日、新潟県・山形県を襲った羽越大水害では関川村も被害が大きかった。水害の脅威を忘れないためにと、8月下旬の「大したもん蛇(じゃ)まつり」で伝説の大蛇をよみがえらせている。出し物の大蛇の長さは被災した日付にちなんだ82.8メートルで、「竹とワラで作った世界一長い蛇」としてギネスブックに載る。村内の50以上の全集落が協力して作り上げ、重さは2トンもあるので総勢500人が交代で担ぐ。
長い体をくねらせて4キロ以上をパレードする
里を練り進む世界一の大蛇は、間近で見ると迫力満点。事前に申し込めば誰でも担ぐことができるので、観光イベントとしても人気が高い。地域が結束し、訪れた人も取り込んで、災害の記憶を広く後世まで伝える役割を果たしている。
集落ごとに制作したパーツをつないで一体に
※祭りの日程は例年の予定日を表記した
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