2024年4月11日、アメリカ議会で演説する岸田文雄首相。韓国でもこのような演説ができるか(写真・2024 Bloomberg Finance LP)

韓国の総選挙は、結局、保守系与党「国民の力」が敗れた。改選前でさえ国会(定員300)で114議席と、過半数を占めていなかった少数与党状態が、今回108議席とさらに議席を減らしたのだ(114→108)。

実は、選挙戦終盤にメディアで大きく報じられたイシューの一つは、進歩系最大野党「共に民主党」の候補による放言であった。過去に「梨花女子大学の初代総長が学生たちをアメリカ軍将校たちに『性上納』していた」と根拠も示さぬまま述べていたことが露呈したのだ。

直前の敵失が追い風にならなかった与党の惨敗

これには他党や梨花女子大の卒業生たち、それに多くの女性団体が一斉に反発して立候補辞退を迫る騒ぎとなった。くだんの候補は平身低頭で発言を謝罪・撤回したものの、立候補は取り下げず、「共に民主党」の李在明代表もほぼ知らんふり。そうした開き直りのような態度に世論はさらに硬化。土壇場での敵失で与党に思わぬ追い風か、とも目された。

しかし、投票箱のフタが空けられると、そうした失言は尹錫悦大統領の不人気を帳消しにするにはまったく至らなかった。「共に民主党」や曺国元法相の新党「祖国革新党」が大きく議席を伸ばす結果となった。「性上納」発言議員も、僅差ながら小選挙区で当選した。

つまりは、どうあっても尹政権に対する「ダメ出し」は避けられない情勢であったわけだ。尹大統領の国政運営に対する逆風はさらに強まっている。

ただ、俯瞰してみれば尹政権に大きな失政はなかった。むしろ、文在寅前政権が「やろうとしたけど、できなかった」課題解決を、尹政権は矢継ぎ早にやってのけてきたと評価することが可能だ。

そうした前政権からの積み残し課題の筆頭といえるのが、徴用工訴訟をめぐって極度に悪化した日本との関係改善だ。韓国大法院(最高裁)の判断を迂回する形の第三者弁済という尹政権の解決策は、日本では称賛されても韓国内では批判がやまない。

「日本からの圧力で韓国の司法判断がないがしろにされた」と反感を覚える韓国人が多いのは自然なことだ。どれほどの影響を与えたかを数値化することは難しいが、尹政権の支持率低迷の一因となってきたのは否定できない。

難しくない外交に終始する岸田文雄政権

であればこそ、日本の政府・経済界は今回の総選挙を見据えて尹大統領を「援護射撃」すべきであったのだが、「熱しやすく冷めやすい」かのように徴用工訴訟問題の後続措置に対する関心は低下した。

韓国総選挙のとき、岸田首相が訪米中であったのは、たまたまであったとはいえ、日本外交のアンバランスを象徴しているように思える。

岸田首相はアメリカ連邦議会におけるスピーチで「日本の国会では、これほど素敵な拍手を受けることはまずありません」と自民党の裏金問題を棚に上げてのジョークを交えて英語で語った。それは、発音練習をはじめ、いかに岸田政権が訪米に向けて入念な準備を重ねたかを端的に示していた。

日本の安全保障政策を考えれば、岸田首相がバイデン政権や議会と良好な関係を構築することが重要であるのは論をまたない。そのためには、ジョーク交じりのスピーチだけではなく、アメリカの防衛装備品を購入したり自衛隊と在日アメリカ軍の連携強化を表明したりするといった実質的な貢献策を打ち出すことも、必要なのかもしれない。

だが、やはり偏りすぎている。もとから関係が良好なアメリカの歓心を改めて買うのは、それほど難しくないのだ。そうした「難しくない外交」にばかり注力して韓国や中国、さらには北朝鮮との「難しい外交」に関して、第2次安倍政権以降の自民党政権は果たしてどれほどの成果を挙げたのであろうか。

アメリカから戻った岸田首相は2024年4月17日、尹大統領と電話で会談した。外務省によれば、時間は約15分間。発表された内容をみても、「岸田首相からアメリカ訪問の結果について説明し、尹大統領は情報共有に感謝し、両首脳は引き続き日韓・日韓米の連携を深化させていくことで一致した」という。時間も内容も、通り一遍だ。

このように日本外交がアメリカとの同盟強化に「全振り」する様相を呈しているのに、一方では韓国総選挙で与党が敗北したことで「日韓関係は再び『ちゃぶ台返し』で悪くなるのだろうか」といった懸念の声が日本側で出ている。

近年の日韓関係を振り返れば心配になるのも無理からぬことではあるが、そこでは「日本として韓国との関係を安定させるために十分な外交や協力をしたのか」という問いが抜け落ちているように思える。

韓国との関係を安定させる外交はやったか

喫緊の課題は、徴用工訴訟で日本企業に代わって原告たちに賠償額を支払う韓国政府傘下の財団が、そう遠くないうちに資金不足に陥る公算が高まっていることだ。財団には、これまで韓国の鉄鋼最大手ポスコくらいしか資金を拠出していない(日本円で約4億5000万円)。

しかし各地の裁判所で「日本企業に賠償責任あり」という判決は出続けていて、追加の資金拠出がないと「第三者弁済」は行き詰まる。

こうした厳しい状況に関して、尹大統領は今年に入って「コップの半分は韓国側が埋めた」と述べている。これは、韓国企業(ポスコだけだが)からは資金が財団に入ったので、今後、日本企業の自発的な拠出によってコップの「残り半分」が埋まるように財団の支払い能力が保たれることに期待を寄せたものだ。

裏を返せば、日本との関係を非常に重視する尹大統領とはいえ、財団への日本企業の関与がないようではこの解決スキームは「もたない」という不安を表したといえる。

また、将棋の棋士が対局で敗れて「どの一手がまずかったか」をさかのぼって分析するかのように、与党「国民の力」が総選挙での敗因を洗い出す過程で、徴用工訴訟問題で尹政権が日本に歩み寄ったことが「悪手の一つだった」とみなされる余地がある。

そうなると、野党は言うに及ばず与党からも、尹大統領に「よりタフな姿勢を日本に示せ」という声が高まることにつながるであろう。

日本企業が韓国の財団に資金拠出することに慎重なのは、「韓国大法院の判決は国際法違反で賠償には応じられない」と安倍政権が内外に宣言したことの記憶が鮮明なためと思われる。事実上、被告の日本企業に対して政府が賠償に応じさせなかったものだ。

確かに日本でも韓国でも、あの判決の組み立て方は国際法に照らして無理があったと指摘する専門家は少なくない。

だが、民間人が民間企業を相手取った訴訟で、日本政府が前面に出て、かつ半導体関連素材の輸出規制といった事実上の報復措置までとったことも、やはり無理はあった。

仮にアメリカの裁判所で独善的な判決が出て現地の日本企業が不利益を被りそうになったとして、日本政府が同じように猛然と抗議して報復措置をとるかといえば、想像しにくい。

「第三者弁済」の財団への出資は、韓国の司法判断に従うということを意味するわけではない。日本企業が自主的に判断できるはずだ。

それが、まだ安倍政権時の宣言ゆえに資金を拠出しにくいということであれば、岸田政権として一言、「財団への関与は企業の判断です」と述べるだけでも効果は大きい。

それが、尹政権に対する最大の「援護射撃」となるし、韓国の野党陣営にくすぶる日本への不満を抑えることにもつながる。

いや、そうした政治的な打算を抜きにしても、元徴用工やその遺族たちに日本の政府や企業が寄り添える人道的な一歩にもなる。

アメリカでスピーチしたのに韓国ではできないのか

総選挙は終わり、遅きに失した感は強いが、5月下旬に日中韓3カ国の首脳会談をソウルで開催する方向で調整が進んでいると伝えられている。スケジュールが確定すれば、3カ国の会談に合わせて、当然、日韓2カ国の首脳会談も開かれることになる。

その機会に、岸田首相は徴用工訴訟の財団に関して踏み込んだ姿勢を示すべきだ。願わくはアメリカ訪問と同じくらいの労力をかけて準備をして、韓国語で韓国国民に語りかけるくらいのことは期待したい。首相が韓国で、韓国語によってスピーチをしたのは、中曽根康弘元首相の例もある。

すでに尹政権の政治的な体力が落ちたのは確かだが、大統領の任期はあと3年間あり、また2025年は日韓が国交正常化から60年という節目にあたる。「日韓関係は再び冷え込むか」と他人事のように評論するだけでなく、当事者として何ができるか日本社会全体議論が高まるのを願う。

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