自民党が総裁選(9月12日告示、27日投開票)の宣伝ポスターを発表した。歴代の総裁たちが演説する写真をコラージュさせ、キャッチフレーズを含めて芝居がかったデザインだ。裏金事件や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題で、厳しい批判を受けたのに、いまやお祭り気分なのだろうか。そして、そろいもそろって中年以上のスーツ姿の男性ばかり。このポスターを作製した狙いは何か。(宮畑譲、山田祐一郎)

◆「火を付ける」意味もこめ「マッチ」

総裁選のポスターが目を引いた自民党広報のX(旧ツイッター)の画面キャプチャ

 歴代総裁26人の白黒写真がちりばめられた真ん中に大きな赤字で「THE MATCH」(ザ・マッチ)。その上に「時代は『誰』を求めるか?」とキャッチコピーが配されている。  「自民党が戦後一貫して日本の政治を牽引(けんいん)してきた歴史と実績、日本のリーダーを選択する選挙である、重責感と歴代総裁の思いを受け継ぎ、日本の未来を切り開いていく党の覚悟を示した」。ポスターが発表された21日、記者会見した同党の平井卓也広報本部長は、狙いをこう説明した。  「マッチ」には、文字どおり選挙戦という「闘い」の意味に加え、国民のニーズと党の政策を「マッチング」させる、イノベーションや成長力に「火を付ける」との意味も込めたという。

◆「ジグソーパズルより難しかった」

平井卓也氏(資料写真)

 キャッチコピーや画像の修正には、党の人工知能(AI)を使用。縦、横バージョン計1万枚を党都道府県連や各選挙区支部などに配布する。動画版もホームページに掲載している。  歴代総裁そろい踏みの総裁選のポスターは初めてだという。そんな力の入れようには唐突感もある。というのも、前回2021年までの総裁選ポスターは「日本を守る責任」「時代を拓(ひら)く覚悟」といったキャッチコピーが書かれた程度のシンプルなデザインだったからだ。  さらに気になるのは、歴代総裁の写真の大きさに差がある点だ。  平井氏は会見で「在任期間をベースに、現在の認知度などを考慮した」と理由を説明。「誰かに相談すると、100人いたら100人の意見がある。ジグソーパズルより難しい作業だった」と言い、最後は自身の責任で決めたと明かした。

◆「小さい扱い」菅氏の地元では…

 最も目立つのは、中央上の安倍晋三氏。その左横にやや小さく田中角栄氏。右下ながら、小泉純一郎氏も大きな扱い。一方、現総裁の岸田文雄首相はこの3人より小さく、首相になれなかった谷垣禎一氏とあまり変わらない。今回の総裁選の鍵を握るともいわれる、菅義偉前総裁はさらに小さい。ある程度、在任期間に比例しているとはいえ、判断基準はよく分からない。  ややさびしい扱いとなった菅氏の地元・神奈川2区(横浜市西区、南区など)で有権者に感想を聞いた。

2020年9月14日、自民党の新総裁に選ばれた菅義偉氏

 横浜橋通商店街で店舗を営む60代の女性は「党の中でやっているだけのこと。党員でもないし関係ない」と冷ややか。これまでは自民を支持してきたが、裏金問題などもあって、「今は全く信用していない。総裁選では何も変わらないでしょ」と突き放す。菅氏への温かい言葉はなかった。

◆「いくらかかったか」は言及せず

 近くに住む石原利男さん(69)は「菅さんは任期も短かったので『そんなもんかな』という感じ」と淡々。それよりもポスターの制作費が気になるようで、「お金がかからない選挙をしようと言っているけど、このポスターを作るのに結構かかってるんじゃないの」と突っ込んだ。

2018年09月20日、自民総裁に連続3選を決め記者会見する安倍晋三氏

 ちなみに、会見で制作費を聞かれた平井氏は「通常の広報の予算をやりくりできる範囲内」と述べ、具体的な金額には言及しなかった。  「THE MATCH」のタイトルを囲むように歴代総裁の写真が配置されたデザインは、映画やドラマのポスターのようだと声が上がる。元宮崎県知事の東国原英夫氏はSNSで、登場人物のやくざの写真をちりばめた映画「アウトレイジ」(北野武監督)のポスターとの類似性に言及した。

◆刷新感を演出「次の顔探しでしかない」

 「モノクロを基調とし、赤文字でタイトルを記したのは、往年のプロレス興行、格闘技イベントの広報物を彷彿(ほうふつ)させる。意匠としてはよく練られている」と話すのは、日本大の西田亮介教授(社会学)。「過去も含め、総裁選の広報には広告代理店がかかわり、状況に応じた提案をしてきた」と説明する。

2021年9月に実施された自民党の前回総裁選=東京都内のホテルで

 国政選挙と違い、総裁選は党の代表を選ぶ手続きで公選法の規制対象外。自民党はかねて大きな費用をかけてきたという。「前回の総裁選では、オンラインと対面を組み合わせた討論会で国民参加を演出した。現状では、国民がより注目することが党の利益になると判断した」。アイキャッチを意識した新たなポスターのデザインに、その判断が表れているという見方だ。  西田氏は自民党の狙いについて「総裁選を盛り上げたいということと、総裁選を通じて『刷新感』を出すこと。総裁選は来たるべき総選挙と来年の参院選の前哨戦と位置付けられている」と指摘する。歴代総裁の写真の配置にも、党の論理がにじみ出ているという。「歴代最長の安倍氏を中央にすえるなど党内で人気があった順に大きく並べている。総裁選は次の『顔』探しでしかない」

◆「エンターテインメント化がかっこいいという姿勢」

7月の都知事選では同一のものが多数貼られるなどポスターが問題視された

 ポスターを巡っては、テレビ番組で意見を求められた女性コメンテーターが「おじさんの詰め合わせ」と表現したことに賛否の声が上がった。広告などのジェンダー表象を研究する小林美香氏は「歴代総裁の写真のアーカイブを使ったコラージュであり、実際におじさんばかり。見た側が『詰め合わせ状態になっている』と受け止めたという的確な説明だ」と話す。  自民党の平井広報本部長は記者会見で「戦後一貫して日本の政治を牽引してきた歴史と実績」とポスターに込めた思いを強調した。これに対し、小林氏は「見る側の多くに選択権が与えられていない総裁選のキャンペーン自体が『やっている感』でしかない。エンターテインメント化、劇場型にすることがかっこいいという姿勢が見え、ばかにされた気持ちだ」と厳しく批判する。

◆金権政治の脱却こそが問われる

 ポスターと併せて制作された動画についても女性目線の欠如を嘆く。「女性は子どもとともに群衆から政治家を見上げるという位置付け。今の政治の停滞状況は、家父長制に基づく政治体制そのものに存在している。時代錯誤でしかない」

前回自民党総裁選で、告示を知らせるポスターの前を通りすぎる女性=2021年9月、浜松市で

 7月投開票の東京都知事選では、掲示板に同一の選挙ポスターが多数貼られ、問題視された。自民党は、公選法に選挙ポスターに関する品位保持規定を新設する方針で検討を進めている。法政大大学院の白鳥浩教授(政治学)は「目を引けばいいというだけの浮ついた考えならば、都知事選のポスター問題と根底は同じだ」と苦言を呈する。  今回、総裁選の選挙期間は現行規程ができてから最長の15日間。ポスターと同様、裏金事件などで低迷した党のイメージ払拭を図る広報戦略とみられるが、政策論議は盛り上がりに欠ける。「本来、問われているのは、自民党がどう生まれ変わるのかということだ。政治とカネの問題は、岸田首相の不出馬でみそぎが済んだわけではない」。その上で白鳥氏はこう訴える。「総裁選でも金権政治の脱却を名実共にやっていく必要がある。総裁選での資金の使途をつまびらかにするなどの透明性がなければ、政治とカネの問題は解消できない」

◆デスクメモ

 先日見た映画「キングダム」のポスターを思い出した。こちらも登場人物がちりばめられているが、目立つのは主人公や準主人公。配置基準が分かりやすい。総裁選ポスターで安倍氏を強調したのはなぜか。旧統一教会や裏金の問題を吟味し直すため? どうもそんな雰囲気はない。(北) 

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