あとあと振りかえってみると、転機はあのときだったということが決まってあるものだ。自民党政治を考えるとき、岸田文雄政権がおわり、新たな政権が誕生する2024年はきっとそんな年になるにちがいない。

12年からつづいてきた故安倍晋三元首相による「安倍の時代」にいよいよ終止符が打たれ、新たな時代の到来をつげる総裁選になるとみられるからだ。

岸田政権とは何だったのか

まず3年に及ぶ岸田政権について考えてみたい。ここで指摘したいのは安倍政権からの政策の継続と転換という側面だ。平たくいえば、安倍で生き、安倍を変え、そして安倍でおわった岸田という見方である。

路線を継承・発展させたものは安全保障政策だ。そのいちばんの例が敵基地攻撃能力=反撃能力の保有である。

20年9月、安倍は政権を去る間際に「首相の談話」という異例の文書を発表した。閣議決定の手続きをへた「首相談話」ではなく首相の思いとでもいうものだ。直接的な言及はないものの敵基地攻撃能力の保有をうながす内容で、安倍の執念をかんじさせる置き土産だった。

菅義偉内閣で先送りとなったこの問題にケリをつけたのが岸田だった。22年末の国家安全保障戦略をはじめとする安保3文書の改定にあわせ、防衛費の国内総生産(GDP)比2%への増額とともに決定した。

原子力発電所の政策もそうだ。安倍、菅と思うに任せなかったものだが、22年末に廃炉が決まった原発の建て替え・新増設を検討し、運転期間の延長も打ち出した。

安倍を変えたものは経済政策だ。政権構想の柱だった成長と分配の好循環による「新しい資本主義」は中途半端なものにおわったとしても、新自由主義路線からの決別の方向は示した。官民連携による半導体産業への政府支援など「官から民へ」のひと昔前では考えられない政策だ。

とくに金融緩和に関しては日銀総裁の人事をつうじて転換した。13年安倍が任命した黒田東彦が任期満了になる機をとらえ、植田和男を起用して10年つづいた異次元の緩和の段階的な修正に動き出した。

そして岸田をおわらせたものは、いうまでもなく派閥の政治資金パーティー問題への対応のまずさだ。長年つづいてきた安倍派の「裏金」の扱いが中心だ。

これより先、22年には安倍の銃撃事件をつうじて明るみにでた旧統一教会と自民党との関係も、内閣支持率低下の一因だった。ここにも安倍のカゲがさした。

21年の総裁選を思いおこせば、安倍による高市早苗の擁立がなければ河野太郎政権が誕生していた可能性がある、その意味では安倍が岸田政権の生みの親といえるかもしれない。政権におわりをもたらしたのも安倍だとすれば、なんと皮肉なめぐりあわせだろうか。

ここ10数年は安倍の時代というのがここでの見立てだが、岸田はそこを生き、そしておわらせたとみる。岸田は派閥解消もあわせて、安倍の時代に幕を引いた。

田中・竹下・小泉の時代があった

政治権力ということを思えば、どの時代も、表か裏かは別にして、政治を回していく実の権力が存在するものだ。ときにキングメーカーになり、その力が強いとき政治はある種の安定状態にあり、逆にそうでないとき不安定になる。

自民党の歴史を振りかえってみよう。1955年結党から5年後、60年安保の岸信介のあとの池田勇人・佐藤栄作の時代をへて、72年から87年までの三木武夫・田中角栄・大平正芳・福田赳夫・中曽根康弘の三角大福中の時代がおとずれる。

78年の大平内閣、82年の中曽根内閣と田中の力が背景にあって誕生したのはまちがいない。85年2月脳梗塞で倒れるまでは田中角栄が自民党政治の軸だった。「田中の時代」といってよいだろう。

87年に中曽根が安倍晋太郎・竹下登・宮沢喜一の安竹宮のなかで後継指名した竹下政権はリクルート事件もあり短命でおわったものの、宇野宗佑、海部俊樹、宮沢とつづく政権は竹下派支配による権力の二重構造にその特徴があった。

竹下派の分裂を引き金とする非自民連立の細川護熙・羽田孜両政権は1年に満たずにおわりを告げる。そのあとの自社さ連立の村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三といった政権も、濃淡の差はあれ竹下の影響下にあった。大くくりにいえば87年から竹下が亡くなる00年までは「竹下の時代」といえる。

佐藤から田中―竹下とつづいてきた権力の流れと利益分配型の政治をひっくりかえしたのが小泉純一郎だ。福田赳夫の流れによる悲願の権力の奪取だった。01年から5年5カ月政権を維持、「小泉の時代」を演出した。

麻生太郎・谷垣禎一・福田康夫・安倍晋三の麻垣康三の時代は権力者の空位時代だ。自民党の自滅で政権交代となり09年に民主党政権が誕生、12年に安倍で政権復帰を実現した。それから7年8カ月の安倍、1年の菅、そして3年の岸田と「安倍の時代」がつづいた。

実力者間の権力闘争、派閥の合従連携でトップをすげ替え、岸田による安倍路線のギアチェンジのように、巧みに政策も修正しながら長らえてきたのが来年25年で70年を迎える自民党の歴史である。

こんども働くか「振り子の論理」

しばしば指摘されるように、長期にわたって政権を維持してきた自民党の知恵は「振り子の論理」だ。派閥間の権力の移動や、肌合いの異なる総裁の選出を時計の振り子のように右へ左へと動かし、疑似政権交代を印象づけて、長い間政権を維持してきた。

政治(安保)の岸から経済(所得倍増)の池田、官僚臭の佐藤から庶民派の田中、金脈の田中からクリーンな三木がまさにそうだ。そのあと福田赳夫、大平、鈴木善幸、中曽根と5大派閥の領袖がそれぞれ順番に総裁に就任したのも自民党なりの権力のバランスのとり方だった。

派閥が総崩れとなったリクルート事件のあと派閥の領袖ではなく無害なイメージのあった海部。「自民党をぶっ壊す」と叫んで、バブル崩壊で行き詰まった田中・竹下型の全国津々浦々、みんな等しく豊かになる政治を転換した小泉。ともに危機を迎えていた自民党の延命装置になった。

安倍・菅から岸田も、ハードなリーダーシップからソフトなリーダーシップへの転換によって政権のイメージを変える効果があった。

そのうえで今回の総裁選にはいくつかの特徴が見える。麻生派をのぞき派閥が解消を宣言、派閥による締めつけができなくなったことから派生したものだ。

ひとつ目は脱派閥である。これまでにないような多くの候補者が名乗りをあげているのは派閥のタガが緩んだからだ。候補者の推薦人も派閥横断で、投票にあたって個々の議員の判断によるところが大きくなりそうだ。

ふたつ目は世代交代の風が吹いている点だ。当選回数を重ね、年齢も60代の派閥の領袖か派閥が推す候補者ではなく、40代が手をあげている。旧来の実力者群が一気に吹き払われてしまいかねない状況もありうる。世代間対立の図式だ。

もうひとつ加えるとジェンダーの視点だ。それでなくとも男性優位の政治の世界、とりわけ自民党で女性候補を擁立しようとする動きが、女性議員の間で目立った。前回21年の総裁選と同様、複数の擁立を目指した。

脱派閥・世代交代・女性の3軸をめぐる戦いの中で何が浮かび上がってくるのか。野党による政権交代の可能性が低いのなら、権力をめぐる闘争にとどまらず、政策をめぐる競争も含めて疑似政権交代をしてもらうしかない。

政治とカネの問題で繰り返してきた自民党への不信感をぬぐい去り、低下してしまった国力を回復するための道筋をはっきり示せるのか。次のリーダーはいやおうなくポスト「安倍の時代」をつくっていく主役となる。(文中敬称略)

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