自民党総裁戦の投開票がきょう午後に迫っている。誰が新総裁に選ばれるのか、その結果は日本の外交に大きな影響を与えることになる。
日本を研究する3人のアメリカの専門家に、有力視される石破茂氏、小泉進次郎氏、高市早苗氏氏の3候補の評価を中心に、大統領選挙を控えるアメリカのトランプ氏とハリス氏それぞれとの相性や、今後の日米関係への影響について聞いた。
(ワシントン支局 梶川幸司)
「“今は”石破氏が望ましい」JH大 カルダー氏
長年にわたって日本政治を研究し、日本の政界とも交流があるジョンズ・ホプキンス大のケント・カルダー氏は、今回の総裁選の行方は全く読めないとしながらも「心配なのは短命政権ができること。自民党は長期的な視点でリーダーを選んで欲しい」と訴えた。15年近い付き合いがあるという石破氏については、防衛政策に精通しているだけでなく、地方の声=「グラスルーツ(草の根)」の気持ちが分かる政治家だと評価。「疲弊する地方を立て直すという点では、トランプ氏とも共鳴するところがあるかもしれない」と指摘する。 安倍政権下で非主流派の立場に甘んじてきた石破氏だが、カルダー氏は「ワシントンでは正当に評価されていないように思う。世界が混迷する時代にあっては経験がモノを言う。将来はともかく、今は石破氏が総理に望ましいように思う」と期待を寄せた。
小泉氏は「いつかは総理になると思う」
小泉氏については、アメリカでの留学経験などを踏まえて、「3人の中で太平洋の両側を一番よく知っている」と評価する。また、父・純一郎氏が総理在任中は共和党のブッシュ大統領と良好な関係を築いたが、「もし小泉氏が総理になるのなら、若さや価値観という点では民主党政権の方が歓迎するだろう」と見る。ただ、今は総理になるタイミングではないとも指摘する。「いつかは総理になると思うが、今はその時ではないだろう。経験を積むことで、父のような長期政権をつくることができるのではないか。日米関係はトランプ氏が当選しても比較的うまくいくとは思うが、アメリカ政治には多くの不確実性がある。中国がその状況をどう利用してくるかも分からない。ウクライナも中東も多くの困難が予想される。日本もアメリカも政治は『一寸先は闇』だ。今はリスクが高い。若い小泉氏には時間があり、今は待った方が良いのではないか」
高市氏は「来年はタイミングが悪い」
初の女性総理の可能性がある高市氏については、若かりし頃のアメリカ議会での経験を活かして活躍することを期待するとしながらも、高市氏が総理就任後も靖国神社参拝の意向を示していることに注意を向ける。岸田政権はバイデン政権の強い働きかけの下で日韓関係を改善し、日米韓の枠組みを強化した経緯がある。 「来年は日韓国交正常化から60年の節目の年でもあり、タイミングが悪い。アメリカが民主党政権であれば靖国参拝は問題となるだろう、最も難しい要素になりうる。ただ、共和党政権なら日本が安全保障に熱心である限りは、それほど重要な問題にならないかもしれない」次のページは
「どの組み合わせでも日米関係は良好」ハドソン研 チョウ氏「どの組み合わせでも日米関係は良好」ハドソン研 チョウ氏
保守系シンクタンク、ハドソン研究所のウィリアム・チョウ日本副部長は、過去10年に及ぶ日米同盟の強化を継続し、今後もインド太平洋地域の安全保障を最優先と位置付けていく限りは、誰が総理になっても日米関係は揺るぎないと主張する。「アメリカは日本が10年以上にわたって防衛力を強化し、この地域で積極的な役割を果たしてきたことを評価している。今後さらに効果的な協力関係を構築していくポジティブな兆候であるとも考えている。日本で誰が総理になっても、アメリカでトランプ氏とハリス氏のどちらが大統領になっても、現在の日米関係が根源的に変わることはない」
ハドソン研究所は共和党とのつながりが深いことで知られる。チョウ氏はトランプ氏が政権に返り咲いた場合、焦点は「貿易」と「中国」だと指摘し、日米関係で過度な悲観は不要との認識を示した。
トランプ氏の周囲には「アジア重視のアドバイザーが大勢いる」
「トランプ氏は非常に手強いネゴシエイター(交渉人)だが、彼の周囲にはアジアを重視し、アジアこそがアメリカの経済や安全保障における優先事項だと認識しているアドバイザーが大勢いる。むしろ、ハリス氏の外交アドバイザーはアジアよりも欧州を向いているのではないか」小泉氏については日本国内で経験不足が指摘されているが、チョウ氏は「彼の周囲には経験豊富な人材がたくさんいるし、アメリカでの経験も豊富なので、効果的な協力ができるはずだ」と評価する。
また、高市氏が中国に厳しい発言を繰り返していることについては、「現在、中国が行なっている数々の行いを見れば、発言は十分に正当化され、挑発には当たらない」と指摘する。
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「重要なのは政策の継続性」CSIS セーチェーニ氏「重要なのは政策の継続性」CSIS セーチェーニ氏
外交や安全保障の分野に強みを持つシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)には、小泉氏がコロンビア大学を卒業した後に短期間在籍したことがある。ニコラス・セーチェーニ日本副部長は当時の小泉氏の印象をこう語る。「学ぼうという姿勢があり、とても謙虚だった。私が感銘を受けたのは彼が他人の意見に真剣に耳を傾け、そして周囲を観察していたことだ。政治家にとって大事なのは演説することだけではない。非常に若い年齢で、リーダーシップには何が必要か、態度で示していたと思う」 セーチェーニ氏は3氏の誰が当選しても、日米関係が変化することはないと強調する。
「日米関係にとって重要なのは継続性。日本の戦略は非常にシンプルだ。防衛に投資して能力を向上させ、日米同盟を強化し、地域の友好国とも連携してアジア太平洋の安定を支えることだ。アメリカにとって重要なのは、日本がその戦略を続けること。石破、小泉、高市氏の政策を読んだが、表現は異なるものの基本的には同じだ」
石破“アジア版NATO構想”「公約が必ず実行されるわけではない」
石破氏はアジア版NATO構想に言及している。これはアメリカの現政権の方針とは異なるものだ。セーチェーニ氏は「アジアでNATOに類似した枠組みが機能するかについては議論があるが、友好国との連携をより強化したいということ自体は心強いことだ。公約で掲げた政策が必ずしも実行されるわけではない。石破氏が総理になったとしても、日本の基本戦略が変化することはないだろう」と指摘する。
高市氏については、特にサイバー分野での防衛力の強化を掲げている点を評価した。セーチェーニ氏は靖国参拝の是非については言及を避けたが、「アメリカは日米韓の関係を新たな方向に進め、3カ国の連携が日本の利益であることを示してきた。これがアメリカのメッセージだ。トランプ氏とハリス氏のどちらが大統領になっても中国と北朝鮮の抑止は重要な課題であり、今の流れは維持しなければならない」と述べた。
「次の総理は日米同盟の強化を堂々と訴えよ」
最後にトランプ氏の返り咲きについて聞いた。日米関係に大きな変化はないとしつつも、日本の総理が取るべき姿勢について、こう強調した。
「安倍氏はトランプ氏を説得するのに卓越した能力を見せた。それは日本がアメリカの指示を待つのではなく、日本の戦略がアメリカの利益につながると堂々と示したからだ。もう安倍氏のようなリーダーは二度と現れないかもしれないが、次の総理がすべきことは、日米同盟の強化を自信を持って訴えることだ。それは首脳同士の相性が合うかどうかよりも、はるかに重要なことだ」
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