「正直、衆院選どころではなく、どの人に託すかは決めかねている」
能登半島の最北端にある石川県珠洲(すず)市。市内で最大の農業法人「すえひろ」の社長、末政博司さん(65)は記者の問いかけに力なく答えた。
「農業の復興に力を入れてほしいと思っているが……。今は、目の前の農地が復旧できるか、従業員がいつまで我慢して残ってくれるのか、というような状況で先が見えない」
元日の地震で田んぼが被災
今季は115ヘクタール(東京ドーム約24個分)の田んぼに稲を植えるはずだった。ところが、元日の能登半島地震で、農地や水路などに大きな被害が出た。
被災した水路に仮設のポンプを設置するなどの復旧作業をして、83ヘクタールの作付けまでこぎ着けた。
今年は米価が2023年より高くなることも見込まれ、米の品質も良いと期待されていた。秋に差し掛かり明るい兆しが見えていた中の9月21日、今度は豪雨に襲われた。
前日から雨の予報で会社は休みだったが、事務作業をしようと末政さんと妻の節子さん(65)は社内にいた。
朝から降っていた雨は強くなると、近所の人から避難を呼びかける電話がかかってきた。会社の車と自家用車計4台を近くの高台に移動させた。
事務所に戻ろうとしたが、あっという間に茶色く濁った水が膝下まで上がってきた。身の危険を感じて、避難することにした。
争点「防災庁」はピンとこず
数時間ほどして水が引いたので様子を見に戻ると、言葉を失った。
事務所1階の床は泥だらけ。倉庫にあった、収穫したばかりの米6トンや特産の「能登大納言小豆」などの農産物、農薬を散布する際に使うドローン、米を保管する袋約5000枚など資材が水につかり、いずれも使い物にならなくなった。
豪雨から1カ月を迎えた10月21日、選挙戦は中盤に入った。珠洲市が含まれる石川3区では自民の前職・西田昭二氏(55)と共産の新人・南章治氏(69)、立憲民主の前職・近藤和也氏(50)の3人が争う。
選挙戦では防災庁も争点の一つに挙げられているが、末政さんはピンとこないという。
「被災者を少しでも助けてくれるならいいことだと思う。でも、今は会社がいつまで持つかの方が心配です」
農地には、土砂や流木が流れ込んだ。自分の会社だけで片付けられる量ではなく、すえひろで働く政田将昭さん(49)も不安を口にする。
「被害の全容はまだ把握できていない。来年の作付けは、どれくらいできるだろうか……。地震の被害がかわいらしかった」
陣営側も手探り続く
選挙どころではない被災者に対し、各陣営は手探りの選挙戦が続く。
21年の前回衆院選では、各地区の集会所前や会社前などで多くの支援者らが出迎え、候補者の訴えに耳を傾けた。
だが、今回は風景が一変した。住宅や商店、道路などが壊れ、集落から人の姿がなくなった。ある陣営幹部はこう嘆く。
「これまでの選挙と全く違う。有権者がどこにいるのか、誰も把握できない。こちらの訴えをどうやったら届けられるのか、正直分からない」
選挙事務所では「選挙区内には高齢者が多く『防災庁』と言っても響くのだろうか……」という声も聞かれる。
陣営によっては、いつも手伝ってくれているスタッフが被災し、人手を確保するのにも苦労している。被災者の感情に配慮してマイクの音量に気を使う必要があり、別の陣営幹部は「お年寄りが多い地域なのに、音量を絞ると聞こえていないのではないか」と不安を漏らす。
石川3区の面積は大阪府より広いうえ、山間部も多い。元々、選挙区を回るには時間がかかったが、被災後は通行できない道路が点在し、さらに時間を要するようになった。
住民票を残したまま選挙区外へ避難している有権者も目立ち、投票率の低下も懸念される。
「投票、持続可能な地域への一歩」
東北大の河村和徳准教授(政治学)は「『選挙どころではない』という被災者の気持ちは理解できる」としつつ、こう話す。
「投票は有権者が声を上げる手段だ。復興に最も重要な産業や経済再生のかじ取りを任せられる政治家は誰なのか。投票に行き、よりよい候補者を選ぶことが持続可能な地域を作る一歩になる」【砂押健太、阿部弘賢、古川幸奈】
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