政府は月内にも、石破茂政権で初めてとなる経済界や労働団体のトップと意見交換する政労使会議を開く。地方政策を重視する首相にとって、地方や中小企業への賃上げ波及は政権浮揚に直結する。岸田文雄前政権から引き継いだ課題の「物価上昇を上回る賃上げの実現」に向けて正念場を迎える。

政府が22日に決定する総合経済対策は「全ての世代の現在・将来の賃金・所得を増やす」を柱の一つにする。中小企業の価格転嫁と生産性向上を支援して最低賃金の引き上げを後押しする。

石破茂首相は22日の政府与党政策懇談会で経済対策に関し「全ての世代の現在や将来の賃金・所得を増やすことを最重要課題としている」と指摘した。

経済官庁の幹部は「ほぼ賃上げ一色というぐらい優先度がここにきて上がった」と話す。物価高を上回る賃上げの実現に向けて「あの手この手でやるべきだ」との流れになっていると明かす。

自民党が大敗した10月の衆院選は「手取りを増やす」とうたった国民民主党が躍進した。衆院で議席の過半数を割り込み、与党は国民民主との政策協議を始めた。国民民主が求める手取り増を実現するには賃上げの定着が欠かせない。

その手立ての一つが政労使会議だ。林芳正官房長官は12日の記者会見で「約30年ぶりの賃上げ水準を持続的なものとし、その実感を地方や中小企業に広げるため、来年の春季労使交渉に向けて労使と意見交換する」と説明した。

首相は9月の総裁選で公約として最低賃金を20年代に全国平均1500円に引き上げる目標も打ち出した。これに関しても林氏は「着実に引き上げていく努力の第一歩として議論を開始する」と発言した。

今回の政労使会議はこれまでの枠組みを引き継ぎ経団連や日本商工会議所、連合らが参加する見通しだ。

政労使会議は岸田政権で23年、8年ぶりに復活した。24年春闘では23年11月、24年1月、同3月と3度開いた。中小企業の価格転嫁など独自の「官製春闘」が奏功し、24年春闘の賃上げ率は33年ぶりの高水準となった。

岸田政権は日本企業の99%超を占める中小企業には取引先に適正な価格転嫁を促し、賃上げ原資を確保できるよう環境の整備に取り組んだ。

公正取引委員会と内閣官房は23年11月、労務費の適切な転嫁に関する行動指針をまとめた。経済産業省の幹部も業界団体に中小企業の賃上げと価格転嫁を直接要請した。

経産省と公取委は監視の目も強める。経産省は取引先への転嫁状況を調べる「下請けGメン」を330人と23年度より1割増やした。8月には取引先の中小企業との価格交渉や価格転嫁に後ろ向きな企業名を公表した。公取委も24年4〜9月に下請法違反で6件勧告した。

帝国データバンクによる7月の調査によると、コスト上昇分を販売価格に多少なりとも転嫁できている企業は78.4%を占め、22年12月から9.2ポイント増えた。一方で全く価格転嫁ができないと答えた企業も10.9%あった。

石破政権も中小企業が価格転嫁できる環境づくりを続ける。25年1月召集予定の通常国会で下請法の改正案の成立を視野に入れる。生産性向上支援の補助金の充実なども検討している。

生活者が受け取る賃金(名目賃金)から物価上昇分を差し引いた実質賃金は6月に2年3カ月ぶりに前年同月比増減率がプラスに転じた。8、9月は小幅のマイナスとなり、安定したプラスの維持が重要になっている。

首相は10月4日の所信表明演説で「一人一人の生産性を上げ、付加価値を上げ、所得を上げ、物価上昇を上回る賃金の増加を実現する」と唱えた。来夏の参院選を控え、家計に所得増の実感を広げられるかが政権運営上、重要になる。

東京財団政策研究所の早川英男主席研究員(元日銀理事)


企業の好業績などを背景に、2025年の春季労使交渉で3年連続の高めの賃上げが期待できる。政労使会議も「意識を合わせる」という意味ではいい。

これまでは明確な実質賃金のプラス基調になっていない。ある程度の上げ幅での実質賃金のプラスが1~2年ほど続き、家計に「賃金が上がった」という実感が広がることが重要だ。

基本的には企業の生産性を上げる以外に持続的な実質賃金の上昇手段はない。中期的には労働供給の制約を緩和する政策が求められる。例えば「年収103万円の壁」も労働供給を増やす観点から社会保障制度全体の見直しを考えるべきだ。

東大大学院の柳川範之教授


賃金は労使が決めるもので直接、政策で上げるのは難しい。民間のマインドが変わらないと悪循環に陥ってしまう。政労使会議で話し合い、労使間で賃金上昇が進むようにマインドが変わるのを期待している。

石破政権のもと経済を押し上げるメッセージが伝わると労使のマインドに良い影響を与えると思う。

労働生産性をいかに引き上げるかが1番のポイントだ。稼ぐ力がつくことで賃金が上がる流れにならないと賃上げは続かない。付加価値や生産性をどうやって上げるかが大事で、リスキリング(学び直し)や省人化などの投資を促す政策が重要になる。

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