「ハブ・アンド・スポーク」から「格子状ネットワーク」へ

同盟の重層化は、日米が対中抑止を強化するために共同で進めている戦略だ。第二次大戦後のアジア太平洋の安全保障は従来、日本、韓国、豪州、フィリピンなどが米国と個別に結んだ同盟関係による「ハブ・アンド・スポーク体制」(米国を車軸とし、同盟国をスポークとする車輪にたとえた体制)で支えられてきた。しかし、最近は米国自身が相対的な国力の低下に加えて、欧州や中東の紛争も抱えている。ルールを無視して覇権主義的な海洋進出を強行する中国に対抗するには、手が回らなくなった。

「統合抑止」を掲げるバイデン政権は、日韓豪などの同盟パートナーにより大きな負担を呼びかける。一方、日本も英国との間で事実上の日英同盟復活といえる安保協力を強化したほか、イタリア、フランスなどとも連携を深めている。北大西洋条約機構(NATO)の欧州主要国を対中抑止に巻き込むなどの重層化に努めてきた。日米を軸に同盟・同志国の間で多重構造の連携と協調を進めることによって、「格子状(グリッド)」のネットワークで中国の危険な行動を包み込む構想といえる。

日米豪印4カ国による「クアッド(Quad)」戦略対話や、オーストラリアに原子力潜水艦を供与する米英豪の安保枠組み「オーカス(AUKUS)」(2021年発足)に加えて、昨年夏には米キャンプデービッドで日米韓首脳会談が開かれ、「日米同盟・米韓同盟の戦略的連携強化」を誓い合っている。

こうした流れを受けて開かれたのが、岸田首相による4月の国賓訪米に合わせて開かれたマルコス・フィリピン大統領とバイデン、岸田両氏による史上初の日米比首脳会談だった。

フィリピンは中国と領有権を争う南シナ海の岩礁を巡り、同国の補給船が中国艦船の体当たり攻撃や高圧放水を受けて負傷者を出すなどの深刻な事態が続いている。マルコス大統領は、前任者の対中融和外交では「自国の安全が守れない」との戦略的判断から、3カ国首脳会談を通じて日米などと連携を深める路線に大きくかじを切った。

「深刻な懸念」の輪が拡大

米ホワイトハウスで4月11日に行われた日米比首脳会談では、▽南シナ海の中国海警船による「危険かつ攻撃的行動に断固反対し、深刻な懸念を表明する」▽東シナ海の尖閣諸島を念頭に「中国の力と威圧による一方的現状変更に強く反対する」──などの直接的表現で中国を非難する共同声明を発表した。具体的な対抗策として、今後1年間に日米比3カ国による合同訓練の実施や新たな海洋安保協議の創設などを打ち出した(※1)。また安保分野だけでなく、中国の経済的威圧に対抗するために3カ国間の投資を促す「ルソン経済回廊」の立ち上げ、サプライチェーンの確立、人材育成などでも合意した。

さらに、5月2日には3カ国にオーストラリアも加わった4カ国国防・防衛相会談がハワイで開かれ、「航行の自由に対する度重なる妨害」に深刻な懸念を表明し、4カ国合同演習の拡大などで合意した。4カの会談が開かれたのは、4月以降も中国船によるフィリピン船への体当たりや放水が続いたためだ。中国の危険な行動は続いているものの、反作用として従来は疎遠だった東南アジア諸国連合(ASEAN)のフィリピンとオーストラリア間の連携と協力が深まったのは、対中抑止戦線の新たな展開といってよい。

4カ国の間では具体的な協力が加速している。日本は昨年8月、自衛隊と豪軍の相互往来を円滑に運ぶための「円滑化協定」(RAA)を発効させたばかりだが、フィリピンのマルコス政権ともRAA協定を結ぶ方向で話し合いが進んでいる。また、米比間ではフィリピン軍の近代化支援や両国軍の相互運用性の向上で合意した。これを側面支援する形で、日本もフィリピン軍と自衛隊の共同訓練や防空レーダー、空軍練習機の供与などを行ってきた。日本にとって、南シナ海でフィリピンを支援する行動は東シナ海で尖閣諸島周辺の侵犯を許さない決意を示すことにもつながっている。

かつてフィリピンにはルソン島のスービック湾にアジア最大の米海軍基地があり、米軍が南シナ海や東南アジア全域ににらみを利かせていた。だが、1990年代に当時の比政府・議会が「米国からの自立」を唱えて同基地と駐留米軍を全面撤退させたため、安全保障の空白に付け込んだ中国の本格的な海洋進出を招いた苦い記憶がある。そんな失敗を繰り返さないためにも、地元フィリピンでは日米比の連携強化に「インド太平洋で中国の野望を抑制するトライアングル協力」という期待と歓迎の声が出ているという。

中国は「包囲網」に反発

対中ネットワークの拡がりに対して、中国は新たな「対中包囲網」を強く警戒している。3カ国首脳会談の翌日、中国外務省報道局長は「陣営による対抗を地域に持ち込むべきでない」(4月12日)と反発した。王毅外相(共産党政治局員)も「域外国(日米など)の干渉を排除せよ」としてきた(※2)

中国は南シナ海で軍用滑走路や対空兵器を備えた複数の人工島を建設し、国連海洋法条約に基づく国際司法判断を無視して、その領有化と軍事拠点化を進めている。水深が深いために中国の戦略原潜配備に適している上に、日韓などにとっては安保・経済のいずれの面でも重要なシーレーンである。

岸田首相は、日米首脳会談や米上下両院合同会議演説で日米が「未来のためのグローバル・パートナー」となって、インド太平洋や世界の平和と安全の秩序を堅持するために共に行動していくと誓った。同盟の「重層化戦略」は、そうした目標に向けた具体的行動の重要な試金石といえる。日米比を含む諸国や国際社会にとって枢要な戦略的海域を「中国の海」にさせないために、今後も明確な行動と指導力が問われている。

(※1) ^ 日米比首脳共同声明(米政府発表)。Joint Vision Statement from the Leaders of Japan, the Philippines, and the United States, The White House, April 11, 2024

(※2) ^ 読売新聞4月13日付朝刊「中国、包囲網を警戒 南シナ海域内分断狙う」

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