2023年11月10日、係争中の南シナ海で、BRPシエラ・マドレ号の補給任務中に見張りをするフィリピン沿岸警備隊員(写真・ 2023 Bloomberg Finance LP)

思い起こせば73年前の1951年9月8日、日本はサンフランシスコ講和条約の締結により国際社会への復帰が認められた。同時に旧日米安全保障条約が結ばれ、戦後日本の外交・安保環境が規定された。

その9日前の8月30日、アメリカは1946年まで植民地としていたフィリピンとの間で米比相互防衛条約(MDT)を締結した。アメリカはほぼ同時にオーストラリア、ニュージーランドと太平洋安全保障条約(ANZUS)を結んでいる。

アメリカによる相次ぐ条約締結は、朝鮮戦争や東西冷戦下のアジア太平洋地域で共産主義勢力の封じ込めを狙ったものと解釈されているが、もう1つの意味合いがあった。対日占領解除に伴う日本の軍国主義復活を警戒する周辺国に、アメリカが安全を保障する担保としての条約だった。

中でもフィリピンは反日意識や警戒心が強かった。アジア太平洋戦争で日本の侵攻により当時の国民の15人に1人にあたる110万人が犠牲になったためだ。

押っ取り刀で駆け付けるマルコス大統領

今は昔。日米比の3カ国は2024年4月11日にアメリカ・ホワイトハウスで異例の首脳会談を開いて新たな「3国(準)同盟」に踏み込もうとしている。

国際会議の場を借りて複数の首脳が一堂に会するのは珍しくないが、岸田文雄首相とバイデン大統領の日米首脳会談に合わせてマルコス氏がわざわざ駆けつけ3者会談とするところが今回のミソであり、異例のゆえんだ。

気候変動対策や鉱物資源管理、サプライチェーン強化といった議題もあるが、会談の中心的な目的は中国を念頭においた安全保障上の関係強化を内外に示すことである。

日本とアメリカ、アメリカとフィリピンは条約で同盟関係にある。3カ国の関係の中でミッシングリンクだった日本とフィリピンについて、岸田首相は2023年11月のフィリピン訪問で事実上、両国関係を「準同盟」に格上げする意向を示した。

その柱は、自衛隊とフィリピン軍が共同訓練をする際の入国手続きなどを簡略化する「円滑化協定」(RAA)だ。マニラでのマルコス大統領との会談で正式交渉に入ることで合意した。

さらに日本が「同志国」に軍の装備品などを無償提供する「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の枠組みで初めて、沿岸監視レーダーを贈与すると表明した。

さらにアメリカ軍とフィリピン軍がフィリピン国内で実施する軍事演習「バリカタン」に2024年、自衛隊が本格的に参加する方向で調整が進む。3カ国による海上合同演習の定例化も今回の3者会談で議題に上るとみられる。

いつ死者が出ても不思議はない

「3国(準)同盟」のテーマは主に2つ、台湾と南シナ海だ。2027年危機などとも言われる台湾海峡問題は、米中間最大の懸念事項であり、アメリカ軍基地を沖縄に集中させる日本にとっても喫緊の課題だ。

だが、とりあえずいま緊迫しているのは南シナ海である。マルコス大統領が押っ取り刀で駆けつけるのも自国の鼻先でこれまでにない脅威にさらされているとの認識があるからだ。

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(地図・共同)

フィリピンは排他的経済水域(EEZ)内にあるアユンギン礁に老朽軍艦を意図的に座礁させ、海兵隊員を駐留させて実効支配の拠点としているが2023年来、同艦への補給を試みるフィリピン艦船への中国の妨害がエスカレートしている。

2024年3月23日には、フィリピン海軍がチャーターした補給船に対して中国海警船2隻が約1時間にわたって放水砲の発射を続けて航行不能に追い込み、乗員4人が負傷した。

補給船には日本が供与した44メートル級巡視船2隻がつき、海軍の艦船も2隻が後方で待機したが、中国の妨害を防ぐことはできなかった。負傷者が出たのは3月5日の前回補給に続き2度目だ。フィリピンでは強硬さを増す中国の対応に「いつ死者が出てもおかしくない」との危惧が広がっている。

バイデン大統領は4月2日、中国の習近平国家主席と1時間45分にわたり電話で会談した。2023年11月にアメリカ・カリフォルニア州で面談して以来の直接対話だった。

台湾問題、対中輸出規制、ウクライナ・中東情勢とテーマは多岐にわたったが、南シナ海問題が最重要議題の1つであったことは間違いない。

軍事的関与のハードルを下げたアメリカ

バイデン氏は中国艦船によるフィリピン船舶への「危険な行動」に対して懸念を示し、強く自制を求めた。中国の攻撃で今後、フィリピン側に死者が出た場合、同盟を結ぶアメリカの対応が問われるからだ。

2023年5月の米比共同声明は、南シナ海で「フィリピンの軍、公船、航空機に対する武力攻撃があれば、MDTが発動される」と明言した。それまで南シナ海が条約の適用範囲かどうかはあいまいだったが、バイデン政権はこれを明確にし、大統領自身も「フィリピン防衛への関与は鉄壁だ」と繰り返してきた。

中国艦船が放水砲ではなく、「本物」の銃器類を使ったり、フィリピン船を沈没させたりすれば、バイデン政権は自ら下げた軍事関与のハードルが試されることになる。

アメリカにとって「日米比(準)同盟」は対中国包囲網形成の一環だ。一強の地位が中国に脅かされているうえ、ウクライナや中東で力の分散を強いられる状況の中で、米英豪(AUKUS)や日米豪印(QUAD)などの枠組みをつくってきた。2023年8月にキャンプデービッドで主宰した日米韓首脳会談は、今回の日米比首脳会談の先例ともいえる。

アメリカは日本に対し、台湾問題はもちろん南シナ海への関与も強めさせ、「応分の負担」を求めたい立場だ。

嫌米親中のドゥテルテ前大統領から政権を引き継いだマルコス大統領は、就任前の大方の予想を覆して、親米路線に舵を切った。これに憤懣やるかたない中国がフィリピンへの締め付けを強めているのに対して、マルコス政権はアメリカだけではなく、中国を警戒する国々との連携を深め、反中世論のネットワークづくりを試みている。

マルコス大統領は2024年3月、オーストラリア、欧州を歴訪、貿易・投資を呼びかけるとともに南シナ海問題でも積極的に発信し、国際法順守を訴えた。ドイツでは防衛協力拡大に合意した。

さらにフィリピンを訪問したインドのジャイシャンカル外相と会談し、海上安保協力の強化で一致した。同外相は、南シナ海の領有権をめぐる中国の主張を「国際法違反」と否定したオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の裁定を支持すると発言した。

フィリピン政府はアユンギン礁に補給船を送る際に内外のジャーナリストを同乗させたり、ドローンで撮影した映像を公開したりして中国側の「いじめ」を可視化させ、世界の世論に自らの立場と中国の不法を訴えてきた。

3月23日の衝突では日米だけではなく、英仏独や欧州連合、豪州、ニュージーランド、カナダなどが一斉に中国批判の声を上げたのはその成果ともいえる。

中国の攻勢が増す局面で、3国関係を強化する今回の首脳会談は、安全保障環境の多角化を図るフィリピンにとっては渡りに船である。

議論なき日本はどうするか

それでは日本にとって「3国(準)同盟」の意味はなにか。岸田政権は前のめりだが、一般の国民はもとより、ジャーナリズムや論壇でもさほど関心が高まっているようにはみえない。

論評や報道は主に安全保障専門の学者やコメンテーター、防衛省、外務省の担当者らによってなされている。いわばそれで飯を食っている人たちによる発信である。ほとんどが日本政府と同じく、フィリピンへの防衛協力や連携強化を当然とする前提に立っているようにみえる。

マルコス政権は米比の防衛協力強化協定(EDCA)に基づき、アメリカ軍が使用できるフィリピンの基地を以前の5カ所から9カ所に増やした。

その4カ所のうち南シナ海の最前線にある西部パラワン州の1カ所を除く3カ所はルソン島北部に位置する。同島北端から台湾最南端の距離は沖縄・那覇からの距離の半分以下だ。台湾有事を念頭に置いた選定である。

台湾有事となれば巻き込まれることが避けられない日本としては、フィリピンの基地からも出撃可能というアメリカの牽制に多少なりとも抑止効果があるとすれば意義はあろう。

他方、南シナ海は状況が異なる。石油やガスをはじめ物資の輸入に欠かせない重要なシーレーンであることは間違いない。それでも紛争が起きたとして、台湾有事や北朝鮮からのミサイル着弾に比べて現場が日本から遠いだけでなく、国民の危機意識や切迫感は格段に低いだろう。

一方、中国とフィリピンが角突き合わせる南シナ海の現況は、台湾海峡以上に切迫する「いまそこにある危機」だ。

南シナ海に勝手に十段線なるものを引いて、「歴史的に明白」などと根拠も示さない中国の領有権主張は噴飯ものだ。フィリピンに対する言いがかりや妨害は国際法違反である。

だとしても私は、南シナ海で武力衝突が発生した場合に日本が巻き込まれることは避けたいとも考えている。「3国(準)同盟」に踏み込めば、その恐れが増すことはないのか。それが私の根本的な疑問である。

フィリピン沿岸警備の艦艇はほとんどが日本が供与したものだ。それを中国艦船が沈没させ、アメリカ軍がMDTに基づいて参戦したとしたらアメリカ軍も無傷ではいられないだろう。

日本はどう対応するのか。集団的自衛権の行使を可能にした2016年施行の安保関連法で規定されている「重要影響事態」にあたるのか。「存立危機事態」と認定する可能性はあるのか。南シナ海の紛争にからんで沖縄のアメリカ軍基地周辺が攻撃されたら「武力攻撃事態」になるのか。アメリカ軍がフィリピンへの武器などの提供にとどめた時にも立ち位置を問われるだろう。

日本は南シナ海に目が向いていない

台湾有事については、民間団体が専門家らを集めてシミュレーションしたことが報じられているが、南シナ海についてそうした研究がなされたり、公開されたりしているのかどうか、寡聞にして知らない。

2024年11月のアメリカ大統領選でバイデン氏が敗れたら、アジアの安全保障環境も大きな影響を受けるだろう。2028年にはフィリピンで大統領選があり、次期政権がマルコス政権と別の方向へ進むこともありうる。

そうした変数も含めて、「3国(準)同盟」の意味やリスクについて政府が国民への説明責任を果たしているとはとても言えない。国会の議論や新聞の報道も甚だ不十分である。

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