自治体に対する国の指示権を拡充する地方自治法改正案への懸念が広がっている。衆院で審議が続く改正案は、大規模災害や感染症のまん延など国民の安全に重大な影響を及ぼす事態であれば、個別法に規定がなくても、必要な対策を国が指示できるようにする内容だ。
これに対し、野党は国と地方を「対等」とする地方自治の原則に反する上、恣意(しい)的な運用につながりかねないと批判。自治体からも反対の声が日増しに強まっている。
きっかけはあのクルーズ船
「今後生じうる想定できない事態に備えるものだ」
松本剛明総務相は7日の衆院本会議で改正案の必要性を強調した上で、過去に国の役割が明確でなかった例として新型コロナウイルス感染症への対応や島しょ部災害、広域災害を挙げ、「国民の生命等の保護のため、迅速な対応に万全を期す観点から、所要の見直しを行う必要がある」と述べた。
その一例とされるのが、コロナ禍初期の2020年2月、横浜港に寄港した大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で計712人の集団感染が発生した事例だ。
国が周辺の自治体に指示する法的根拠がなかったため、広域にわたる患者の移送調整が難航し、受け入れ先が決まらなかったと指摘された。
国の指示権は現状、「一定の場合に限定する」として必要最小限に抑えられており、災害対策基本法や感染症法など個別の法律に規定があれば行使できる。
改正案は「国の地方公共団体に対する補充的な指示」として、個別法に規定がなくても国民の生命保護のために特に必要な場合には、国が自治体に必要な対策の実施を閣議決定で指示できるよう特例を設ける内容だ。
「乱用に歯止めを」事前協議求める声
これに対し野党は、新型コロナや災害などは地方自治法を改正する理由にはならないなどと反発する。
14日の衆院総務委員会では立憲民主党の吉川元氏が「何が起こるか分からないと言い始めたら、(国は)何でもできてしまう。自治体はやらなくていい、全部国でやるという話になってしまう」と批判。国民民主党の西岡秀子氏は「特例の乱用や恣意的な運用を防ぐために、具体的な指示権行使の要件を明確に示すことが必要だ」と指摘した。
野党の一部からはこうした「乱用」への歯止めとするため、国が指示権を行使する場合の自治体との事前協議や、国会への事後報告などを求める声も上がる。日本維新の会は国会への事後報告を求める修正案を近く提案する方針だ。
「地方分権に逆行」首長らが撤回要請
改正案に対しては、自治体などからも撤回を求める意見が続々と出ている。
「地方分権改革は従来までの国と地方の関係を主従から対等・平等へと変化させた。それが覆る内容になっている」
首長や自治体議員らでつくる団体「ローカル・イニシアティブ・ネットワーク」などが14日に国会内で開いた集会では、東京都世田谷区の保坂展人区長がビデオメッセージでそう訴えた。
地方分権改革は衆参両院の「地方分権の推進に関する決議」(1993年)に始まり、明治以来の中央集権的な行政を見直し、国から地方への権限移譲を進めた。2000年施行の地方分権一括法で国と地方は「対等・協力」関係とされ、分権改革は国の地方行政への関与を縮小してきた。
国の指示権を拡大する地方自治法改正案は、その流れに逆行するとの声が高まっている。
日本弁護士連合会は3月、「曖昧な要件のもとに国の指示権を一般的に認めようとする点で、憲法の地方自治の本旨に照らし極めて問題」として反対する会長声明を出した。
全国知事会も慎重な審議を求めている。村井嘉浩会長(宮城県知事)らは5月10日、国の補充的指示について「必要性は理解する」としつつ、国と自治体との事前協議や、指示範囲を必要最小限にとどめるよう求める提言書を松本氏に提出した。
村井氏は21日には衆院総務委の参考人質疑に出席し、「事前に自治体と十分に協議調整を行い、(指示権の)権限の行使は必要最小限の範囲としていただきたい」とくぎを刺した。【安部志帆子】
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