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<ネガティブな感情があるからこそ人間は生き延びてきたが、その中で最も強力な感情が「後悔」。後悔は、人生をよりよくするための道具に変えることができる>

人はいわば感情のポートフォリオを持っており、感情の分散投資が重要だ。つまり、愛や誇りなどのポジティブな感情だけでは破綻してしまう。

ではネガティブな感情も必要だとして、それら――中でも最も強力な「後悔」とは、どのように付き合っていけばいいのか。

そう問い掛けるのは、世界のトップ経営思想家であるダニエル・ピンク。最新の学術研究と、ピンクが自ら実施した大規模な調査プロジェクトから分かったのは、後悔とはきわめて健全で、人生に欠かせないものであることだった。

後悔はよりよい人生を送る手助けになると説くピンクの著書は話題を呼び、世界42カ国でベストセラー入りしている。

このたび刊行された日本版『The power of regret 振り返るからこそ、前に進める』(かんき出版)から一部を抜粋・再編集して掲載する(この記事は抜粋第3回)。

※抜粋第1回:17歳で出産、育児放棄...25歳で結婚、夫が蒸発...「後悔なんてしない」「過去は振り返らない」は間違い
※抜粋第2回:5歳の子どもは後悔しないが、7歳は後悔する...知られざる「後悔」という感情の正体とは?

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ネガティブな感情がもつポジティブな力

一九五〇年代前半、シカゴ大学の大学院で経済学を研究していたハリー・マーコウィッツという学生がある理論を思いついた。その理論はきわめて基本的な内容なので、いまでは当たり前に思えるかもしれないが、当時は革命的な考え方だった。その功績が評価されて、のちにノーベル経済学賞が授与されたほどだ。

その理論は「現代ポートフォリオ理論」と呼ばれるようになった。話を前に進めるために大ざっぱにまとめると、それは、「たまごをすべて同じ籠に入れてはならない」という格言を数学的に裏づけたものと言えるだろう。

マーコウィッツの理論が知られる前、多くの投資家は、ひとつかふたつの有望な株式に集中的に投資することこそ、株式市場で富を築く道だと思い込んでいた。

確かに、途轍もない利益を生む株式がときどきある。そうした銘柄を選んで投資すれば大金持ちになれる、というわけだ。この投資戦略を実践しようとすれば、いくつもクズのような株を買う羽目になる。それでも、投資とはそういうもの、投資にリスクはつきものだ、と考えられていたのである。

それに対し、マーコウィッツは、それとは異なる投資戦略を実践することにより、リスクを減らし、手堅く利益を手にできると主張した。その方法とは分散投資である。ひとつの銘柄に集中的に投資せず、いくつかの銘柄を購入するのだ。さまざまな業種の企業に投資することも重要だ。

この戦略を実践する場合、一度の投資で莫大な利益を得ることは難しいが、長い目で見れば、リスクを大幅に減らしつつ、はるかに大きな利益を上げられるというのである。あなたが投資しているインデックスファンドやETF(上場投資信託)は、マーコウィッツの現代ポートフォリオ理論に基づいた金融商品だ。

マーコウィッツの理論は非常に強力なものだが、私たちはしばしば、投資以外の場面ではこの考え方を忘れてしまう。

人はいわば感情のポートフォリオをもっている。そのなかには、愛や誇りや畏敬などのポジティブな感情も含まれるし、悲しみや苛立ち、恥などのネガティブな感情も含まれる。私たちは概して、ポジティブな感情の価値を過大評価し、ネガティブな感情の価値を過小評価する。

ほとんどの人は、一般的な助言や自分自身の直感に従い、ポジティブな感情ばかりをいだこうとし、ネガティブな感情を遠ざけようとする。しかし、このような方針で感情に向き合うことは、現代ポートフォリオ理論以前の投資戦略と同様、間違っている。

ポジティブな感情が不可欠であることは言うまでもない。そのような感情がなければ、人はどうやって生きていけばいいかわからなくなる。

ものごとの明るい側面に目を向け、楽しいことを考えて、暗闇のなかに光明を探すことは重要だ。楽観的思考は、肉体の健康とも関係している。また、喜びや感謝や希望などの感情は、私たちの心理的な幸福感を大幅に高めることもわかっている。

私たちは感情のポートフォリオのなかに、たくさんのポジティブな感情をもっておく必要がある。ネガティブな感情より多くのポジティブな感情をもつべきだ。

しかし、ポジティブな感情への投資を増やしすぎると、それはそれでよくない結果を招く。そのバランスを欠けば、学習と成長が妨げられて、自分の能力を開花させられなくなりかねない。

なぜか。ネガティブな感情も人間には不可欠だからだ。その種の感情には、私たちが生き延びていくことを助ける機能がある。

私たちは恐怖心のおかげで、炎上する建物から逃げ出し、蛇を踏まないように慎重に歩く。嫌悪感をいだくからこそ、有毒なものを避け、悪しき振る舞いを躊躇する。怒りの感情ゆえに、人は脅威や挑発に対して警戒心をいだき、正邪を見極める感覚が研ぎ澄まされる。ネガティブな感情が多すぎれば害があることは事実だが、少なすぎてもよくないのだ。

ネガティブな感情をもたない人は、同じ相手に何度も食い物にされたり、蛇に脚を嚙まれたりする。大きな脳をもち、直立二足歩行をする私たち人類は、ネガティブな感情を(ときおり、しかし必要なときは徹底的に)いだく能力をもっていなければ、ここまで生き延びていなかっただろう。

後悔が人生に不可欠な理由

悲しみ、侮蔑、罪悪感......さまざまなネガティブな感情をリストアップしていくと、ある感情が最も強力で最もしばしば見られることに気づく。

その感情とは、後悔である。

本書の狙いは、後悔が人間にとって不可欠な感情であることを改めて示すことにある。そのうえで、この感情がもつさまざまな利点を活用して、意思決定の質を向上させ、職場や学校でのパフォーマンスを改善し、より有意義な人生を生きるための方法を紹介する。

まず、後悔の名誉回復から始めたい。過去数十年の間に蓄積されてきた大量の学術研究を土台に分析を進める。

経済学者とゲーム理論家がこのテーマを研究しはじめたのは、一九五〇年代の冷戦期のことだった。原子爆弾で世界が破滅することが最も後悔すべき事態だった時代である。

その後ほどなく、いまでは伝説的な存在であるダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーなど、数人の非主流派の心理学者たちが新しい発見に到達した。後悔は、重要な交渉のみならず、人間の精神そのものへの理解を深める手掛かりになると気づいたのだ。一九九〇年代に入る頃には、研究領域はさらに拡大し、社会心理学、発達心理学、認知心理学の研究者たちも、人が後悔の感情をいだくメカニズムを研究するようになった。

過去七〇年間の研究から、二つのシンプルだが重要な結論を導き出すことができる。それは、以下の二つの点だ。

後悔は、人間を人間たらしめるものである。

後悔は、人間をよりよい人間にするものである。

後悔の名誉を回復したあとは、人々がいだく後悔の内容を掘り下げる。

二〇二〇年、私はアンケート調査の専門家チームの協力を得て、アメリカ人の後悔について史上最大規模の定量調査を実施した。四四八九人の人々がいだいている後悔について調べ、回答者が打ち明けた後悔の分類を試みた。

その一方で、「ワールド後悔サーベイ」というウェブサイトを開設して、世界中の人々から後悔の体験談も募った。一〇五の国から、一万六〇〇〇を超す体験談が寄せられた。私は寄せられた回答を分析し、一〇〇人以上に追加のインタビュー調査をおこなった。

後悔に関する学術研究の大半は、仕事、家庭、健康、恋愛、お金など、人生の分野ごとに後悔を分類している。しかし、このような表層レベルにとどまらず、もっと深く掘り下げると、これらの分野の枠を越えた後悔の深層構造が見えてきた。

ほぼすべての後悔は、深層レベルで四種類のいずれかに分類できる。それは、基盤に関わる後悔、勇気に関わる後悔、道徳に関わる後悔、つながりに関わる後悔である。こうした深層レベルの構造は、二つの調査プロジェクトの結果を分析してはじめて浮かび上がってきたものだ。

そこから、人間の性質について、そしてよりよい人生への道筋について新たな発見を導き出すことができる。

まず、ある種の後悔に関して、後悔を取り消したり、後悔に対する見方を変えたりすることによって、現在の状況を改善する方法を説明する。次に、後悔をきっかけに、未来の行動を改善するためのシンプルな三段階のプロセスを紹介する。

そして、自分が将来いだくかもしれない後悔を予測するテクニックについても論じる。この方法論を実践することにより、意思決定の質を高められる場合があるのだ。

※抜粋第1回:17歳で出産、育児放棄...25歳で結婚、夫が蒸発...「後悔なんてしない」「過去は振り返らない」は間違い
※抜粋第2回:5歳の子どもは後悔しないが、7歳は後悔する...知られざる「後悔」という感情の正体とは?


『The power of regret 振り返るからこそ、前に進める』
 ダニエル・ピンク 著
 池村千秋・訳
 かんき出版

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