現代に通じる差別に異議申し立て

朝ドラことNHK連続テレビ小説『虎に翼』が高い視聴率を得ている。内容も評判が高い。ドラマの良しあしを決めるのは「1に脚本、2に俳優、3に演出」というのが国内外の常識だが、この作品は三拍子そろっている。

物語のテーマは骨太なのに、ユーモアがふんだんに交えてあるので、堅苦しさがない。テーマは性別や人種などによる差別を禁じた日本国憲法第14条だ。第1回もこの条文をヒロインの佐田(旧姓・猪爪)寅子(伊藤沙莉)が新聞で読んでいるシーンから始まった。憲法が公布された1946(昭和21)年のことだった。

テーマはアニメーションによるオープニング映像を見ただけでも伝わってくる。法服を身にまとった寅子が中心になって、医療職や農業、事務職などさまざまな職業の女性たちが一緒になって踊る。法の下の平等を表している。

現在、憲法を巡っては改憲派と護憲派に分かれているが、第14条について改正を求める声は聞こえてこない。大抵の日本人はこの条文を支持しているのではないか。しかし、現在もこの条文は順守されていないというのが実情だ。

非営利団体「世界経済フォーラム」(WEF)が男女格差の実情を国ごとに算出するジェンダーギャップ指数の2023年版で、日本の順位は146カ国中125位。恥ずべき数字である。政治と社会の怠慢だろう。一方で今よりずっと不自由だった戦前の寅子が、現代に通じる差別に異議を申し立てているのだから痛快だ。


弁護士用の法服姿のヒロイン、寅子(伊藤沙莉)。戦前の法廷では、裁判官、検事、弁護士、裁判所職員らがそれぞれの法服を着用することになっていた(画像提供:NHK)

ヒロインの怒りに視聴者が共鳴

戦後編となる6月からの寅子は、司法省(現法務省)などの職員として家庭裁判所の設立に向けて力を尽くす。恵まれない立場の少年少女や家族が戦死した女性らを救済するためだ。社会派ドラマが激減した中、見る側の胸を打たぬはずがない。

戦前の寅子はまず弁護士を目指した。戦後になるまで女性は裁判官と検事になれなかったからだ。寅子は明律大女子部法科を経て20歳だった1935(昭和10)年に、明律大法学部に入学する。(第16回)

そこで出会った同級生の花岡悟(岩田剛典)から、自分は女子学生を特別扱いしてやっていると告げられる。花岡は男子たちと共に学ぶ女子学生たちは、世間一般の女性とは違うと考えていたわけだ。これに寅子は怒った。(第18回)

「私は特別扱いされたいわけじゃない。特別だから、見下さないでやっている? 自分がどれだけ傲慢(ごうまん)か理解できないの!?」(寅子)

寅子の怒りはこれにとどまらない。38(昭和13)年、晴れて超難関の高等試験司法科(現司法試験)に合格すると明律大は祝宴を開いてくれたが、その中の記者会見で語気を荒らげる。記者の1人から「日本で一番優秀なご婦人方」とたたえられたからだ。(第30回)

「高等試験に合格しただけで、自分が女性の中で一番なんて口が裂けても言えません」(寅子)

寅子は謙遜したのではなく、教育を受ける権利の不平等を記者が分かっていないことに憤ったのである。

家庭の事情で試験を受けられない級友がいたし、それ以外にも貧困などから教育すら受けられない女性がいることを寅子は知っていた。貧農に生まれたが、独力で明律大に入った同級生・山田よね(土居志央梨)たちと出会えたからだ。

この場での寅子の怒りは収まらなかった。36(昭和11)年から女性も高等試験司法科を受けられるようになったものの、合格しても裁判官と検事にはなれなかったからである。

「男か女かでふるいにかけられない社会になることを、私は心から願います。いや、みんなでしませんか? しましょうよ。私はそんな社会で、何かの一番になりたい。そのために良き弁護士になるよう尽力します。困っている方を救い続けます。男女関係なく!」(寅子)

憲法14条がなくたって、男女差別を含めた不平等に賛成する人は圧倒的に少数派のはず。寅子は見る側が口に出せない不平等へのもどかしさを代弁してくれている。だから多くの視聴者が共鳴する。

貧農、留学生、華族…さまざまな立場の女性たちを描く

明律大の女子学生たちはそれぞれ立場が違った。寅子は父親が大銀行に勤務し、経済的に豊かな家庭で育った。貧農出身のよねは父親によって身売りされることを避けるために髪を切り、その後も男装していた。3児の母親・大庭梅子(平岩紙)は弁護士の夫から屈辱的な扱いを受けていた。崔香淑(ハ・ヨンス)は朝鮮からの留学生で、桜川涼子(桜井ユキ)は華族の令嬢だった。

この5人の関係も平等が貫かれた。涼子のそばを離れない付き人の玉(羽瀬川なぎ)も含め、6人は仲間になる。人間の真価は立場に左右されるものではないという作品のメッセージにほかならない。やはり憲法14条につながる。6人の女性を異なる立場にしたのは、メッセージを際立たせるためであるのは言うまでもない。

目頭が熱くなるエピソードも交えられている。留学生の崔は日中戦争が勃発した37(昭和12)年、卒業生から高等試験司法科の合格者を出せなかったために廃止が決まろうとしていた明律大女子部の存続を学長に土下座までして頼んだ。翌年の同試験への再挑戦を控えた寅子たちの士気に関わるからだ。(第26回)

「あと1年だけ待ってくださいませんか。来年こそは必ず合格しますから。お願いします」(崔)

崔自身は兄が思想犯の疑いをかけられたため、高等試験受験をあきらめて帰郷することを決めていた。せめて仲間の夢をかなえようと献身的だった。崔と仲間たちの関係に出身の違いはなかった。


明律大女子部を経て法学部に進んだ『虎に翼』の女子学生ら。左から華族令嬢の桜川涼子(桜井ユキ)、涼子の付き人・玉(羽瀬川なぎ)、貧農出身で男装の山田よね(土居志央梨)、ヒロイン・寅子、弁護士の妻で3児の母親・大庭梅子(平岩紙)、朝鮮からの留学生・崔香淑(ハ・ヨンス)(画像提供:NHK)

出演者の男女比が半分ずつになることを目指す

女性たちだけの物語ではない。寅子と男子学生との垣根も取り払われた。女子学生に居丈高だった花岡は考え方を改めた。花岡は第1志望だった東京帝大に落ちたため、気持ちがすさんでいたが、寅子たちと付き合うことによって自分の間違いに気付かされる。第19回、心ない言葉によって傷つけてしまった梅子にわびた。

「仲間になめられたくなくて、わざと女性を存外に扱っていました。こんな人間になるはずじゃなかった」(花岡)

自分を取り戻した花岡は高等試験に通った後、第31回で裁判官試験にも合格する。

このドラマの男女平等の精神にはうそが感じられない。出演者の男女比も半分ずつになることを目指しているせいでもあるだろう。 

このドラマは2021年からNHKが始めたプロジェクト「50:50 (フィフティー・フィフティー)The Equality Project」の該当番組の1つなのである。もともとは英国の公共放送BBCが17年に提唱したプロジェクトであり、NHKも賛同し、日本のテレビ局では唯一参加している。


裁判官として佐賀に赴任することになった花岡悟(右、岩田剛典)は寅子との結婚を意識しながらも、弁護士を目指して修習に励む決意を聞き、思いを告げずに去っていく(第32回、画像提供:NHK)

寅子は伊藤沙莉にしか演じられない

シリアスな展開とコメディー要素を融合させた脚本は素晴らしい。ドラマも映画もこの2つを同居させるのは至難だが、脚本を担当している吉田恵里香氏(36)は見事にやってのけている。吉田氏はドラマ脚本界の最高峰である向田邦子賞を21年度に史上最年少で受けた逸材である。

ヒロインを演じている伊藤は2年前の筆者のインタビューに対し、憧れていた俳優として故樹木希林さんの名前を挙げた。共演歴はなかったが、18年に樹木さんの訃報に接した際には涙が止まらなかったという。

伊藤は若いが、樹木さんと同じく演技力の高い人で、まじめな芝居もコミカルな演技も得意。変化の付け方もうまく、笑顔から憂い顔に突然変わっても不自然さがない。寅子は伊藤にしか演じられなかっただろう。


弁護士になっても女性ゆえに仕事の依頼をもらえない寅子。社会的地位を得るために結婚を望むようになるものの見合い相手が見つからない中で、猪爪家の元下宿人・佐田優三(右、仲野太賀)から予想外のプロポーズを受ける(第34回、画像提供:NHK)

歴史的傑作になると確信

寅子のモデルである故三淵嘉子さんが尊敬に値する人物であることもこのドラマを根底から支えている。三淵さんは明治大法学部を卒業後、女性弁護士第1号、戦後には女性裁判官第2号となる。


新潟家庭裁判所長就任時の三淵嘉子さん。女性初の裁判所長だった=1972年6月14日(時事)

1949(昭和24)年に東京地裁民事部の裁判官(判事補)に任用され、63(昭和38)年には画期的な判断に関わる。広島と長崎の原爆被害者たちが国に賠償を求めた民事訴訟で陪席裁判官を務め、原告の請求こそ認めなかったものの、「原爆投下は国際法違反」という初判断を下した。今よりはるかに米国の影響力が強かったころだが、大国との不平等も許さなかった。この判断が端緒となり、国は被爆者救済を本格的に始める。

72(昭和47)年から新潟家裁の所長を務めると、「家裁は人間を取り扱うところ。事件を扱うところではない」という言葉を残す。

2000年度以降、前作『ブギウギ』までの朝ドラ48本のうち主人公のモデルがいる作品は17本あるが、著名人であっても尊敬すべき人物ではないと、視聴者を引きつけるのは難しい。

筆者は放送界の取材を始めて30年以上が過ぎたが、このドラマは歴史的傑作になると確信している。

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