放送中のドラマ『アンチヒーロー』。法律用語が飛び交う作品には、“法律監修”という重要な仕事がある。

本作にも『半沢直樹』や『99.9-刑事専門弁護士-』シリーズなど、数多くの作品に携わってきた國松崇弁護士が、“法律監修”として作品の根幹を支えている。エンタメの世界で描かれる“法曹界”は視聴者の目に輝かしく映る反面、実際のところはどうなのか。ドラマにも法曹界にも俄然興味が湧く、そんな裏話に注目してみよう。

現実の裁判は噛むし…ドラマほど流暢ではない

本作に出演中のキャスト陣も「苦労している」と話す法律用語。「供述明確化」や「弁護人請求証拠第00号証」、「刑事訴訟法」など、思わず噛んでしまいそうな用語は枚挙にいとまがない。

だが、主人公の弁護士・明墨正樹を演じる長谷川博己をはじめ、法律家役として弁論に挑むキャスト陣は涼しい顔でセリフを言ってのけている。法廷で丁々発止の応酬を続ける様は圧巻の映像に仕上がっているが、現実の法廷では「噛んでしまう弁護士や検察官はいっぱいいますよ(笑)。往々にして言い間違えたり」というから驚きだ。

「脚本の法律用語をチェックする際、できるだけリアルに近づけるように作業しながらも、少し優しい用語や口語体に近い表現も使うように心掛けています。堅くやろうと思えばいくらでも堅くできますが、耳慣れない専門用語ばかりだと、かえってシーンの意図が伝わりづらくなったり、視聴者の皆さんの集中力も続かないのではないかと思うので。どの業界にも専門用語というのはありますが、それを言い慣れている法律家でも噛むんですから、役者の皆さんは本当に大変だなと。絶対に噛まないという前提で撮影をしなければいけないので、ドラマの裁判シーンは現実のものよりも洗練されているなと感じています」と現実との違いについて言及する。

明墨弁護士が現実に法廷にいたら「異議あり」だが…

さらに気になるのが、法廷シーンで出てくる「異議あり!」のセリフだ。証人尋問や被告人尋問などの際に、弁護士や検察官がよくそれを口にし、それは本作だけでなく様々な作品の法廷シーンでよく目にする。

では、実際の裁判でも「異議あり!」と声高に発することはあるのだろうか。

「私は普通に『異議あり』と言いますよ、あとは『異議です』とかも言いますね。ただ、ドラマの裁判シーンのように、法廷中に響き渡るような大声で異議を出すことはないです。実際の裁判はもっと淡々としているので、私は普通のトーンで言います(笑)」と言い、続けて「弁護士それぞれのスタイルがありますから」と語る。

「弁護士それぞれのスタイル」と聞いて、法廷シーンで明墨が姿勢を崩して座っている様が思い浮かび、それについて尋ねると「実際にあんな座り方をしていたら怒られます」と笑いながら語りつつも、「でも実際に撮影に立ち会ってみると、不思議と明墨という弁護士だったらそういう態度でも違和感がない、実際の法廷でもあの姿勢でいるんだろうなって思えてくるんです。そう思わされるということは、まさに長谷川博巳さんが明墨というキャラクターを完璧に体現されているからなんだと思います」と感嘆。

もちろん、「撮影に立ち会っていた当初は、座り方について指摘するべきかを悩んだ」と言うが、実際に鬼気迫る演技を目の当たりにする中で、この物語において明墨というキャラクターなら有りなのかもしれないと思うようになったそうだ。

他にも実際の法廷では怒られるだろうなという箇所はいくつかあると指摘する。「たとえば、法廷内をちょっと立ち歩くくらいは許されますが、例えば証人尋問の場面で、声を大きくして恫喝するような話し方になってしまうと注意を受ける可能性が非常に高いです。裁判所や検察官から、証言台に立つ人を圧迫する行為はやめてくださいと言われるでしょうね」と明かしてくれた。

なりふり構わないからこそのカタルシスがある

そもそも國松弁護士から見て、明墨というのは一体どんな弁護士なのだろうか。

「私も含め、大半の弁護士は今ある法律や裁判の仕組みの中で全力を尽くします。でも明墨は、法律や裁判の仕組みの外側からも自由自在に手を繰り出し、どんな手段を使ってでも無罪を取りにいく。その点において、明墨は弁護士としてどう行動するか、という視点で物事を見ていないのだろうなと感じています。自分が持つ信念に基づいて行動するために、最も都合の良い手段が弁護士だったから弁護士をやっている。そんなふうに考えているからこそ、弁護士資格を失うかもしれないという恐れがない。それが彼の強みなんでしょうね。彼には彼の正義があると思うのですが、私たちのような一般の弁護士が考える“弁護士としてどう在るべきか”というのとは違うベクトルで動いているので、そもそも拠って立つ正義の意味が違うと思っています」と自身の見解を示す。

「そうですね。検察側と弁護側が作るそれぞれのストーリーを傍聴席という観客の前で、裁判官という審査員に見せる。その上でどちらが好きなのかを選んでもらう。極端にいうとそういうことです。それぞれの当事者は、自分のストーリーに合った証拠があればどんどん使いますし、ストーリー上、都合の悪い証拠は排除する。証拠を全て出さなくてはいけないというルールはないので出さなくてもいいんです。

ただ、検察は組織力と強制力を行使して広く様々な証拠を集めることができる一方、弁護側にそんな余力も権限もありません。そこには歴然たる力の差があります。そんな中、今でこそ、裁判員裁判においては検察側がどんな証拠を持っているかという一覧リストが開示されますが、昔はそれすらもなかった。検察側がどんな証拠を持っているのか、出されていない証拠があるのかないのか、何も分からなかったんです。とても不利な状況だったんですよ」とその実状を語る。

「裁判官と検察官、弁護士という三者で裁判が進行するのですが、当たり前ですが、弁護士は弁護士としてできることしか普通はしません。被告人や事件関係者に話を聞くとか、証拠になりそうなものを確かめるとかですね。でもこのドラマは検察の証拠や裁判官の動きや判断にまで、一弁護士が様々な角度から食い込んでいく。現実とは違うけれども、そこが面白いなと思って拝見しています。検察が出してきた証人が嘘をついていないかなどの確認は当然しますが、そもそも、1、2話に登場したような鑑定書の捏造や検察と鑑定人との癒着を暴くなんてことは、通常の弁護士からすると発想の枠外です。しかも、その証拠の集め方はかなりグレーな方法でしたよね(笑)。でも、こうした変幻自在の技を繰り出して、まさに検察の主張を握り潰しています。最後の“ちゃぶ台返し”によって、我々には思い持つかないことをやってしまうストーリーがこのドラマの魅力ですね」と弁護士ならではの視点から物語を分析する。

実際に弁護士に無罪にしてくれと頼む依頼人はいる?

そんな中、殺人犯の無罪を主張するシーンにおいて実際は、「私は罪を犯しましたが、なんとかしてくださいと言われることはほとんどない」のだとか。

「堂々と罪を認めながら、犯人ではないと主張して欲しい、と頼まれることはなかなかないですが、弁護人としては客観的な証拠や状況から見て罪を犯した可能性があると感じても、本人の意向にそって「やっていない」と主張する…そういった状況なら少なくありません。私の経験では多くの場合、被疑者・被告人と粘り強く対話を重ねる中で、実は犯人であるという告白を聞かされた、というパターンが結構多かったです。こうしたことがあるので、私は、本人から本当のことが聞けたと確認が持てるまで、とにかく面会に通って対話を重ねていくことを心掛けています」と、真剣な表情を垣間見せた。

最後に、國松弁護士がなぜドラマの法律監修をしているのかという話題に移ると「私もエンタメが好きなんです」とトーンが一変。自身もその昔、法曹界を描いたエンタメ作品に触れ、弁護士という職業に興味が出たと明かしてくれた。そして、現在法律家を目指す学生などから話を聞かせてもらいたいと問い合わせをもらうこともあるのだとか。

「エンタメコンテンツはリーチの幅が段違いなので、影響力がとても強いと思います。そこで興味を持ってもらえれば、我々の業界にとってはとても良いこと。ドラマの監修をする弁護士は決して多くはありませんが、カッコイイ仕事だなと思ってもらえるエッセンスを加える作業をすることで、法律や裁判、あるいは法曹という職業に興味を持つ人が1人でも増えてくれたら。それが、この業界で仕事をさせてもらっている私の役割だと思っています」と法律監修としての矜持を示し、インタビューを締め括った。

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