東南アジアのタイに「ドンパヤーイェン-カオヤイ森林群」という世界遺産があります。ドンパヤーイェン山脈に230キロも広がる森林地帯で、4つの国立公園と1つの野生生物保護区で構成される自然遺産です。その中のひとつ、カオヤイ国立公園を番組「世界遺産」で最近取材したのですが、アジアゾウの貴重な生態を撮ることができました。
ゾウが掘った不思議な穴
通常、ここのように森で暮らすアジアゾウを撮影するのは至難のワザです。野生のゾウは警戒心が強い上、森は見通しがきかないため警戒されない遠方からゾウを発見して撮影するのが難しいのです。ところがカオヤイ国立公園には、待っていれば必ずゾウが撮影できる絶好の撮影スポットがあります。それが「塩場」と呼ばれる所。ここには塩分やミネラルを含んだ土があり、それを食べるためゾウが定期的にやってくるので、待っていれば撮影できるわけです。番組でも塩場を撮影したのですが、森の中に開けた草原があり、そこに大きな穴が点々と開いています。そこへゾウの群れがやってきて、穴に到着。長い鼻や牙を器用に使って、土を掘っては食べていきます。大きな穴は、ゾウが掘った跡だったのです。
ゾウの群れにいるのは血縁関係にあるメスと子どもたち、つまりおばあちゃん→娘→孫娘といった女系です。子どもの中にはオスもいますが、大きくなると群れを出て単独で暮らすようになります。群れのリーダーは通常は最年長のメス(つまり、おばあちゃん)で、塩場の場所などを熟知している経験豊富なおばあちゃんに率いられて、群れは森の中を移動しています。大人のゾウは一日100キロ以上も植物を食べるため、一ヵ所にとどまって食べ物=植物を食い尽くしてしまわないように、移動しながら食べ続けているのです。
森を守った!野生ゾウの悲劇
滝つぼからなんとか脱出しようとする子ゾウ。その子ゾウを救おうとして落下したと思われる3頭の大人のゾウ。ゾウは、群れで子どもを守るという意識がきわめて強いのです。水中のゾウたちは徐々に弱っていき、やがて滝つぼのなかで動かなくなっていきました。
このゾウたちの断末魔の映像は、タイでもニュースとなり、人々に衝撃を与えました。タイではゾウは特別な動物で、白いゾウは仏陀の化身とされ、かつて王は白いゾウに乗って戦場に出たといいます。神聖でパワーの象徴である一方、「ゾウの足の間をくぐると良いことがある」といった言い伝えもあり、一般にも親しまれています。今はいなくなってしまいましたが、当時のバンコクではゾウ使いに連れられたゾウがよくいて、お金を払って足の間をくぐらせてもらっている人を見かけました。
そんなゾウの悲劇が、原因となった森林伐採の見直しや森の保護をすすめる契機となりました。世界遺産に登録されるためには、森の保護や管理が十分に整備されている必要があります。ゾウたちの死がそうした整備を進め、18年後の世界遺産登録へとつながっていったと言えるのです。
そしてドンパヤーイェン-カオヤイ森林群は、アジアゾウを含む絶滅危惧種の貴重な生息地として世界遺産に登録されました。まさにゾウたちが命をかけて守った森です。
執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太
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