アンガス(左、セッサ)とポール(右、ジアマッティ) SEACIA PAVAO / ©2024 FOCUS FEATURES LLC.

<1970年代の高校を舞台に「意外な友情」を映し出す、アレクサンダー・ペイン監督最新作。アカデミー賞でも脚光を浴びる名優たちと肩を並べた映画初出演の新人にも注目>

中途半端なインテリで、きつい皮肉を繰り出すけれど、どこか哀れな雰囲気を漂わせているおじさん。

そんなキャラクターを演じさせたらピカイチの俳優ポール・ジアマッティが、アレクサンダー・ペイン監督の新作『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』で主人公を好演している。2人がタッグを組むのは『サイドウェイ』(2004年)以来、20年ぶりだ。

舞台は1970年、米ボストン近郊の全寮制高校バートン校。クリスマス休暇が近づき、みんな家族と過ごすために故郷に帰っていくが、寮に残らなければならない生徒が何人かいる。

頑固な古典の教師ポール・ハナム(ジアマッティ)は、良家の生徒を落第にした(そのために学校への寄付が減った)「罰」として、校長から居残り組の監督をするよう命じられる。

もともと生徒に人気のないポールだが、居残り組の生徒たちに自習を強い、休み時間には運動を課して、大ブーイングを浴びる。

ところが、あるリッチな保護者の計らいで、居残り組は一転、スキーリゾートでクリスマスを過ごすことに。みんな急いで親の承認をもらうが、アンガス・タリー(ドミニク・セッサ)だけは両親と連絡がつかず参加できない。

一方、寮の料理長メアリー・ラム(ダバイン・ジョイ・ランドルフ)は、息子がベトナム戦争で戦死して、初めて独りぼっちでクリスマスを過ごそうとしていた。

こうしてポールとアンガスとメアリーの3人による奇妙なクリスマス休暇が始まる。

年齢も立場も違う3人だが、やがて意外な友情を育むことになる──。そんな展開は誰にとっても意外ではないだろう。

それでも『ホールドオーバーズ』は、個性的な俳優と優れた脚本によって、お決まりの展開が着心地のいいカーディガンのように感じられる作品に仕上がっている。

俳優たちの演技が光る

これは映画全体が、どこかレトロな雰囲気を醸し出していることと関係がありそうだ。

ペインが『ペーパー・ムーン』(73年)など70年代の名作を参考にしたのは間違いなさそうだが、撮影に35ミリフィルムを使い、サウンドをステレオではなくモノラルサウンドにしたことも功を奏したようだ。おかげで映画全体に、どこか既視感が漂っている。

ペインが「時代物」の映画を撮るのはこれが初めてだが、登場人物を通じてパンチの効いた社会風刺をするのは、彼の得意とするところだ。ただ、珍しく脚本は担当しておらず、テレビドラマの脚本で活躍してきたデービッド・ヘミングソンが担当している。

ランドルフは本作の演技でオスカーを獲得 SEACIA PAVAO / ©2024 FOCUS FEATURES LLC.

ペインは最初からジアマッティのキャスティングを想定し、ヘミングソンにその旨を告げて脚本を依頼した。ヘミングソンはこの作品で、今年のアカデミー賞オリジナル脚本賞にノミネートされた。

ジアマッティは最高に笑えるだけでなく、インテリだけれど出身高校の教師になる以上のことを成し遂げられなかった男の悲哀を見事に表現している。終盤でポールが大学時代の同期生と偶然再会するシーンを見れば、アカデミー賞にノミネートされたのもうなずける。

ランドルフは、ネットフリックスのコメディー映画『ルディ・レイ・ムーア』(19年)で、主演のエディ・マーフィーを食う演技を見せたが、本作でもコミカルかつ懐の深いメアリーをこまやかに演じて、アカデミー賞助演女優賞を受賞している。

『ホールドオーバーズ』が、70年代の雰囲気をうまく再現しつつ、70年代に製作された映画と大きく違うのは、黒人女性料理長のメアリーを、「主人公の皮肉に早口で突っ込む面白い脇役」として扱うだけでなく、その心情を深く掘り下げた点だろう。

サブジャンルの定番に?

セッサは、ペインが映画の舞台となる高校を探している時に見いだした新人で、これが映画初出演。ポールの嫌みにすぐ切り返す頭の良さと、家族に見捨てられた感覚を併せ持つアンガスにぴったりの荒削りな部分を持つ。

もちろんまだこれからの部分も多く、ジアマッティやランドルフといったベテランと並ぶシーンでは、セッサの演技の未熟さが目立って、ストーリーにのめり込めないという批判さえ聞かれた。

だが、アンガスの秘密と苦悩が明らかになる映画の終盤は、十分説得力のある演技を見せていたと筆者は考えている。

優れたクリスマス映画はどれも、実のところクリスマスが寂しい時期であることを理解している。過去の思い出や家族や故郷を心温まる美しいものと決め付けるこの季節は、苦々しさや孤独感や疎外感といった正反対の感情を同じくらい強烈に呼び起こす。

『ホールドオーバーズ』は、クリスマスソング「ああベツレヘムよ」の合唱が流れるなか、雪化粧で絵画のように美しいバートン校の映像から始まる。だが、その後に続く物語は、孤独で心がゆがんだ主人公が改心する『クリスマス・キャロル』に近い。

ペインの過去の作品は、感情が排除されて冷たすぎると批判されることもあるが、『ホールドオーバーズ』は感傷的すぎると批判されるかもしれない。だが筆者の中では、「惨めなクリスマス映画」というサブジャンルで定番になる可能性を秘めている。

少なくとも、ジアマッティが抑揚のない口調で繰り出す、とりわけ下品だが気の利いたセリフは、パチパチと燃える暖炉の火のように心を温めてくれるだろう。

©2024 The Slate Group

THE HOLDOVERS
ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
監督/アレクサンダー・ペイン
出演/ポール・ジアマッティ、ダバイン・ジョイ・ランドルフ
日本公開は6月21日

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