イケメン俳優として知られるパウエルだが、新作では「イケてない」大学教授が偽の殺し屋になる複雑な役柄に挑む PHOTO ILLUSTRATION BY SLATE. PHOTOS VIA NETFLIX-SLATE

<端正なルックスで順調にキャリアを積んできたグレン・パウエル。『トップガン マーヴェリック』で主演を食う勢いを見せた注目俳優が、Netflix映画『ヒット・マン』で大化けの予感>

メディアは長年、グレン・パウエルを「次世代の大物」、ハリウッドの新スターに仕立てようとしてきた。だが彼は「あの男」、つまり『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』のナンパ男、『セットアップ』のアシスタントと、映画ファンに呼ばれる立場からついに抜け出せないでいた。

だが『トップガン マーヴェリック』で、彼は主演のトム・クルーズを食ってしまいかねない生意気な魅力を発揮。準主役を演じた若手俳優を差し置いて、「次世代のクルーズ」として注目を集めた。


この映画に出たおかげで、パウエルはクルーズが映画作りについて語る6時間の映像を特別に見ることができた。スターになるコツがそこに含まれていたかは不明だが、パウエルの最新の主演作『ヒット・マン』(日本公開は未定)を見ると、クルーズからとても重要な教訓を学んだことが分かる。

それは「難しそうに演じろ」だ。

見た目は苦労なしのイケメンで、10代のときに『スパイキッズ3-D』で映画デビューして以来、順調にキャリアを積んできたパウエル。

だがイケメンであれば映画ファンが夢を託すペルソナ(仮想人格)になれるわけではない。独特の持ち味、唯一無二のオーラが必要だ。そこが映画スターとインスタグラムのインフルエンサーの違うところ。

スターは美形か、少なくとも個性的なルックスでなければならないが、ただ「イケてる」だけではダメだ。

誰もが運転を覚えるよりも先に、自分のキメ顔を覚えるこの時代、イケてるルックスなんて売るほどある。それでも『恋するプリテンダー』のパウエルとシドニー・スウィーニーほどビジュアル抜群のカップルはちょっと想像できない。

この映画は興行的な出足は今イチだったが、徐々に人気が出て世界的なヒット作になった。おかげで次世代のスターとしてパウエルを推す声が初めて説得力を持った。

だが同作の中身は期待外れだ。理由は映画の中ではパウエルもスウィーニーも弱さを見せないこと。恋愛ものの傑作には、カップルが互いを必要とする依存的な要素がちょっとだけ必要だ。

けれども依存は弱さにつながり、弱さは将来の二枚目スターがまず見せたがらない要素でもある。結果、パウエルもスウィーニーも負け知らずの格闘家ばりに全く隙を見せない。

観客の心を揺さぶるのは、無残に打ちのめされ、傷だらけで立ち上がるヒーローであり、全てのパンチを巧みにかわす無敵のヒーローではない。

HUBERT VESTIL/GETTY IMAGES

『恋するプリテンダー』も、パウエルの魅力を引き出そうとはした。彼が演じる主人公ベンが恥をかく場面を設定し、この役柄に人間味を持たせようとしたのだが、不発に終わった。

それはベンがショーツに入った毒グモを追い払おうと慌てて裸になる場面だ。観客は彼の狼狽ぶりを笑うどころか、鍛え上げた肉体に目を奪われることになった。


観客との親密な絆が鍵

パウエルがリチャード・リンクレーター監督と共同で脚本を手がけた『ヒット・マン』はそれとは違う試みで勝負する。パウエルを普通の男に見せようとしているのだ。

ニューオーリンズ大学の心理学教授ゲーリー・ジョンソンを演じる彼は、見た目はパウエルだが自分が「イケてる」ことを意識していないパウエルだ。

縁なしメガネをかけ、フロイト風にイド、エゴと名付けた2匹の猫を飼い、別れた妻には「情熱は足りないけど良い人」と思われ、学生にはニーチェを引用して「人生を危険にさらせ」と言いつつ、自分は無難で退屈な日々を送る男......。

一方で彼は副業として警察の覆面捜査の録音作業を手伝っている。殺し屋を雇おうとする依頼人の音声を録音し逮捕につなげるためだ。ところがひょんな成り行きで彼自身が殺し屋に扮する捜査官を務めることになる。

意外にもこの仕事は彼に合っていた。長年人間の行動を研究し、他人を観察するスキルを磨いてきたおかげで、依頼人の心理を読み取り、依頼人が望むタイプの殺し屋になれるからだ。

依頼人の好みに合わせてさまざまなタイプの殺し屋に七変化するゲーリー。その豹変ぶりは笑えるが、見方によっては下手なギャグのよう。ドン引きする観客がいてもおかしくない。それでもパウエルが間抜けに見える演技をいとわないことは分かる。

最終的にゲーリーはロンという名の殺し屋に扮する。彼は、元夫の虐待男から逃れたいマディソン(アドリア・アルホナ)にとって頼りになる優しい男、理想的な殺し屋だ。

マディソンとロンは恋に落ちる。立場上おおっぴらにできない関係だから、人目を忍んで会うことになり、結果的に会えば毎度のように激しく互いを求め合うことに......。

観客はやがて気付く。ゲーリーはマディソンの性的魅力に溺れるロンを「演じている」のではない。この情熱的な男が本来のゲーリーだ。ただ、情熱的なイドが噴出して、理性的なエゴを打ち負かすのを待っていただけなのだ、と。

マディソンに会ったことでゲーリーは変わった。さりげない変化だが、もう元には戻れない。大学での講義中にも彼はうっかりロンの一面を見せてしまい、「先生ってこんなにホットだったっけ?」と学生が不審に思う始末。

観客は初めから彼が本質的にはホットな男だと知っている。作中ではゲーリーはずっとホットではないふりをしているから、観客と彼、見る者と見られる者の間に親密な秘密の絆が生まれることになる。


俳優をアイコン的存在にするのはこの親密な絆なのだ。パウエルはようやくその活用術をつかんだらしい。

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