二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された7話の医学的解説についてお届けする。
※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。
大動脈弁閉鎖不全症
心臓の中には4つの部屋があって、血液を一方通行に流すためにそれぞれの部屋の間には弁(一方向にだけ開く扉)があります。
大動脈弁閉鎖不全症の大動脈弁は心臓の出口にある扉で血液は左心室から大動脈弁を通って大動脈→全身へと流れていきます。この大動脈弁が閉じなくなってしまった病気が大動脈弁閉鎖不全症です。文字通り閉鎖が不全(完全ではない)な病気です。
せっかく大動脈から全身に流れた血液が大動脈弁が閉じないと左心室に戻ってきてしまいます。左心室はせっかく全身に血液を送ったのに、血液がまた戻ってきた、また戻ってきたと非常に大変です。こんなに頑張って全身に血液を送っているのに、また戻ってきたよ、と負担がかかります(心負荷)。一旦送った血液が戻ってきてしまいますので、左心室はだんだん大きくなってきます(心拡大)。
心臓はある程度締まっていないと力を発揮できませんので、心臓が拡大して心筋が伸びてくると、パワーが出なくなってしまいます(伸びきったゴムのようになってしまいます)。全身が必要とする血液を送ることができなくなってしまうのです(心不全)。
大動脈弁閉鎖不全症はこのように心臓の筋肉が伸びきってしまわないうちに手術をしたほうがいいと言われています。手術は大動脈弁を人工弁に取り替える大動脈弁置換術と大動脈弁を修理する大動脈弁形成術があります。
大動脈弁閉鎖不全症の大動脈弁置換術は、基本的な手術で心臓外科のトレーニングを受け始めた外科医が最初に行う手術の一つです(心房中隔欠損症の手術も基本的な手術と言われています)。基本的な手術といっても、簡単ではありません。心臓手術に簡単な手術はありません。すべて難易度としては中等度以上になります。
私も最初に執刀した心臓手術は大動脈弁閉鎖不全症の大動脈弁置換術で、ある朝いきなり上司に「今日の手術お前やれ」と言われました。仙台厚生病院という病院にいたころで卒後4年目でした。先輩からは「次のAR(Aotric Regurgitation:大動脈弁閉鎖不全症のこと)来たら執刀回ってくるから準備しておけよ」と前々から言われていたので、日々勉強して準備はしていたものの、いざ執刀となると今までにない緊張が襲ってきました。
もしここで少しでも手術手順を間違えるようものなら烈火のごとく叱られ、もう一生手術が回ってこないかもしれません。いきなり「お前は才能ないから心臓外科医になる資格ない。やめていいよ。患者に迷惑だ」と本気で言うような上司でした。それで辞めていった医師たちは数知れませんでした。渡海先生ではありませんが「できない医者は死んでいい」を地で行くような人でした。
まず皮膚を切開して、この時左手にはガーゼを持って右手にメスで、メスは皮膚に対して垂直に入れて、次は電気メスで脂肪と筋肉を胸骨まで切って、ストライカーという医療用の電気ノコギリで胸骨という骨を切って、左手にセッシを持って、右手に電気メスを持って胸骨の骨髄を止血して、布で骨髄を覆って、開胸器で胸を開いて、ガーゼで心膜の上の脂肪をさっと剥離して、左手にセッシ、右手に電気メスで心膜に切開を入れて、心膜をシルクの糸で吊り上げして縛って、助手がその糸をきって、次は人工心肺を回す準備に取り掛かるために大動脈の内腔をエコーで確認して、ヘパリンを麻酔の先生に投与してもらって…。
それぞれの手順で左手に何を持って、右手に何を持って、何に気をつけて、針の角度はこれくらいでどこの何mm外側から何mm下に針を出す、助手にこういう指示を出して、オペ看護師に次の道具を用意してもらって、人工心肺のこういうトラブルに気をつけて…がすべて決まっていますので、すべて覚えてないと鉄拳制裁を受けます。「どんだけリスクの高いことやっていると思っているんだ!覚えていて当たり前だろ!準備して当たり前だろ!」緊張でほとんどの人が手が震えて何もできず、途中で「出ていけ!」と言われて手術室を退場させられていました。
自分はなんとか最後までやりきることができ、目の前に心臓外科医としての道がほんの少しですが見えた気がして、とてつもなく嬉しかった覚えがあります。
祥子さんのように若い方には大動脈弁形成術(1話にも出てきました)を行う場合があります。人工弁に取り替えませんので、お薬を飲まなくても良いというメリットが出る可能性があります。大動脈弁形成術は弁置換術より難易度が上がりますので、心臓外科医が最初に行う手術ということにはなりません。
心房細動
次に心房細動ですが、これは不整脈の一種です。不整脈には危険な不整脈と危険ではない不整脈があります。
危険な不整脈の代表は、このドラマでも出てきた「Vfです!」。Vfとは心室細動で、全身に血液を送らなければならない左心室がブルブルと震えてしまって(痙攣してしまって)、全身に血液を送れなくなってしまいますので非常に危険です。AEDを使用することによって救命できますので、一般の方にも知っておいてほしい危険な不整脈の代表です。
一方、危険ではない不整脈に分類される不整脈がこの心房細動です。心房細動の原因は、一つは弁膜症で、弁の機能が悪いと心房に負担がかかり心房細動が起こります。また飲酒、ストレス、甲状腺疾患、高齢などが原因と言われています。
ブルブル震えるのは心室ではなく心房ですのでそこまで危険ではありません。心房から心室に血液が流れる力はどちらかというと、心室が拡張することによって起こると言われています。心室が拡張することにより大半の血液が心房から心室に引き込まれますので、心房が収縮することによる血流はそこまで重要ではありません。つまり心房がブルブル震えていても、きちんと血液は流れてくれるのです。
ただ危険ではない不整脈である心房細動ですが、一番厄介なのは心房がブルブル震えると、少なからず血液の流れが心房の中で停滞しますので、心房の中に血栓(血の塊)ができてしまうということです。流れが悪い川にゴミが溜まりやすいように、血液の流れが悪くなると左心房とくに左心耳に血の塊ができやすくなります。
左心耳は以前も説明しましたが、崩落事故での救急外来で世良先生が縫合した、あの左心耳です。血栓ができ、それが左心房から左心室に行き大動脈から脳の動脈に飛んで行って詰まってしまえば、脳梗塞になって麻痺が出たり、意識障害が出てしまうことがあります。ですので、心房細動がある人で血栓ができやすいタイプの方は血液がサラサラになるお薬を飲んだほうが良いのです。
祥子さんは、術前はおそらく血栓がなかったのでしょうが、カエサルによる大動脈弁手術が終わり、経食道心エコーで観察すると左心耳に血栓ができていました。血液をサラサラにするためのヘパリンという点滴の薬がよく効いていなかったのかもしれません。
いくら院長命令とはいえ、手術中に左心耳に血栓が見つかって、そのまま放置するのはいけません。高階先生は見事にカエサルにより左心耳の血栓を摘出したのでした。
高階先生と専門用語
今回は医療系ドラマで、それだけに専門用語が非常に多く、演者の皆様の努力には毎回頭が下がります。とくに高階先生は説明的なセリフも多く、非常に大変だと思います(もちろん他の皆様も)。
本来私たちは略語を多用しますので、日本語で長いセリフを言うことはほとんどありません。「大動脈弁閉鎖不全症に対して大動脈弁置換術を行う」なら「ARに対してAVRを行う」になってしまいますし、「僧帽弁閉鎖不全症に対する僧帽弁形成術」なら「MRに対してMVPを行う」で済んでしまいます。ほぼ100%私は演者の皆さんのように正確にセリフを言うことはできない自信があります。
ちなみに高階先生が一番苦労したセリフは「左開胸による両側肺動脈血栓摘出術を行う」だそうです。
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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介
冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。
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