太宰が『人間失格』を脱稿

1948(昭和23)年 太宰治が3月に起稿した中編小説『人間失格』を脱稿。本当の自分を誰にもさらけ出すことのできない男の人生を、その男の視点で描いた。自己破滅型私小説家が最後に残した典型的な作品。太宰は、その1カ月後の6月13日に愛人と玉川上水で入水自殺。著者死亡の翌月の7月25日、短編『グッド・バイ』と合わせて筑摩書房から刊行された。新潮文庫版だけでも累計発行部数731万9000部(2023年5月11日時点)となっており、夏目漱石の『こころ』と何十年にもわたり累計部数を争っている。

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その他の出来事

「米よこせ」赤旗掲げ皇居にデモ

1946(昭和21)年 東京都世田谷区で日本共産党員などが中心になって「米よこせ区民大会」を開き、デモ隊が赤旗を掲げ宮内省(現宮内庁)に押しかけた。敗戦後の深刻な食糧難のなかで5月1日、11年ぶりの中央メーデーが50万人を集めて行われた。その実行委員会が飯米獲得のために大衆動員活動を決定。この日の行動が第1弾で、1週間後の19日に、より大規模な「飯米獲得人民大会」(通称「食糧メーデー」)が行われる。

しまなみ海道の大三島橋が完成

1979(昭和54)年 しまなみ海道(西瀬戸自動車道)の一部を構成し、伯方島と大三島(いずれも愛媛県今治市)を結ぶ「大三島橋」が完成、供用開始。しまなみ海道は、3ルートある本州四国連絡橋(本四架橋)の1つで、「大三島橋」は本四架橋の最初の橋として完成したが、しまなみ海道はオイルショックの影響で一時工事が凍結されるなど、全線完成は2006年と3ルートの中で最も遅かった。

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