4月2日に開催された経済財政諮問会議で、内閣府は「中長期的に持続可能な経済社会の検討に向けて」と題した試算結果を発表した。これは、同会議で今後の経済財政政策の方針を決めるのに際して、議論の素材として将来の経済・財政・社会保障に関する定量的な展望を示すことが狙いとみられる。
この内閣府の長期試算は、2060年までの日本経済の姿と、それを踏まえた財政・社会保障の姿を具体的に示している。
まず、2060年までの日本の経済成長について、3つのシナリオを用意している。①現状投影シナリオ、②長期安定シナリオ、③成長実現シナリオである。
結論から先にいうと、技術進歩と労働参加が促され、やや高めの出生率が実現することで、実質成長率が1%超となり、医療と介護の改革が着実に進めば、大規模な増税をしなくても、日本の財政は持続可能である、ということである。
ここで、「財政が持続可能」というのは、政府債務残高(公債費残高)対GDP比が安定的に下がり続けることを意味する。
現状、安定、成長の3つのシナリオ
では、長期試算の内容をみよう。
現状投影シナリオは、2030年代後半以降のTFP(全要素生産性)上昇率を0.5%とし、労働参加が一定程度進み、出生率が1.36(国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」(2023年推計)の出生中位)まで上昇すると仮定したシナリオである。
このシナリオでは、「就業者数が将来減少することにより経済成長率も低下する」という影響が支配的になる。内閣府が示した実質成長率は、2040年代以降は、日本経済はほぼゼロとなる。
長期安定シナリオは、2030年代後半以降のTFP(全要素生産性)上昇率を1.1%とし、労働参加が大きく進展し、出生率が1.64(「将来推計人口」(2023年推計)の出生高位)まで上昇すると仮定したシナリオである。
このシナリオでは、現状投影シナリオと比べて、技術進歩と労働参加の進展により成長率が押し上げられるのに加えて、出生数の増加により2040年代以降0.08~0.18%さらに成長率を押し上げ、2030年代以降実質成長率は1.1~1.3%で推移するという。
成長実現シナリオは、2030年代後半以降のTFP(全要素生産性)上昇率を1.4%とし、労働参加は長期安定シナリオと同じく大きく進展し、出生率が1.8(政府が掲げる希望出生率)まで上昇すると仮定したシナリオである。
このシナリオでは、長期安定シナリオと比べて、技術進歩による成長率の押し上げに加えて、出生数のさらなる増加により2040年代以降0.04~0.1%さらに成長率を押し上げ、2030年代以降実質成長率は1.5~1.7%で推移するという。
これらのシナリオの実現可能性については後述するが、ひとまず現状投影シナリオと長期安定シナリオに絞って、今後の日本の財政がどうなるかをみよう。
財政のカギを握るのは「医療・介護」
財政収支の行方は、財政支出と税収の推移にかかっている。財政支出の中でも社会保障費が最大の費目である。特に、今後その増加が大きいと見込まれるのが医療と介護である。
内閣府の長期試算では、医療と介護について、特別に細かく推計している。まず、各費目の動向について、人口構成の変化、単価の伸び、医療の高度化等といったその他要因に分けて推計している。
人口構成の変化は、前掲の「将来推計人口」等を踏まえたもので、高齢化率は今後さらに上昇するから、その分だけ医療・介護費は増える。
単価の伸びは、賃金上昇率(就業者1人当たり名目GDP成長率に相当)等を勘案して増えると見込んでいる。
そして、その他要因の部分の医療費については、これまでの実績を考慮して年率1%で医療費が増加するケースと、医療の高度化が加速すると見込んで年率2%で医療費が増加するケースの2つのケースを推計している。
経済成長と医療・介護費の関係をここで整理しておこう。
経済成長率が高いときには、それだけ賃金も上昇するから、医療・介護従事者の賃金を増やす分だけ医療・介護費が増えることになる。医療・介護費が増えれば、その財源となる税金や保険料の負担も増える。
ただ、経済成長率が高いと医療・介護従事者以外の所得も大きく増えているから、所得に比した負担率は緩やかにしか高まらない。最近でも、通常国会で岸田文雄首相が「実質的な負担増とはならない」と答弁しているのも、この点を暗に意図している(もう少しわかりやすく説明すべきだとは思うが)。
負担額は増えても、それ以上に所得が増えれば、所得に比した負担率は上がらないという構図である。
他方、経済成長率が低いときには、その逆で、賃金があまり増えないから、医療・介護費はさほど増えず、その分、税金や保険料の負担額はあまり増えないものの、所得が伸び悩むために、所得に比した負担率は高まることになる。
成長がなければ医療費が増え、負担率が上がる
この構図が、現状投影シナリオと長期安定シナリオで起こる。つまり、より実質成長率が低い現状投影シナリオでは負担率がより高まる一方、長期安定シナリオでは負担率は緩やかにしか上がらない。
医療・介護費の対GDP比は、2019年度に8.2%だったが、現状投影シナリオでは2060年度には、その他要因による医療費の年率増加率が1%のときには13.3%にまで上昇、2%のときには16.1%にまで上昇する。
このままではわかりにくいので、筆者の独自の計算で、国民負担率に換算してみよう。国民負担率が50%に近づいて「5公5民」などと話題になった指標である。
国民負担率の分母は国民所得であるから、前述の比率の分母であるGDPとは異なる。近年の日本では、国民所得はGDPのおおむね72%に相当する。したがって、単純化すれば、対GDP比の比率が1%ポイント上がると、対国民所得比の比率は1.389%ポイント(=1÷0.72)上がることを意味する。
2019年度の日本の国民負担率は44.2%だった。そこで、現状投影ケースのその他要因で医療費が年率1%増加するケースでは、2019年度から2060年度にかけて医療・介護費は対GDP比で5.1%ポイント増加するから、その財源負担が国民に及ぶと、対国民所得比では約7.1%ポイント上昇する。
つまり、2060年度には、他の要因では負担率がいっさい上昇しないと仮定しても、国民負担率は51.3%と50%を超えることが予想される。
同様に計算すれば、現状投影シナリオの医療費がその他要因で年率2%増加するケースでは、2019年度から2060年度にかけて医療・介護費は対GDP比で7.9%ポイント増加するから、対国民所得比では約11.0%ポイント上昇して、国民負担率は55.2%に達すると予想される。
これは、実質成長率が低い現状投影シナリオである。他方、それより実質成長率が高い長期安定シナリオではどうか。
同様に医療費増加について2つのケースを想定しており、2060年度の医療・介護費の対GDP比は、医療費がその他要因で年率1%増加するケースでは10.5%(2019年度比2.3%ポイント上昇)、年率2%増加のケースでは12.7%(2019年度比4.5%ポイント上昇)と推計している。現状投影シナリオよりも低くなっている。
先と同様に、長期安定シナリオでも国民負担率換算にすると、2060年度には、年率1%増加のケースでは47.4%、年率2%増加のケースでは50.5%となる。そうしたインパクトである。
効率化と負担見直しで医療介護費8%台をキープ
国民負担率を上げないようにするには、医療・介護費で、いかに工夫してその費用の増加を吸収するかがカギとなる。
内閣府の長期試算では、医療介護分野でのDXの活用などによる給付の適正化・効率化、地域の実情に応じた医療・介護提供体制の構築、高齢世代の自己負担割合の引き上げなどによる負担構造の見直しによって、医療高度化などその他要因で年率1~2%増えるかもしれない医療・介護費の増加を吸収することを期待している。
それが実現できれば、長期安定シナリオでは、医療・介護費の対GDP比を、2019年度から2060年度にわたって、8%台にキープできる姿を示している。つまり、国民負担率が、医療と介護の要因によって上がるということにならないようにできるわけである。
では、わが国の政府債務残高(公債等残高)対GDP比はどうなるか。残された推計上の仮定としては、社会保障以外の経費と歳入、そして経済成長率と長期金利の関係についてである。
内閣府の長期試算では、社会保障以外の経費と歳入は、名目成長率と同率で増加すると仮定している。つまり、社会保障以外の経費の対GDP比と歳入対GDP比は2034年度以降不変としており、この両者の要因によって財政収支が悪化することはないという仮定となっている。
逆にいうと、財政収支が悪化するか否かは、社会保障費、特に前述した医療・介護費の伸び次第、という想定である。
大幅な消費増税は想定せず
また、別の言い方をすると、社会保障以外の経費は、対GDP比が一定に維持できる程度には抑制されるが、それ以上に削減されることは想定していない。例えば、児童数が減るのに伴い教育費の対GDP比が下がっても、その分、他の社会保障以外の経費が増やせるという想定ともいえる。
さらに、歳入対GDP比も一定に維持するという仮定だから、増税するとしてもその範囲内でしか増税をしないことを仮定している。
消費税率について、内閣府の長期試算ではいっさい言及がないが、仮定から逆算すれば、人口減少によって消費税収が減るものの、所得が前述のような経済成長率で増えて、それに伴い1人当たり消費が増えることで消費税収対GDP比が大きく下がらなければ、大幅な消費増税は想定していないといえる。
名目成長率と長期金利の関係は、内閣府が別途出している「中長期の経済財政に関する試算」で、2033年度に長期金利が名目成長率よりも0.6%ポイント高い結果となっていることを援用している。
これを踏まえて、公債等残高対GDP比はどうなるかをみると、2040年代以降ほぼゼロ成長である現状投影シナリオでは、医療・介護費の対GDP比が前述のように上昇することもあって、基礎的財政収支対GDP比が年を追うごとに悪化して赤字幅が拡大するため、公債等残高対GDP比は上昇が止まらず300%近くに達するという。
実質成長率が2030年代以降、1.1~1.3%で推移する長期安定シナリオでは、公債等残高対GDP比は2040年代までは低下するが、その後反転して上昇するという。これは、医療・介護費が、現状投影シナリオよりも緩やかとはいえ、2040年代以降も増加し続けて、基礎的財政収支が悪化してしまうからである。
ただ、前述のように、改革に取り組んで医療・介護費の増加を吸収することができれば、2040年代以降も公債等残高対GDP比は低下し続け、日本の財政は持続可能となることが示された。
未来予想図を実現するためにやるべきこと
今般の内閣府の長期試算は、論理的な可能性を突き詰めて、今後の日本の経済・財政・社会保障の姿を示す意味で意義深い。とはいえ、何の追加的な努力なしに実現するほど楽観できるものとはいえない。
実質成長率を2060年まで(平均的に)1%超で維持し続けられる産業構造にしてゆかなければならないし、国民負担を増大させないような医療・介護の改革にも手抜かりなく実行しなければならない。基礎的財政収支の黒字を2025年度以降も2060年度まで最低でも35年間悪化させないように維持し続けなければならないことはもちろんである。
そうしなければ、公債等残高対GDP比は低下し続けないのである。
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