2024年4月13日にイランが行ったイスラエル攻撃の決断は、実はイランにとっては難しいものではなかった。ガザでの戦闘が始まって以降、イランの「戦略的忍耐」は限界に達していたし、イスラエルがシリアのイラン領事館を攻撃したことで堪忍袋の緒が切れた。
イラン自らが報復せざるをえない状況であるという認識は、イラン社会すべての人たちの間で共有されていた。保守派や改革派、エリート、一般庶民を問わず、ほぼすべての人々が一致して攻撃に賛成した。
イランの誰もが報復攻撃に賛成
改革派の新聞のみならず一部の保守派の新聞までもが、遅きに失した。4、5年前に攻撃するべきだったと報じた。
皆の意見が一致したイスラエル攻撃ではあったが、攻撃を支持した理由はバラバラだった。
報復の目的を「革命防衛隊の指導者殺害への復讐」と考える者もいれば、西アジアにおけるイランの影響力を確固としたものにするためとか、シリアにおけるイスラエルの影響力を抑えるためには戦略的抑止力を行使してパワーバランスを保つ必要があるというのもあった。
さまざまな意見の中で物議を醸しているのが、イラン人宗教指導者メヘディ・ターリブ氏の「シリアはアフワズより重要」という発言だ。
アフワズというのはイラン西部・フーゼスターン州の州都だ。イランにおける石油埋蔵量の9割はこの地方にあり、住民の多くはアラブ人だ。
もともと、「シリアはアフワズより重要」と発言したメヘディ・ターリブ氏は、イラン最高指導者室に属する「アンマル」ソフトパワー戦争戦略本部理事長で、イラン聖地コムのハウザと呼ばれるシーア神学校の教授という人物だ。
イラン革命防衛隊の民兵組織バシジの学生動員部隊「学生バシジ」が運営するサイト「ダンシジョ」が2024年4月18日に、マハディ・ターリブ氏の次のような文章を掲載した。
「シリアを失ったらテヘランを守ることはできない。仮にフーゼスターン州アフワズを失ったとしても、シリアを保持し続けていれば、フーゼスターン州は取り戻せる」
「シリアは(イランの)第35番目の県で、戦略的に重要な県である。もし敵が攻めてきて、フーゼスターン州とシリアのどちらかをあきらめなくてはいけなくなった場合、シリアを取るべきである」
このようにシリアの重要性についてひとしきり語ったのち、市街戦を戦ううえではシリア政権を支援する必要があるとして、さらに次のように発言した。
「シリア政権は軍を持っているが、都市で市街戦を戦う能力に欠けている。このため、シリア軍に代わり市街戦の任務を担う6万人規模の動員部隊を編成して、市街戦に備えるようイラン政府に提言した。」
前述の「アンマルソフトパワー戦争戦略本部」とは、2009年のイラン大統領選挙後、イラン・イスラム共和国に対する「ソフトパワー」攻撃に対処するために設立された。
イランの著名政治家やイラン国内で「アンサール・ヒズボラ(アッラー党支持者)」という名で知られる最高指導者ハメネイ師を支持する聖職者たちが所属している。
イランから見た地中海への戦略的ルート
イランはイスラエルとの戦いにおいて、イラン・イラク・シリア・レバノンを通る地中海へのルートを戦略的要衝とみなしている。
それに加えて、筆者が注視しているのは2023年12月23日に、イラン革命防衛隊の指導者が「ジブラルタル海峡を封鎖する」と脅したことだ。
イランはこれまで「ペルシャ湾の入り口のホルムズ海峡を封鎖する」「(イランが支援する)イエメンのフーシ派を使って、紅海入り口のバブアルマンダブ海峡を封鎖する」とたびたび脅してきた。
実際に、アルジェリアにイラン革命防衛隊の基地ができ、軍事訓練が行われている。アルジェリアや西サハラに展開し、西サハラにおける独立国家建設を目指す「ポリサリオ戦線」(サギア・エル・ハムラおよびリオ・デ・オロ解放人民戦線)を使ってジブラルタル海峡を封鎖するという脅しであった。
この3つの海峡が封鎖されたら海の物流はマヒし、世界経済は大打撃を受ける。
他にもイランはウラン濃縮を早めて核爆弾を製造するなど、さまざまなカードを持っている。だから、イランは報復を恐れずにイスラエルを攻撃できたのだ。
入念にじっくり時間をかけて計画されたイランのイスラエル攻撃は、当事者誰もがハッピーになるものだった。
イランの攻撃は当事者すべてにハッピー?
まず、イランは大規模攻撃でイスラエル国民に恐怖を味わわせることができた。イランの安価な無人機やミサイルの迎撃には膨大なコストがかかる。そのため、イスラエルのみならずアメリカやイギリス、フランスにも膨大なコストを負担させることができた。
次に、ガザのハマスをはじめ、イラクやシリア、レバノンにいる多くのイラン系武装勢力も、自分たちばかりが対イスラエル戦の矢面に立たされ、自国だけが戦場になるのではなく「われわれはイランとともにある」と感じることができた。
また、ガザ市民にとってはイランが攻撃したことで、半年ぶりにイスラエル機が飛んでこない、すなわち空爆がない静かな夜を過ごすことができた。
一般のパレスチナ人も、イスラエルをスカッドミサイルで攻撃したのはイラクのかつての指導者サダム・フセインだけだったのに、34年ぶりにイランがイスラエルにスカッドミサイルを撃ち込んでくれた。
さらにイランの反政府勢力は、イランの参戦は最大の失策であり、これで現イラン政権は自滅すると考えている。
一方のイスラエルも、イランをようやく戦闘行為に引きずり込むことができ、イラン国内の核施設を攻撃する口実を得た。イラン攻撃にはイスラエル国民誰もが賛成であり、反ネタニエフもネタニエフと意見が一致した。
イランによる攻撃で、凍結されていた対イスラエル防衛費ももらえる方向に動き出した。政権を追われたら裁判が待ちかまえているネタニエフは当面、首相の座が安泰となった。
ガザでの民間人の犠牲があまりにも多く、もはや看過できなくなっていたアメリカにも、イランによる攻撃は好都合だった。
イスラエルにガザ地区・ラファへの攻撃をしてはならないと求め、またガザでの停戦に応じるよう求めてきたアメリカに対し、イスラエルは言うことをきかなかった。そんなイスラエルに、アメリカは業を煮やしていた。
ところが、今回のイランによる攻撃でイスラエルにアメリカからの支援の必要性を改めて思い知らせることができた。アメリカは対イラン防衛支援の見返りとして、イスラエルに圧力をかける口実が得られた。
というように、当事者が皆ハッピーな攻撃だったのだ。
本稿執筆時点ではイスラエルからの正式発表はまだないが、2024年4月19日に今度はイスラエルがイランを報復攻撃した。攻撃内容は、イラン同様に「ほどよい」感じのレベルで終わり、この攻撃も「誰もがハッピー」という範ちゅうに入るものだ。
だが、戦争というものは、開戦時は開戦前にシナリオを描き、そのシナリオ通りに進められやすい。戦争初期の影響は、計算できる内容であり、その反響も予想範囲内に収まるものだ。
戦争を始めるのは簡単、止めるのは…
しかし、いったん始めてしまった戦争は往々にして徐々に制御不能となり、戦争の終わらせ方は難しく、当初予想通りにはけっしてならないものでもある。
戦場では、自分が負った傷のことは考えず、相手の傷ばかりを考えてそこを狙って攻撃する。誰もが、ただ勝つことだけを考えて戦う。筆者は、中東という地域での紛争・戦争は、当然、さまざまなストーリーが考えられるものの、結局、「最悪だ」と思われるシナリオが回避されず、実現の方向で動いてしまうと考えている。
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