低レベル核廃棄物投棄計画への抗議

PALMを構成するのは、ミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの3域に点在する14の太平洋島嶼(とうしょ)国、仏領2地域、オーストラリア、ニュージーランドに日本を加えた19の国と地域だ。このうち日本を除く18カ国・地域は「太平洋諸島フォーラム(PIF)」という地域協力の枠組みを持ち、PALMは日本とPIFが協力関係を築く場として3年おきに日本で開かれてきた。

戦前の日本はミクロネシアのパラオに南洋庁を置いて統治するなど、歴史的、人的なつながりを持つ。戦後の太平洋島嶼国は、マグロ・カツオ類など漁業資源の確保や国際会議で日本への支持を獲得する対象になっていくが、そもそも国際社会における潜在的な対日理解者であった。

ただし、日本と地域全体との関係は、1981年にPIF首脳会議を通じて行われた日本の低レベル核廃棄物海洋投棄計画に対する抗議から始まった。米国、英国、フランスの核実験場とされ、被爆した経験を持つ太平洋島嶼国にとって、核問題は現在も極めて敏感な問題である。

この抗議の後、85年に当時の中曽根康弘首相がフィジーを訪問し、投棄計画の撤回を表明する。87年には倉成正外相がやはりフィジーを訪ね、「独立性・自主性の尊重」「地域協力への支援」など後に「倉成ドクトリン」と呼ばれる協力指針5原則を発表した。こうして翌88年には笹川平和財団が独自に太平洋島嶼国会議を東京で開催し、PALM発足の呼び水になっていく。

2015年以降に質的な変化が

ここでPALMのおおまかな流れを振り返ってみたい。

第1回(1997年)から第3回(2003年)までは、相互理解の醸成に力点が置かれ、日本に首脳が集うこと自体に大きな意味があった。しかし、00年代半ば以降、太平洋島嶼国では米国、オーストラリア、ニュージーランドなどの旧宗主国からの自立が進み、国際会議に参加する機会も増えていった。こうして太平洋島嶼国にとって、3年おきに日本に集まって形式的に日本の援助パッケージを聞くだけのPALMは魅力が薄れ、実際に疑問の声が漏れてくるようになった。

この状況を受け、第2次安倍晋三政権の下で開催された第7回(15年)以降に質的な変化が生まれる。軸になったのは、16年8月に安倍首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)戦略」だ。これにより、第8回(18年)からは、法の支配に基づく国際秩序の実現を目指すというPALMの一貫性が見えるようになった。21年の第9回はコロナ禍によってオンラインでの開催となったが、ここで日本側は初めて3年間の行動計画として「太平洋のキズナ政策」を示した。

マンネリ化を脱しつつあったPALMであったが、一方でコロナ禍に伴う人的交流の停滞や東京電力福島第1原発の処理水問題が影を落とした。2021年4月に太平洋島嶼国との事前の対話なしに日本が突然決定した処理水の海洋放出計画は、1981年の低レベル核廃棄物海洋投棄計画を思い起こさせた。現地メディアの科学的根拠に基づかない報道の影響も加わり、太平洋島嶼国側には日本への不信感が広がった。

「太平洋島嶼国ウィークス」の取り組み

6年ぶりの対面の首脳会議になった今回のPALM10は、相互信頼の回復と未来への基盤となる重層的な関係を構築することが課題だった。

そこで笹川平和財団は民間主導のトラック2外交、官民混合のトラック1.5外交としてPALM10に先立つ7月8日から19日まで東京・虎ノ門の同財団ビルにおいて「太平洋島嶼国ウィークス」を開催した。

このイベントに太平洋島嶼国から50人以上の閣僚や議員、実務者を招き、海洋安全保障・排他的経済水域における法執行、持続可能な観光、伝統文化の保護、経済開発、保健医療・水と衛生、気候変動に伴う海面上昇の影響などをテーマに連日セッションを開いた。

さらにパラオ、マーシャル諸島、ツバル、フィジー、ニウエ、仏領ポリネシアの各首脳が基調講演に登壇した。フィジーのランブカ首相からは太平洋を平和の海とする「オーシャン・オブ・ピース」のビジョンが紹介された。ビルのエントランスには三重県の協力でパラオの伝統的カヌーが展示され、各地場産品の販売や文化紹介とともに彩りを添えた。


「太平洋島嶼国ウィークス」の参加者(筆者提供)

「強固なパートナー」宣言

PALM10の結果で注目されるのは、日本と太平洋島嶼国の関係が、共通の課題に取り組むパートナーへと発展した点だ。

首脳宣言を見ると、過去の宣言に比べて日本とPIFの一致点が多くなった。PIF策定の「ブルーパシフィック大陸のための2050年戦略(2050年戦略)」の7分野に沿って、日本が協力姿勢を示したことが大きく影響している。

首脳宣言を補足するPALM10共同行動計画では、日本とPIF諸国が自らを「PALMパートナー」と呼んだことが注目される。行動計画は、「平和と安全保障」「資源と経済開発」「気候変動と災害」など多岐にわたるが、その中に「自衛隊機や艦船の寄港を通じた防衛交流の強化」や「海上保安交流の強化」が盛り込まれたことは、戦略的に重要だ。これまで概念的だった「法の支配に基づく国際秩序」の考え方を支える取り組みが見えるようになった。


2021年11月に英グラスゴーで開かれた国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)にあわせ、ひざまで海につかりながら気候変動対策を訴えるツバルのコフェ外交担当相(同相のブログ投稿より)

懸念材料であった福島第1原発の処理水問題をめぐっては、首脳同士が国際原子力機関(IAEA)を「原子力安全に関する権威」と認め、「科学的根拠に基づくことの重要性で一致」したと宣言に明記された。誤解を解く足場ができたことで、日本としては大きな前進だった。

首脳宣言は最後に、日本とPIFメンバーが「2050年に向けて太平洋地域で共有するビジョンを共に達成する」ため「強固なパートナーであり続ける」とうたっている。曲折を経ながらも、PALM10が信頼関係を回復する機会となったのは間違いない。

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