27日に投開票が行われた自民党総裁選を、石破茂氏が制し、次期首相の座を確実なものにした。岸田文雄首相の突然の政権投げだし表明から40日余り。史上最多の9陣営が繰り広げたのはまるで「お祭り騒ぎ」だった。裏金事件や旧統一教会問題などにきちんと向き合ったのか。この日投開票会場となった党本部周辺で何が起きていたのか。「こちら特報部」の視点でお伝えする。(木原育子、宮畑譲)

東京・永田町の自民党本部で行われた自民党総裁選の投票=27日(木戸佑撮影)

◆「自民党にとって重要な1日」

 10時30分 脚立や望遠レンズを持った各報道機関の記者やカメラマンが集まる。歩道には、警視庁の護送車やテレビの中継車が入り乱れる。  10時50分 決起集会の会場に向かう大岡敏孝衆院議員はコンビニでガムを購入。「今日はこれが手放せないからね」。気を取り直して「自民党にとって今日は重要な一日。やっぱり政治とカネはしっかり責任を取らないといけない」ときりり。  11時 自民党本部前では数人がデモ。「こんな時に自民党は憲法改正を言い出している。マスコミは何も報道しない。一体、何しているのか!」と女性の怒りの声が雨空に響く。  11時20分 党本部そばの衆院第1会館。高市早苗氏陣営の出陣式に保守系議員が集まる。「初の女性総理へ」とののぼり旗が並ぶが、参加の大半は中高年男性。昼食にカツカレーが振る舞われた。高市氏が登場し、夫のいびきで眠れず睡眠不足だと明かす。  11時50分 加藤勝信氏が党本部内で開いた必勝出陣の会へ。拍手で迎えられ、一人一人と握手を交わす。各テーブルにはまたカツカレーが。加藤氏は周囲に「給食当番を思い出すよね」となぜかニコニコ。

◆マスコミ調査に一喜一憂

高市氏の決起集会で振る舞われたカツカレー=27日、東京永田町で(宮畑譲撮影)

 12時10分 衆院第2会館では石破氏と河野太郞氏の出陣式が既に終了。会場から出てきたある議員は、高市氏の地方票が伸びているとのマスコミの調査結果を受け、記者団に「もうちょっと離したい。カルトだよ。危ないよね」と警戒感をあらわに。石破陣営も昼食はカツカレーだった。  12時15分 加藤氏の隣の部屋で、林芳正氏も必勝壮行会を開催。緑色のTシャツを着てうちわを持った秘書たちが、応援議員を出迎える。「何だか文化祭みたいよね」と秘書たちのテンションも上がる。  林陣営にいた古川俊治参院議員は「岸田さんはよくやったが、ちょっと運がなかった」と振り返り、「やっぱり派閥であんなことやっちゃいけない。政策活動費もオープンにするべきだ。生まれ変わらないと」。

◆「あの人と決選になったら…」ヒソヒソ話

 12時30分 河野氏がトイレ前で出待ちする番記者に「トイレまで付いてこなくていいよ」と苦笑い。
 12時45分 大臣経験のある議員は壁に背中をつけて、なじみの政治記者と顔を寄せて密談。喫煙所近くでは、ある中堅議員が「あの人との決選になったら石破さんね」とひそひそ。話をさらに聞こうとした民放の若手記者に気づき、「きみ!盗み聞きはいかんよ」とぴしゃり。
 12時50分 党本部前の歩道までマスコミがあふれる。石破氏、小泉進次郎氏ら候補者が続々と会場入り。岸田首相の姿も。

総裁選の決選投票で、票を投じる麻生氏=27日、東京・永田町の自民党本部で(佐藤哲紀撮影)

 13時 総裁選開始。8階の会場には事前登録の記者しか入れず、入れない記者は党本部内の記者室でテレビ中継を見つめる。  14時5分 投票結果が読み上げられる。高市氏の国会議員票72票に「おー」と政治記者がどよめく一方、立候補に必要な推薦人20人を下回った加藤氏の16票や、現役幹事長の茂木敏充氏の34票には「ひゃあ」「少ない!」と悲鳴のような声が上がった。  15時25分 石破氏と高市氏の決選投票の結果が発表されると、政治記者から「おぉー」とどよめきが上がる。「この僅差はしびれるね」との声も。  15時30分 党本部1階ロビーには地元選出の議員の声を聞こうと、各都道府県から担当記者たちが集まり、すし詰め状態に。受け付けの女性が「これ、人多過ぎだって…」と顔を見合わせた。  15時45分 党本部から議員が次々出てくる。小泉氏を推した前首相の菅義偉氏は仏頂面のまま車に。推薦人が集まらず立候補できなかった野田聖子衆院議員は「今ちょっと急いでいるの」とハイヒールをものともせず、迎えの車に一直線。

◆決選に残れず「気持ちの整理できてない」

 上川陽子氏の推薦人代表を務めた牧原秀樹衆院議員は「決選投票に行けず、頭が追いついていかない状態のまま投票した。今もまだ、気持ちの整理ができていない」。笑顔はなかった。  石破氏の推薦人に名を連ねた岩屋毅衆院議員は石破氏に決まった瞬間、握手を交わし「良かったな、おめでとう」と声をかけたと明かし、「思わず感無量で涙が出た。35年の付き合い。必ず勝てると信じていた」と再び目を潤ませた。

自民党新総裁に選出され、一礼する石破氏(中央)=27日、東京・永田町の同党本部で(代表撮影)

 同じく石破氏を支持した泉田裕彦衆院議員は「ジェットコースターに乗ったような一日だったよ。今、結果をかみしめている」とほっとした様子。「いつもは派閥の締め付けが本当にすごいんだけど、今回はゆるかったんだ」とも。  稲田朋美衆院議員は誰に投票したか明かさぬまま、「決選投票に女性が入ったのは良かったし、下野した時の自民党に戻ろうと言った石破さんもとても良かった」と両者に配慮した。

◆小泉氏「感謝の気持ちでいっぱい」

自民党本部を出る小泉氏=27日、東京・永田町で(木戸佑撮影)

 15時50分 敗戦した候補者たちが、マスコミの取材に応じた。小泉氏は「支持に感謝の気持ちでいっぱい。今回、得たものは仲間。あらためて政治は一人でできないと痛感した」といつもの調子。上川氏は外相としての公務があったことを「緊張感があり、切り替えが難しかった」と語る一方、「チームに励まされた」とこちらも支持者への感謝を口にした。

◆高市氏沈痛「総裁になれなかった人間…」

 さっぱりした表情の両氏とは対照的に、決選投票で敗れた高市氏は沈痛な面持ち。「安倍先生の葬儀2年のこの日に…今後の予定について申し上げられることはない」と決起集会と違って小声。報道陣とのやりとりの中では「総裁になれなかった人間ですし、今の国家経営に関われる立場でもございません」と、ややなげやりな発言も。

意気消沈した様子で敗戦の弁を語る高市氏=27日、東京・永田町の自民党本部で(宮畑譲撮影)

 16時5分 議員たちが順次引き揚げる中、正面玄関で麻生太郎衆院議員と、茂木氏が鉢合わせすると無言でがっちりと握手。胸中には何が…。  16時10分 選挙管理委員会のメンバーを務めた片山さつき参院議員は「非常に充実した見応えある討論だった。地方と議員のバランスも取れていた」と納得顔の一方で、1度目の投票で議員票が予定より1票少なかったことなどを指してか、「やり方について例外的な状況が起きた。早く気づいて決めておくべきことがあった」と反省の弁。  16時20分 多くの議員が会場を後にし、記者もまばらに。茂木氏を選対本部で支えた鈴木貴子衆院議員はひときわ明るい声で「決選投票はチームジャパンとして臨んだ。これからも『チーム敏充』『意外と敏充』で頑張ります」。一時ネット上で盛り上がった「意外と敏充」にやたらとこだわっていた。

◆石破陣営「今後が大変」

 16時25分 石破氏を支持した青木一彦参院議員。当選直後には石破氏の傍らで涙ぐむ様子がテレビに映し出された。「最後の挑戦、5回目の挑戦という、その思いを共有していたので思わず」と当選の瞬間を振り返りつつ、「今後が大変。日本のかじ取りをしっかりやっていくと信じている」と気を引き締めていた。

◆デスクメモ

 27日は安倍晋三元首相の国葬儀から2年。国民の反対を押し切って強行開催し、岸田政権の支持率急落の一因となった。そうした自民党の強権体質や裏金問題をはじめとする数々の問題が、新総裁の誕生で帳消しになるわけではない。石破氏が今後何をなすのか。目を光らせたい。(岸)


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