石破茂新首相は9日に衆院を解散するという。「すぐに解散と言わず」と語ったのに、野党も解散前の論戦を求めたのに、だ。にじむのが「支持率が高いうちに」という思惑。ここで立ち止まって考えたい。石破氏の政治姿勢を。脳裏に残るのが過去の言動。「デモはテロ」とつづり、「平成の琉球処分」にも動いた。軌道修正などもあったが、「手段を選ばず」は変わらないのか。(山田祐一郎、木原育子)

◆「抑圧したいという本音に危機感」

 「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」。特定秘密保護法案が強行採決される直前の2013年11月、自民党の幹事長だった石破氏はブログにそう記した。

特定秘密保護法案を巡り、国会議事堂前で「採決撤回」と声を上げる人たち=2013年12月、東京・永田町で

 法案に反対するデモ活動をテロと同一視することに批判の声が上がった。NPO法人情報公開市民センター理事長の新海聡弁護士は当時、本紙に「ここまで本音が出るとは」と語った。  その後、「(大音量のデモは)本来あるべき民主主義の手法とは異なる」と修正した石破氏。新首相就任をどう感じるか。改めて新海氏に尋ねると「安倍晋三元首相や高市早苗氏らの陰に隠れてきたが、表現の自由に対し、建前とデモを抑圧したいという本音が全く違うのは変わっていないだろう」と危機感を緩めずにいた。「総裁選までは人気を得るためにリベラル路線を強調してきたが今後、本性が見えてくるのでは」

◆沖縄を怒らせた「平成の琉球処分」

 同時期に物議を醸したのが、自民の沖縄関係議員への対応だ。米軍普天間飛行場の辺野古移設に慎重だった議員もいたのに、石破氏が13年11月に「辺野古移設を妨げれば基地は普天間に固定化することになる」と迫って翻意させたほか、自らの会見に議員たちを同席させた。その様子は「平成の琉球処分」と呼ばれた。

2017年6月23日、沖縄全戦没者追悼式で献花に向かう安倍首相(手前)を見つめる翁長雄志知事(中央左)

 「今でも強い印象が残る」と話すのは元県知事公室長で元県議の親川盛一氏。翁長雄志前知事を支えた「オール沖縄」の元共同代表でもある。  「もともと翁長さんは自民の政治家。14年に革新勢力と連携した『オール沖縄』のスローガンを掲げて知事選に出たのは自民政治への危機感から。あの会見も大きく影響した」

◆命令に背けば「死刑」「懲役300年」

 今回の総裁選で石破氏は沖縄の基地負担について「深くおわびする」と述べ、辺野古への移設計画は「十分に沖縄の理解を得ていない」と口にしている。親川氏は「首相となってからはどうなるのか。日米地位協定の改定に言及しており、政治姿勢を見極めたい」と複雑な思いを明かした。

2日、首相官邸に入る石破首相(佐藤哲紀撮影)

 自民の野党時代の12年には月刊誌で「国そのものが揺らいだら、『知る権利』などと言っていられなくなるのだ。そういう意味で、『知らせない義務』は『知る権利』に優先する」とつづった。13年4月のテレビ番組では、憲法9条を変更して自衛隊を「国防軍」とすることを掲げたほか、軍事法廷のような機能をつくり、出動命令に背けば「死刑」「懲役300年」もあり得ると持論を展開した。

◆反発受ければ「すぐトーンダウン」

2018年9月20日、自民党総裁選を終え、手を取り合う石破氏と安倍晋三氏

 14年1月の特報面で「国民の声に耳を傾けようという姿勢がない」とただしたのが法政大の五十嵐仁名誉教授(政治学)。石破氏はどう映ってきたのか。「根っからのタカ派であるということは明らかで、根底にあるのは国のために国民がどう尽くすか。軍事的に自立して日本の国際的地位を変えたいという思い。12年9月の総裁選で争った安倍氏と比べても、憲法に対する配慮や遠慮がない」  さらに「世論を意識して主張しても、反発を受ければすぐにトーンダウンするのが特徴だ」と続ける。  物議を醸す言動があった後、石破氏はどんな道をたどったか。

◆逆風の選挙ほど自民の苦言を聞いた

 安倍政権下の2014年に地方創生相に就任したが、16年に閣外に去り、18年の総裁選で再び安倍氏と対峙(たいじ)。だが、またしても敗れた。20年の総裁選で安倍路線継承の菅義偉氏に退けられると、21年の総裁選には出馬せず、河野太郎氏の支持に回った。

「桜を見る会」問題で安倍前首相が不起訴処分と伝える大型モニター=2020年、名古屋市内で

 この間、安倍路線の批判を強めていく。強引に成立させた特定秘密保護法、野党から「政治の私物化」と追及された森友・加計学園や「桜を見る会」の問題で苦言を呈し続けてきた。  批判の真意はどこにあったのか。石破氏に関する著書があるジャーナリストの鈴木哲夫氏は「12年ごろから安倍さんをライバル視していたことは間違いない」と語るが、それだけではないようだ。  「石破氏への選挙応援の要請は党内で圧倒的1位。特に逆風が吹く苦しい選挙ほど呼ばれた。全国を回って自民への苦言を最も聞き、自民の足りないところを最も肌で感じてきたのが石破さんだ」。そうして聞いた世論を東京に持ち帰ってぶつけたという。

◆「高市さんよりまし」という感覚だった?

 「これが党内で嫌われる要因になったし、『与党内野党』の立場を確立することになった」

9月27日、総裁選を終えて記者団の取材に応じる高市早苗氏(平野皓士朗撮影)

 一方で「石破さんの言動は実はほぼ変わっていない」と説く。「石破さん以上にタカ派の安倍さんが出てきて、かつ石破さんは反主流派なので、リベラルな印象を与えている」  今回の総裁選では「まっとう」と目された。労働問題に詳しく、かねて自公政権に厳しい目を向けてきた渡辺輝人弁護士は「結局のところ、『高市さんよりはましだ』という感覚が大きかったのでは」とみる。  ただ、9月27日に新総裁に選ばれて以降、数日で不信を買うことになった。

◆やると言ってやらない…「うそつき」

 総裁選中、石破氏は早期の衆院解散に否定的だったが、今月9日に解散すると表明した。自民の裏金問題などがある中、野党からは「論戦から逃げた」と相次いで批判が上がった。

9月30日、連立政権合意文書を交わす自民党の石破総裁(右)と公明党の石井代表(佐藤哲紀撮影)

 「やらない理由が分からない」としていた選択的夫婦別姓の導入は、自公連立政権の合意文書で記載が見送られた。導入を求めてきた渡辺氏は「やろうと思えばすぐにでもできる話。労働市場でも大半の人が夫婦別姓を認めてほしいと考えている中で、やると言っておいてやらないのは、ただのうそつきだ」と訴える。肝いりの地位協定の改定を巡っても、今月2日のバイデン大統領との初の電話会談では触れなかった。  またもや石破氏の言動に注目が集まる中、防衛問題に詳しいジャーナリストの布施祐仁氏は「党内基盤が弱いため、長く政権を維持しようとすればよりバランスを取らざるを得ない。トーンダウンはある種必然の流れだ」とし「自民の権力の源泉はあくまで大企業優遇と、米国追随の政治。そういった背景や支持基盤も含めて見ていくべきだ」とも求める。

◆民意を裏切った時の失望は倍加する

 思想家の内田樹氏は石破氏の振る舞いについて「安倍・菅・岸田政権が貫いてきた自民党の成功体験がなせるわざだ」と述べる。  「民意に耳を傾けず、ゼロ回答を続ければ、国民は政治に絶望し、投票の意欲を失う。それが結果的には組織票を持つ自民党を利する。国民に無力感を与えることが、政権安定につながるという安倍政権以来の成功体験が忘れられないのだろう」

臨時閣議に臨む石破首相=3日、首相官邸で(佐藤哲紀撮影)

 前出の鈴木氏は石破氏にくぎを刺す。  「首相になれなかった時代に言ってきたことが本当に実行できるのか。組織をまとめるためにさまざまな意見を聞き、『永田町的組織論』で動く場面は増える。増えるほど民意から遠のく。民意に近かった分、裏切った際の失望は普通の自民議員の2倍以上に跳ね上がる」

◆デスクメモ

 過去の言動の修正、謝罪などは間々ある。だがそうしたから済む話か。例えば平成の琉球処分。強権的な辺野古移設を方向付けた石破氏の振る舞い。後々にしおらしい姿を見せても、と感じる。改めて信を得るには行動で示すしかない。方針転換できる立場だからこそより強く問われる。(榊)


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