就任からわずか8日後、戦後最短の衆院解散に踏み切った石破茂首相。前政権から引き継いだ課題の多くは、国会での本格論戦を経ず、選挙の後に先送りされた形だ。裏金議員の処遇に注目が集まるが、他にも課題は山積している。困難と向き合う人たちに政治への思いを問うた。(山田祐一郎、森本智之)

◆旧統一教会問題、石破首相は再調査を否定

 2022年7月の安倍晋三元首相銃撃事件を受けて問題となった世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党との関係。  「状況から組織的な関係があるのは明らかなのに、説明がないことに憤りを感じている」  こう話すのは、元2世信者で関東在住の30代男性だ。岸田文雄前首相は「関係を断つ」と宣言したが、教団との組織的な関係性については否定してきた。

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の教団本部=東京都渋谷区で

 党の調査で教団との接点が確認できた国会議員は180人。政府は昨年10月、教団の解散命令を東京地裁に請求し、12月には、被害者救済に向けた特例法が成立した。  一方で今年9月、安倍元首相が在任中の2013年に自民党総裁応接室で、教団関係者と面会したと朝日新聞が報じた。7日の代表質問で問われた石破茂首相は「党の説明を覆さなければならないような事情があるとは考えない」と再調査を否定した。  「新しい大臣にも教団とのかかわりが判明している人が複数名を連ねている。本来であれば、第三者による調査が行われなければいけない。選挙でも大きなテーマとなるべき問題だ」と男性は訴える。

◆教団とのつながり、自民の自主的調査で済む問題ではない

 さらにここにきて牧原秀樹法相が8日、教団関連イベントに自身や秘書が計37回出席していたと明らかにした。党には報告していたというが、男性の不信はくすぶる。「教団の被害者で訴訟を起こせているのは氷山の一角。被害者を生み出してきたのは教団と自民党と言える。問題をなかったことにはできない」

各党代表質問が行われた参院本会議に出席した牧原法相=8日、国会で

 ジャーナリストの鈴木エイト氏も「旧統一教会とのつながりは、自民党の自主的な調査で済む問題では既になくなっている。今後も事例が発覚するはずだ。2013年以降、どのような関係だったのかを検証するべきだ」と強調する。  自民党が、総選挙で非公認を決めた裏金議員12人のうち、旧安倍派の萩生田光一元政調会長や下村博文元文部科学相は、旧統一教会との接点も確認された。しかし双方にかかわった議員は他にもいる。  例えば教団と接点があり、裏金問題でも処分を受けた旧二階派の武田良太元総務相は、国会の政治倫理審査会に出席したことで非公認を免れた。

◆どうなる? 教団の支援を受けない国政選挙

 これに対し、淑徳大の金子勝客員教授(財政学)は「裁判で有罪となった旧安倍派事務局長の『資金還流の再開が幹部議員らとの協議で決まった』との証言は政倫審での弁明を否定するもので、本来は追及の対象となるはずだ」と指摘。誰もが納得できる客観的な基準になっていないとして「依然として派閥の行動論理が基準とされる自民党のモラルこそが問われるべきだ」と述べる。  前出の鈴木氏は今回の選挙について、「教団はこれまで個々の自民党議員の応援態勢を整えており、特に選挙に弱い候補者にとっては貴重な戦力だった。自民党にとっては久々に教団の支援を受けない国政選挙」として、候補者の選挙運動や当落への影響を注視する必要があるとした。

◆「これまで一国会議員の考えを述べてきた」とトーンダウン

 石破氏は自民党総裁選では、在日米軍の特権的地位を認める日米地位協定の改定を唱えてきた。9候補が勢ぞろいした9月の那覇市での演説会では、2004年、沖縄国際大(宜野湾市)に米軍ヘリが墜落した事故にも言及。「沖縄の警察は現場に入れず、機体の残骸は米軍が回収した。これが主権国家なのか」「地位協定の見直しに着手する」と踏み込んだ。

オスプレイが並ぶ米軍普天間飛行場=沖縄県宜野湾市で(2019年撮影)

 ところが、首相就任後は一気にトーンダウン。10月4日の所信表明では改定に言及せず、その理由を問われた8日の参院代表質問では「これまで一国会議員の考えを述べてきた。一朝一夕で実現するとは思っておりません」と応じた。  沖縄の米軍基地周辺の有機フッ素化合物(PFAS)汚染を追及する「宜野湾ちゅら水会」の町田直美代表は「沖縄まで来て、県民の前で改定を宣言した意味は大きい。その時から『口だけ』という人もいたけど、私は変えたいという思いがあるから言ったんだと思う」と期待を込める。  ただし持論を封じ込めた今、投票の判断材料は示されていない。石破首相の言う改定の中身や実現性は不透明で、自衛隊の米軍基地共同管理を持ち出すなど日米同盟強化の思惑もにじむ。  基地由来の事件事故に苦慮してきた沖縄県が求めてきた負担軽減につながるかは見通せないが、それでも町田さんは「石破さんは沖縄の負担を軽減するために改定を言ったと信じる。私は可能性が1%でも信じるしかないと思っています。現職総理で改定に言及してくれたんだから」と話す。

◆これまで先送りしてきた政府答弁と同じ

 石破氏は選択的夫婦別姓の導入にも意欲を見せていたものの、こちらも首相就任後は「国民の間にさまざまな意見があり、さらなる検討が必要」などと姿勢を一転させた。

LGBTQを象徴する虹色フラッグ(イメージ写真)

 導入を求めてきた一般社団法人「あすには」の井田奈穂代表理事は「裏金議員への対応など、自民党を二分する問題がある中で、抵抗勢力に対し火種は増やせないと判断したのではないか」と一定の理解を示した。  その上で1996年に法制審議会で制度導入の指針が示されていることを踏まえ「これ以上の議論は必要ない。来年の通常国会には法案を提出してくれるよう、選挙後の石破さんに期待している。これは絶対に越えなければならない一里塚です」と注文した。  一方、制度導入を求めて東京地裁に集団提訴している原告の女性(51)の思いは複雑だ。「『さらなる検討が必要』という言い方は、これまで先送りしてきた政府答弁と同じ。本当にやる気があるのか分からない。投票の材料のためにはっきり態度を示してほしかった」と嘆いた。  「結局、党内外の反対勢力に負けたのでしょうか。こうやってずっと後回しにされてきた。裁判で決着をつけるしかないのかなとあらためて思った」

◆「復旧は全く進まない」「みんな気持ちが切れてしまった」

 1月の地震に続き9月に記録的豪雨に見舞われた石川県能登地方。復興のための補正予算編成を先送りして衆院を解散したとして、首相には野党から批判が上がっている。  同県珠洲市のボランティア団体代表を務める水野雅男法政大教授は「現地ではボランティアが圧倒的に足りない。緊急時は緊急時の対応が取れるような仕組みをつくってほしい」と現状を嘆く。

能登半島地震で倒壊したビル。10月に入ってようやく公費解体が始まる=7日、石川県輪島市で

 民宿を営む中能登町の島喜久子さんも「復旧は全く進んでいません」と断じる。能登町に所有する民宿は地震で中規模半壊し、周辺も大きな被害を受けた。そこを豪雨が襲った。「地震があってやっと耐えていたのに、たくさんの家が水浸しになり、みんな気持ちが切れてしまった」  10月5日に能登地方を視察した石破首相は防災庁設置も掲げるが、政治は遠くに見える。「地震発生から1年近いのに復旧は進まない。偉い人には奥能登に来てほしい。しっかりと現地を見て支援を考えてほしい」

◆デスクメモ

 旧統一教会との深い接点が取り沙汰された国会議員の地盤で行われた昨年4月の地方選。自民への強い逆風で候補者は党名を名乗れずポスターも差し替えピリピリしていた。とりわけ裏金ともかかわる「ダブルパンチ議員」の資質はどうか。その後の対応も含め見極める選挙としたい。(恭) 

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