衆院選が15日、公示された。「政治とカネ」「物価高対策」といった争点がある一方で、国が最も力を入れなければならない課題が、石川県奥能登地方の復興だろう。輪島市と珠洲市、能登町は元日の能登半島地震に続き、先月の記録的豪雨で甚大な被害を受けた。公示日に改めて輪島市東部の町野地区を歩き、二重被災に苦しむ有権者の声を聞いた。(上田千秋)

護岸が崩落した町野川=15日、石川県輪島市で

◆大量の流木、家の解体も進まず

 市中心部から北東へ直線距離で約20キロ。最短ルートが土砂崩れのため途中で通行止めになっていて、通常なら車で30分余りで行けるところ、大回りし1時間ほどかけて町野地区に着く。  豪雨で氾濫した町野川はコンクリートの護岸が崩落し、周りには大量の流木が残る。建物はいまだに泥だらけで、片付けに追われる住民らの姿が目立つ。地震で倒壊した家屋の公費解体も進まず、多くがそのままになっていた。

◆頼みの農地は復旧に4〜5年以上

 「地震から9カ月もたたないのに、豪雨で追い打ちをかけられた。国や市に早く道筋を示してもらわないと、住民はどんどん外へ出て行ってしまう」。理髪店を営む元井孝司さん(74)はため息をついた。

土砂崩れが起きた山林=15日、石川県輪島市で

 町野地区は1956年に輪島市に編入合併されるまで、「町野町」という自治体だった。市中心部から遠いこともあって人口減が進み、合併当時6000人以上いた人口は現在、約1800人。地区唯一の町野小学校の児童は20人、東陽中学校の生徒も10人しかいない。  地区に大きな企業や工場はなく、多くの人が従事するのが農業。ただ、豪雨により奥能登全体で約950ヘクタールが冠水し、うち100ヘクタールは復旧に4〜5年以上かかるとみられている。仮設住宅に住む農業中谷一夫さん(77)は「この辺りも、ほとんどやられた。若い人は金沢とか都会へ出て行くので、田んぼをやっているのは私を含めて70代が多い。早く対策を考えてほしい」とこぼした。

◆「選挙が近いから来ただけだろ」

 衆院の選挙区でいえば、輪島市を含む能登半島全域は石川3区になる。自民前職の西田昭二(55)=公明推薦、共産新人の南章治(69)、立憲民主前職の近藤和也(50)の3氏が立候補している。  地震以降、足しげく奥能登に入っている候補もいるとはいうものの、男性(72)は「『選挙が近いから来ただけだろ』と皆、思っている」と切り捨てる。1回だけ姿を見せた党首クラスの国会議員もいたとし「それで何が分かるのか。場所によっては2メートルも水が入ってきて、周りは意気消沈している。これで町野を離れた人、出て行く決断をした人も多い」と明かす。

◆災害の危険は分かっていたはず

 今回の豪雨で輪島市の24時間雨量は、観測史上最大の412ミリを記録した。元井さんは「700ミリの雨が降るとの想定を基に作ったハザードマップもあったのに、周知が十分でなく被害が拡大した」と指摘。住民の男性(75)も「航空写真を見れば、水害が起きそうな地形なのは分かっていたはず。豪雨は天災ではなく人災」と言い切る。  住民が今、恐れているのは、再び水害に見舞われること。地震に加え豪雨で地盤が緩んだり、川底や側溝に泥がたまったままだったりして、ちょっとした雨でも大きな被害につながりかねないからだ。元井さんは「国は補正予算を組んでしっかり対策を打ち、住民が安心して暮らせるよう考えてほしい」と求めた。

◆1軒だけのスーパーに集まる人々

 町野地区全体が疲弊している中で、人が集まってくる場所がある。地区に一軒だけのスーパーとして、長年にわたり住民に愛されてきた「もとやスーパー」だ。地震以降も「今まで支えてもらった恩返し」として、一日も休まず営業した。豪雨では2メートルの高さまで浸水し泥に埋まりながらも、いち早く復旧。今月から毎週火曜日、大手小売店が野菜などを持ち込んで販売するようになった。

炊き出しのおにぎりを選ぶ住民(左)=15日、石川県輪島市のもとやスーパーで

 支援物資の集積拠点と炊き出しの食事を配る場所にもなっていて、この日も大勢の住民が弁当やおにぎりなどを持ち帰った。  本谷一知社長(46)は「皆が家の中に閉じこもらないよう、こういう場所があってもいいかなって。私は朝6時ごろに来て、近所の人と一緒にコーヒーを飲んでいる。いったんゼロにはなってしまったけど、暗くなってもしょうがない。今は、何か新しいことができると思ってワクワクしている」と前を向く。

◆話し相手になるだけでもありがたい

 復旧・復興に欠かせないボランティアを受け入れる組織(災害ボランティアセンター)も、住民が中心になって立ち上げた。「被災者のニーズを細かくすくい上げたい」として、住民らでつくる町野復興プロジェクト実行委員会が、能登半島地震の被災地支援を続けているNPO法人「カタリバ」(東京)や県と連携して運営している。  全国から人が駆けつけ土日祝日は約100人、平日は約50人が作業に当たる。スタッフは「2度の災害で高齢者は疲れ切っている。話し相手になってくれるだけでもありがたい」と説く。実行委の山下桂子さん(45)は「1日1〜2時間だけでもいい。人手はまだ足りないので、どんどん来てほしい」と呼びかけた。   ◇

◆政府の被災地対応に厳しい視線

 石川県によると、被災家屋の公費解体を終えたのは9月末で申請分の約16%。今月9日時点で輪島、珠洲両市の計1544戸で断水が見られる。通行止めも、少なくとも16路線で続く。政府の被災地対応には年始の地震以降、厳しい視線が向けられてきた。(太田理英子)

1月9日、予備費47億円の支出を閣議決定後、能登半島地震に関する非常災害対策本部会議で発言する岸田首相(左から2人目)

 初動が問われたのが岸田文雄前首相。自衛隊の派遣数のほか、自らの被災地入りが発生から2週間後となったことが批判された。9月の豪雨で能登が二重被災に見舞われる中、石破茂現首相は衆院解散・総選挙に踏み切って反発を受けた。

◆予備費でなく「補正予算編成が筋」

 ただすべきは、予算措置もだ。能登の復旧・復興を巡っては政府は予備費を使っている。予備費は国会の議決を経ず、閣議だけで使い道を決められる。  政府は能登半島地震を理由に、本年度当初予算で一般予備費を5000億円から1兆円に倍増。1月から今月までの間、道路や公共施設の復旧などのため、予備費の支出を計7回決定し、総額は23年度分と本年度分を合わせて約7150億円に上る。  白鷗大の藤井亮二教授(財政政策)は発生直後の予備費活用はやむをえなかったとしつつ、本年度分が半年で4000億円を超えた点に触れ「規模を考えれば補正予算を組んで国会審議を経るのが筋だ」と語る。

15日、多くの流木が残る町野町中心部

 「今後も増大すれば国民の監視が行き届かなくなり、財政民主主義の観点で大きな問題だ」

◆大震災の教訓「生かされていない」

 現状の復旧・復興政策について、東京都立大の山下祐介教授(社会学)は「目の前の対応しか考えられておらず、今後の方向性が見えない」と評する。  東日本大震災でも避難した被災者の声が反映されないまま、行政主導で復興計画が進められたとし、その反省が十分生かされていないとも指摘する。「誰のための支援か見えないまま、予算を計上し続けても意味はない。被災者、避難者の声や情報をすくい上げる仕組みづくりが必要だ」

◆デスクメモ

 ルポを執筆したのは特報部OBで、現在は輪島通信局長の先輩記者。東日本大震災の取材も重ねた。その記者が見ても能登の現状は深刻で、「首都圏に伝えたい」と申し出があった。わが身にも降りかかりうる災害。向き合ってくれるのはどの党か、どの候補か。よく考えて一票を託したい。(榊) 

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