岸田文雄首相の後任を選ぶ自民党総裁選は、9人もの候補者が名乗りを上げ、これまで最も党内野党的な立場にあった石破茂元幹事長が新総裁に選ばれた。政治資金パーティーを巡る「裏金問題」で大きな批判を浴びている同党にとって、一定の「党の刷新」を国民にイメージさせる結果となった。同時に、石破新首相の誕生から党役員・新内閣の人選、解散・総選挙に向けた一連の流れを見ると、自民党内で穏健保守・中道寄りの勢力が勢いを増し、いわゆる「安倍政治」からの脱却を図る動きが見て取れる。

決選投票で「反高市」に雪崩

総裁選では、第1回投票で高市早苗・経済安全保障担当相が1位に、石破氏が2位となり、若手の小泉進次郎元環境相は脱落した。当初、小泉氏は有力候補と言われたが、目玉の政策として「解雇規制の見直し」を打ち出したのは、明らかに戦略ミスだった。また、公開討論会での「中国に行ったことはないが台湾に入ったことがある」という趣旨の発言が飛び出すなど、不安を抱かせるような事態もあって伸び悩んだ。

決選投票では、裏金問題に関係した議員の多くが推薦人となり、党内では強硬保守派の高市氏の政治姿勢を不安視する議員・地方組織が、石破氏支持に回るという流れになった。

今回の裏金事件に端を発した国民の「自民党不信」は非常に深刻で、2009年政権交代時の比ではない。あの時は短命政権が続き、自民党の政権担当能力に疑問が持たれたことが主因だった。しかし、今回は「政治とカネ」により、党や党政治家の信用が大きく毀損(きそん)されている。政治資金の不記載問題は1988年のリクルート事件、92年の東京佐川急便事件に匹敵するスキャンダルとなった。大局的に見ると、これまでの党内力学を温存するのでは乗り切れないという危機感のために、振り子の原理が働き、党内野党が長く、権力の中枢から最も離れた場所にいた石破氏が、新総裁に選ばれることになった。

世代交代打ち出さず、「本流」の人脈取り込み

党人事、新内閣の閣僚人事を見るとまず気がつくのは論功行賞色が強いことである。石破氏は推薦人になった人から村上誠一郎総務相をはじめ6人の閣僚を起用している。2人の官房副長官も推薦人である。ただ、さらによく見ると、積極的な財政出動一辺倒の経済政策や超タカ派の保守姿勢など、「安倍路線」の突出した部分を代表する勢力を遠ざけ、穏健・中道保守派やこれまでの自民党の「本流」に連なる人々を要所要所に配置している。

これを象徴するのが鈴木俊一総務会長(父は鈴木善幸元首相)、小渕優子組織運動本部長(父は小渕恵三元首相)、小泉進次郎選対委員長(父は小泉純一郎元首相)という党人事だ。福田達夫氏(父は福田康夫元首相)も幹事長代行として党執行部の一翼を担うことになった。

閣僚人事では、総裁選に出馬した加藤勝信氏(旧茂木派、岳父が加藤六月元農水相)を財務相に起用、林芳正官房長官(旧岸田派)を留任とした。世代交代や新鮮味を感じる布陣と感じる人はいないだろう。なお、党内の権力バランスを考えると、岸田前首相は相当の影響力を持つことになるだろう。

「政治とカネ」が衆院選最大の争点

石破新首相は4日の所信表明演説で、「国民の納得と共感を得られる政治を実践する」と強調。「ルールを守る」「日本を守る」「国民を守る」「地方を守る」「若者・女性の機会を守る」という5本の柱を掲げたが、ここに「経済」という文字は見られない。石破首相がこれまで「三本の矢」や「新しい資本主義」のような、自らの経済政策構想を示すキャッチフレーズを打ち出せていないのは、首相の経済政策への姿勢を象徴している。ほぼ岸田政権の経済政策を踏襲し、新たに踏み込んだのは「最低賃金1500円の実現時期前倒し」くらいだ。

地方創生では予算倍増を掲げるが、1000億円から2000億円に積み増して、果たしてどれだけのことができるか。

安保・外交政策では、自民党総裁選では繰り返し訴えていた「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」創設、日米地位協定の改定を封印した。地位協定については問題提起としてはあるだろうが、いずれも従来の政府方針とはかなりかけ離れており、短期的な実現可能性に乏しいものであるだけに、この軌道修正は理解できる。演説では、岸田政権を継承する内容に終始し、新味があったのは自衛官の処遇改善のための関係閣僚会議の設置くらいだった。

その後、石破首相は派閥裏金事件に関係した国会議員の一部を今回の衆院選で非公認とし、政治資金収支報告書に不記載のあった議員は比例代表との重複立候補を認めない方針を打ち出した。新政権の政策ではなく、「政治とカネ」を巡る問題に対する反省と制度改革に向けた姿勢こそが、衆院選の最大の争点となることは必至で、首相はこれに対応した。

最終的には石破自民党の今回の公認問題への対処を、国民がどう判断するかが問題となる。結局、12人を非公認とし、比例単独候補者となる可能性があった3人の議員の記載を実質的に見送った。全員を公認した場合に比べ、首相は好ましい判断をした。一方で、政治資金不記載問題を抱える議員は相当数が公認されることになった。今回の衆院選の結果によって、新政権の勢いが決まる。

派閥のない自民党の今後

自民党は今後どう変わるのか、変わらないのか。今回の裏金事件を経て、自民党の各派閥が以前の姿に戻ることはないだろう。派閥のメンバーが領袖(りょうしゅう)に忠誠を誓い、領袖は所属議員の「カネ、選挙、人事」の面倒をみる。長く続いたこの派閥の構造は消滅し、党内グループが新たに生まれたとしても、サークル、同好会に似たような性格になるだろう。

派閥が自民党内で担っていた機能の一つに、「所属議員の評判をまとめたり、能力評価を行ったりする」というものがあった。これまで党人事や閣僚・政務三役人事を行う際、首相は各派閥が伝える候補者も念頭におきながら調整した。各候補者の資質や得意分野などは派閥段階である程度のスクリーニングを経ているため、派閥の推薦が人事調整を容易にした。今後、派閥なしで多くのポストをどう差配していくのか、これは難しい作業となるだろう。新政権は今回、多くの副大臣、政務官を再任させており、衆院選後の対応が注目される。

自民党内には(1)規制改革に積極的か、それとも既存の業界ルールを守ることを重視するのか(2)家族や夫婦のあり方、天皇制や靖国神社について保守的な考えであるか否か(3)財政規律を重視するのか、それとも金融政策、財政政策の推進に積極的か―などの分野で大きな政策の「断層」がある。派閥を中心とした会合がなくなったことで、政策決定にどのような影響が出るのか。筆者は、官邸の力が以前より強くなっている一方で派閥が解消されれば、政策決定はより容易になると予想する。首相の政策に反対する議員がかなりいる場合でも結集、意思疎通することがより困難になるからである。

もっとも、前提は衆院選で首相が与党を勝利に導くことである。首相は与党が過半数を獲得することを勝敗ラインに設定しているが、指導力確保には与党の議席が過半数をかなり上回ることが必要である。勝利した場合でも首相の指導力は、世論が内閣をどの程度支持するかによっても左右される。

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