27日投開票の衆院選で、石破茂首相が「悪夢のような民主党政権」という表現で野党を批判した。安倍晋三元首相が多用したこのフレーズ。かつての石破氏は好まない様子だったが、なぜ今、自ら使用したのか。有権者に響くと考えたのか。街の声に耳を傾けつつ、考えた。(西田直晃)

◆鳩山氏や菅氏の名前を挙げながら

 石破氏の口から「悪夢」の表現が飛び出したのは22日、愛知県豊田市での自民党候補の応援演説だった。旧民主党政権の首相だった鳩山由紀夫氏、菅直人氏の名前を挙げながら、「普天間基地(沖縄県宜野湾市)で大騒ぎになった。危うく日米関係は破綻しそうになった」「(東日本大震災の)災害対応もそうだ。自民党が野党で申し訳ないと思った」と続けた。

愛知県豊田市で、自民党の候補者への支持を訴える石破首相

 これに対し、旧民主の系譜を継ぐ立憲民主党は「レッテル貼りだ」と反論した。最近、首相就任前後の言動のブレが「手のひら返し」とも表される石破氏に対し、今回もその一つではという目を向けている。

◆「他党との比較」苦言を呈していたが

 石破氏は2021年に自身のブログで「悪夢の民主党政権」の言い回しに苦言を呈し、「いつまでも言っていると、『他党との比較ではない。(中略)きちんと説明しない政治はもう要らない!』との大批判を浴びることは必定」と戒めていた。  かつての持論を捨ててでも、安倍氏を強く支持する保守層の関心を引きたいということだろうか。  「こちら特報部」は24日、JR新橋駅前で今回の発言に関して市民に聞いた。

◆「国民の悪夢を考えてほしい」

 石破氏と同じ鳥取大付属中出身という沢田廉路さん(70)は「勢い余って、普段にはない攻撃的な言葉を口にしてしまったのでは」とかばった。「地元の鳥取市での演説では穏やかな口ぶりだ。人を悪くは言わない」と語る。  仕事終わりの女性会社員(28)は「『悪夢』という表現がピンと来ない。残業が終わらないとか、給料が安いとか、国民の悪夢を考えてほしい」とピシャリ。ちなみに最近の「悪夢」は酔いつぶれて終電を逃したことらしい。

自民党総裁選で再選を決めた、当時の安倍晋三首相㊨と石破茂氏=2018年9月

 「勝手にけんかしておけばって感じです。批判合戦になるのはうんざり」と突き放したのは会社役員の男性(48)。衆院選の投票に行くかどうかは「分からない」という。

◆「勝ち逃げ狙い」失敗したから?

 名古屋外国語大の高瀬淳一教授(情報政治学)は「選挙で過去の発言を修正するのは、石破氏に限った問題ではない」と語る。  報道機関の衆院選の情勢分析では軒並み、自民党の苦戦が伝えられている。  「石破氏は元来、政策を語るのが好きなタイプの政治家だが、劣勢だと伝わってきたので、過激な言葉を選んで使うようになったのだろう」と高瀬氏。「勝ち逃げ狙いの早期の衆院解散」の作戦が、これまで良い効果を上げていない裏返しとみる。

◆「政治家はダーク」植え付けるリスク

 高瀬氏は今回の発言に限らず、日本の国政選挙が「ネガティブキャンペーンの応酬」に向かっている傾向を懸念する。「小選挙区制を柱とする今の選挙制度は二大政党制を目指し、盛んな政策論争による政権交代を志向するが、思い描いたほどうまくいっていない」  与野党の議員が1議席を争う選挙戦は「政策とは関係ないところで、一方がもう一方を攻撃するのが常態化してしまった」と説明。「政治家は票が集まればいいと思っているのだろうか。リスクに気付いていない」とし、こう語った。  「悪口ばかり聞かされていると、特に若い世代を中心に政治家をダークな存在だと捉える人がますます増える。選挙への足が遠のき、投票率の低下に拍車を掛けてしまうのではないか」


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