「今年の暮れには、日本を訪問したいと思います。奈良もよかったですが、今度はもっとディープな日本の地方都市へ行ってみたい」
5月1日に日本を発ち、フランスのパリ、ブラジルのブラジリア、パラグアイのアスンシオン、そしてまたブラジルのサンパウロの順に訪問して6日間でぐるりと世界一周する形になった今回の外遊。
最初に会談したフランス期待の新星は、岸田総理に冒頭のように語りかけたという。会談相手のアタル首相(35歳)は、1月に歴代最年少でフランス首相に就任したばかりで、自身が同性愛者であることも公表。求心力を失いつつあるマクロン大統領にとっての切り札だ。
会談の同席者によると、初めて会った岸田総理に対して、エネルギッシュに話しかけていたという。岸田総理は、そんな次世代のリーダーの姿をまぶしく感じたに違いない。
(テレビ朝日政治部 官邸サブキャップ 澤井尚子)
岸田総理「秋以降」見据えたGW外遊
果たして、アタル首相を迎え入れる“今年の暮れ”に、総理大臣を務めているのは誰か――。今回の外遊で岸田総理が就任後初めて南米を訪問したのは、ブラジルが議長国を務め、11月にリオデジャネイロで行われるG20=主要20カ国の首脳会合に向けての関係構築という側面が大きい。
外遊中には、ブラジルのルラ大統領が「フミオに来年2025年に、国賓として招待された」と会見で明かす場面もあった。
内閣支持率の低迷が続く岸田総理だが秋以降も「やる気」なのだ。
自民党の総裁任期は3年間で、9月末には任期満了を迎える。秋以降も総理でいるためには9月の総裁選挙で再選されなければならない。
最終日のブラジル・サンパウロでの内外記者会見では、自民党総裁選への出馬や、再選戦略の1つとしての衆議院解散についての質問が出たが、岸田総理は「内外の諸課題について全力で取り組んでいく」など、いつもの言葉を繰り返すのみだった。ただ、外務省幹部の1人は、上川外務大臣が出席した2月のブラジルでのG20外相会合や、太平洋島サミットの閣僚会合の報告を官邸で聞いていた岸田総理の反応を見て「まだまだ総理はやる気ってことで間違いない」と分析してみせた。
外交というのは、複数のレベルで、下から積み重ねていき、事務方調整、局長級、次官級、外相会合、とあって最終的に首脳会合につながるのが一般的だ。外交に自信を持つ岸田総理は、7月に東京で行う太平洋島サミット、そして、11月のブラジルでのG20首脳会合にも自身が出席する前提で、外相会合でのやり取りなどを詳細に把握するようつとめているという。
外務省が「太平洋島しょ国では、インド太平洋という言葉を使うべきではない」と説明した際、岸田総理は「なんでだ」と何度も説明を求める場面もあったという。
ちなみに理由は、島しょ国の人たちは米中対立など政治に巻き込まれたくないという思いがあるためだ。
次のページは
パリ訪問 裏のテーマは「中国」そして公式予定にはなかった「訪問先」パリ訪問 裏のテーマは「中国」そして公式予定にはなかった「訪問先」
自民党派閥の裏金事件などをめぐり国内政治が混乱に陥るなかで、岸田総理が日本を離れる決断をした目的の1つは、フランス・パリで行われたOECD=経済協力開発機構の閣僚理事会への議長としての出席だ。日本は加盟して60周年となることに合わせ、安倍政権以来10年ぶりに閣僚理事会の議長国を務めていた。
岸田総理に加えて、上川外務大臣や河野デジタル大臣など5人もの閣僚がパリに集結し、OECD本部は日本人の関係者であふれかえっていた。桜やこいのぼりも飾られ、まるで東京にいるのではと錯覚するほどの雰囲気だった。
一連の外遊で、裏テーマとして常に意識されていたのが、中国の存在だ。少子化や雇用、女性活躍などのデータを世界と比較する際に「OECDによりますと」という言葉がよく使われるように、OECDというのは豊富なデータとそれに裏付けられた信頼性の高い分析に定評がある。そのため加盟のための適合審査の基準もかなり厳しく、アジアで加盟しているのは、日本と韓国のみだ。
そこで、近年、日本政府が力を入れているが、南半球を中心とする新興国などの「グローバルサウス」にOECDのルールを広め、加入を働きかけることだ。今回の会合にも、ASEANから初めて加盟を申請しているインドネシアやタイも招待した。ここにも、覇権を強める中国を念頭に、法による支配や自由で公正な秩序を「グローバルサウス」に広めたいという狙いがあった。
岸田総理はこのOECDでの基調スピーチなどを終え、マクロン大統領から昼食会でのもてなしを受けた。ただ、心中穏やかではないのが、その3日後には中国の習近平国家主席がフランスに「国賓」として到着するという事実だ。マクロン大統領は、アメリカと中国の対立に巻き込まれてもメリットがないと考えているとみられ、中国との距離も詰めている。ドイツも同様の動きを見せている。
政府関係者は「習近平国家主席の訪問が直後になったのは偶然だが、G7として譲るべきじゃないところは譲るなとマクロンにクギを刺しておくことができるからよかった」と話した。
最初の訪問国フランスで、岸田総理がどうしても見ておきたかったというのが、 2019年4月の火災から5年が経ち、ことし修復工事が完了するというノートルダム大聖堂だったという。関係者によると、総理の乗った車列は、目的地への道すがら工事現場に向かい、岸田総理は車からは降りず車窓から眺めたのそうだ。
岸田総理は、再建間近のノートルダム大聖堂から何を感じ、何を祈ったのだろうか。
こうしてバタバタと日程をこなして、パリ到着から23時間後には岸田総理は南米の地に向けて飛び立った。
ちなみに、今回どの訪問先でも24時間以上滞在していない。週末や祝日になると、首脳会談がセットしにくいという事情もあるということだが、まさに「つめこみ型」の外遊となり、時差も激しく、これまで同行取材してきたなかでも、かなりハードな外遊のひとつだった。
<後編に続く>
この記事の写真を見る鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。