補欠選挙での自民党惨敗

4月28日に3つの選挙区で衆議院補欠選挙が行われた。唯一の与野党対決となった島根1区では立憲民主党の亀井亜紀子氏が自民党の錦織攻政氏を破って当選した。同区は保守勢力が強く、小選挙区比例代表制の導入後は一貫して自民党が議席を維持してきていたが、今回初めて議席を失った。長崎3区、東京15区で自民党は候補者を擁立せず、不戦敗を選んだ。長崎では立憲民主党の山田勝彦氏が、東京では立憲民主党の酒井菜摘氏が当選した。

自民党は全敗し、岸田政権は打撃を受けた。選挙結果の背景には政治資金をめぐる自民党の不祥事への国民の反発がある。不祥事が大きな要因となって、昨年末から岸田内閣への支持が低迷している。4月のNHKによる世論調査の支持率は23%で、半年続けて20%台にとどまった。

本稿ではこの不祥事について改めて説明し、これが日本の権力構造に及ぼした影響について議論する。その上で、今後の政治の展望について議論する。一言で言えば、皮肉なことに、今回の不祥事がきっかけとなってほとんどの自民党の派閥が解散を決めたため、政権内の岸田文雄首相の権力がかえって強まることになってしまった。岸田「1強」である。これが今後の展開を不透明にしている。そこで2つのシナリオを示すことにする。

政治資金問題

政治資金問題が明るみになるきっかけは、2022年11月の「しんぶん赤旗」日曜版のスクープだった。安倍派、岸田派、茂木派、麻生派、二階派が18年から20年にかけてのパーティー券売り上げ収入を総額2422万円分、政治資金収支報告書に記載していないと報じた(※1)。政治資金規正法のもとでは、パーティー券売り上げによる収入は政治資金収支報告書に記入しなくてはならない。この報道を踏まえて神戸学院大学の上脇博之教授が、東京地検に18年から21年の政治資金収支報告書に5派閥がパーティー券収入を4000万円分少なく記載し、政治資金規正法違反の疑いがあると告発する(※2)

23年12月には、安倍派がノルマを超えたパーティー券を販売分を議員側に還流し、派閥の支出としても記載しない「裏金」としていた疑惑が報じられる(※3)。さらに松野博一官房長官をはじめとする同派の幹部6人が資金還流を受け、政治資金報告書に記載していない疑いも指摘される(※4)

12月19日に東京地検は強制捜査に着手し、今年1月19日に捜査を終えた。この結果、池田佳隆衆議院議員、大野泰正参議院議員、谷川弥一衆議院議員の3人と各議員の秘書、安倍派会計責任者、二階派会計責任者及び二階俊博元自民党幹事長の秘書、岸田派会計責任者が立件された。安倍派や二階派の幹部は起訴されなかった。検察によると、2018年から22年の間に安倍派はノルマ超過分6億7500万円を収入として記載せず、支出分と合わせて記入しなかった政治資金総額は13億5000万円に達した。二階派の場合、2億6400万円を収入として報告せず、支出分を併せて3億8000万の政治資金の収支を記載しなかった(※5)。また、岸田派は18年から20年の間に収入3000万円を記載しなかった。

一方、自民党は2月2日から安倍派や二階派の現職議員82人と選挙区支部長3人、他派閥・グループ責任者6人に対する聞き取り調査を始め、15日に報告書を公表し(※6)、18年から22年までの不記載額が総額で5億7949万円に上ることを認めた(※7)。還流が始まった時期について、報告書は安倍派議員が「おそらく30年くらい前からの慣習が残ってしまったのだと思う」「二十数年前の当選後に先輩から聞いたような記憶がある」と回答していることを明らかにしている(※8)

真相は闇の中に

真相解明を求める世論が大きいことに応え、2月末から3月中旬まで政治倫理審査会が開かれ、首相や安倍派幹部が出席する。しかし、環流が始まった経緯が明らかにされることはなかった。また、安倍派が安倍晋三会長の意向で2022年4月に還流を止めると決めたにもかかわらず、還流を続けた経緯もうやむやのままに終わった。同派座長だった塩谷立元文科相が、8月に派閥幹部が開いた会合で、「困っている人がたくさんいるからそれでは継続でしょうがないかなというそのぐらいの話し合いの中で継続になったと私は理解」していると証言したものの、出席していた他の幹部は会合での決定を否定した。また、還流を受けていた議員はいずれも、秘書に責任を転嫁し、その事実を知らなかったとの説明を繰り返した。

自民党は4月4日、この問題で39人の議員に対する処分を発表する。塩谷氏と、参議院安倍派会長だった世耕弘成元経産相が離党勧告に、同派会長代理だった下村博文元文科相、同派事務総長だった西村康稔前経産相の3人が1年間の党員資格停止に、同派事務総長だった高木毅前国対委員長が6カ月の党員資格停止となった。派閥幹部以外で未記載額が500万円以下だった議員は、処分の対象とならなかった。

岸田「1強」

政治資金をめぐるこの不祥事は、日本の権力構造にどのような影響を及ぼすのだろうか。

重要なのは、この問題を受けてほとんどの派閥が解散を決めたことである。1月18日に岸田首相は岸田派の会計責任者が立件されることが報じられると、19日に同派の解散を表明する。同じ日に安倍派および二階派も解散を決定、25日に森山派、4月17日には茂木派も解散を決める。活動を続ける考えなのは麻生派だけである。

首相は支持率の低下に悩まされている。しかしながら、派閥の解散によって、党内での権力は逆に拡大し、「岸田1強」の状況が生まれた。

衰退していた派閥の終えん

派閥解散の持つ意味を理解するためには、1990年代以降の政治制度改革により日本の権力構造が変容してきた文脈の中で、今回の事象を考えることが必要である。

1994年に細川内閣が政治改革を実現し、選挙制度は中選挙区制から小選挙区・比例代表制に変更された。また、政治資金に対する規正は大幅強化された。その結果、自民党の派閥は衰退していく。

中選挙区制のもとで派閥は強い自律性を持ち、首相の指導力を制約した。派閥が抵抗した場合、首相はこれに対抗する力をあまり持っていなかった。中選挙区制のもとでは無所属として当選することが容易であり、首相は公認権によって派閥をけん制することができなかった。この結果、首相の閣僚人事権は大幅に制約されることになった。首相は各派閥から政権への協力を得るために閣僚ポストを派閥に配分し、閣僚を選任する際に派閥からの推薦を尊重しなくてはならなかった。また、派閥は企業献金を中心に、巨額の政治資金を集めることができた。

小選挙区・比例代表制が導入で、首相と派閥の関係は逆転する。小選挙区での公認候補は1人に限られるうえ、無所属での当選は難しい。このため、首相は公認権を利用して派閥を掣肘(せいちゅう)できるようになる。また、政治資金への規正が強められた結果、派閥が獲得できる政治資金は大きく減った。

閣僚人事において以前ほど派閥に忖度する必要がなくなり、首相は大きな裁量権を行使できるようになった。例えば、小泉純一郎首相は閣僚人事の際に派閥推薦を受け付けなかった。安倍晋三首相も無派閥や自分が所属した町村派・細田派から多くの閣僚を起用した。総裁選でも派閥はかつてのような結束力を持たなくなる。

55年体制では基本的に、各派閥の領袖は総裁選に出馬した。また、それぞれの派閥は総裁選で1人の政治家への支援を集中するのが常であった。

ところが、政治改革以降の総裁選では1つの派閥から2人の政治家が出馬するという場合も出てくる。例えば、1998年7月の総裁選には小渕派から小渕恵三外相と梶山静六前官房長官が出馬する。また、2009年9月の総裁選でも町村派から町村孝元官房長官と安倍氏が出馬した。また1つの派閥が複数の候補者を支援することも起こる。例えば、08年の総裁選で町村派は麻生太郎幹事長支持派と小池百合子元防衛相支持派に分かれる。20年の総裁選でも麻生派は岸田氏と河野太郎ワクチン担当相の2人の候補者の支持を打ち出す。今回の派閥解散はこうした長期的な流れで起きた。

ほとんどの派閥が解散を決めたことにより岸田首相の党内の力は高まった。力を低下させていたとはいえ、派閥は一定の影響力を持っていたからである。特に最大派閥だった安倍派は、解散に加えて幹部が処分の対象となったことで、力を激減させてしまった。

見通せない総裁選の行方

このため、今後の政治の展開、特に9月に予定される自民党総裁選の行方を見通すことが難しくなっている。

まず考えられるシナリオは、政権支持率の低迷が今後も続き、この結果、ほぼ1年以内に総選挙が行われることを踏まえ、岸田首相が出馬を断念することである。

総選挙が迫っていた2021年9月の総裁選では、菅義偉首相は世論の支持低迷から出馬断念を余儀なくされた。しかし、岸田首相が今回同じような判断を迫られるかははっきりしない。

そこで二番目のシナリオを考えたい。このシナリオでも支持率は低迷することを想定する。しかし、首相は総裁選出馬を決断し、再選を果たす。菅氏の場合には岸田氏が有力な対立候補となり、岸田派という支援勢力も存在した。現在も河野太郎デジタル相、高市早苗経済安保担当相、さらには上川陽子外相など総裁候補と目される政治家はいる。しかし、21年との違いは、こうした候補者を総裁選で支援するために議員らが結集できるかどうか不透明だということだ。

凝集力がなくなったとは言っても、派閥は一部の自民党の政治家が結集する場を提供していた。しかし、議員たちのまとまりはより難しくなった。この場合、自民党は次期総選挙を岸田首相の下で戦うことになる。ただ、総選挙への展望は決して明るくない。

世論調査から判断すると、政治資金不祥事問題への岸田政権・自民党の対応に、国民は大きな不満を持っている。3月の朝日新聞世論調査によれば、回答者の90%が「関係する派閥の幹部の説明」は「十分ではない」と考えている(※9)。4月の読売新聞調査では、自民党の処分に69%が「納得できない」と思っており、岸田首相が処分されなかったのは妥当でないと64%が考えている(※10)

補欠選挙の夜、ある自民党の議員は次のように語ったという。「自民党にとって一番盤石だった島根という砦で完敗したというのは、単純に言えば全国ほとんどすべての選挙区で負けるということでしょ。大変な衝撃ですよ(※11)

権力者は地位を維持したがるもの

岸田内閣が国民の信任を失っている場合、今後、支持率を回復させることは難しい。ただ、党内での強さと世論からの支持の弱さのギャップが、今後の展開を極めて不透明にしている。そもそも政治学の通説では、再選を目指すことが議員の最大目標である考えられているように、権力者はその地位を維持することを欲するものである。

(※1) ^ 『しんぶん赤旗』日曜版,2022年11月6日

(※2) ^ 『読売新聞』2023年11月2日

(※3) ^ 『朝日新聞』2023年12月1日

(※4) ^ 『朝日新聞』2023年12月8日、9日

(※5) ^ 『時事通信』2024年1月19日

(※6) ^ 『時事通信』2024年2月15日

(※7) ^ 『共同通信』2024年2月15日

(※8) ^ 『朝日新聞』2024年2月16日

(※9) ^ 『朝日新聞』2024年3月19日

(※10) ^ 『読売新聞』2024年4月22日

(※11) ^ 『テレ朝News』2024年4月29日

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